偲ぶ(読み)シノブ

デジタル大辞泉 「偲ぶ」の意味・読み・例文・類語

しの・ぶ【×偲ぶ】

上代は「しのふ」で、ハ行四段活用平安時代になって、「忍ぶ」(本来は上二段活用)と混同して「しのぶ」となり、上二段にも活用》
[動バ五(四)]
過ぎ去った物事や遠く離れている人・所などを懐かしい気持ちで思い出す。懐しむ。「故郷を―・ぶ」「先師を―・ぶ」
心引かれて、思いをめぐらす。慕わしく思う。「人となりが―・ばれる」「人柄を―・ばせる住まい」
物の美しさに感心し味わう。賞美する。
秋山の木の葉を見ては黄葉もみちをば取りてそ―・ふ」〈・一六〉
[動バ上二]1に同じ。
「なき人を―・ぶる宵のむら雨に」〈・幻〉
[類語](1追憶懐旧懐古懐かしむ追想回想回顧記憶追懐懐郷望郷顧みる振り返る思い返す/(2恋う慕う思う

しぬ・ぶ【×偲ぶ】

[動バ四]
《「しの(偲)ぶ」の音変化。上代は「しぬふ」》「しの(偲)ぶ1」に同じ。
瓜食めば子ども思ほゆ栗食めばまして―・はゆ」〈・八〇二〉
江戸時代万葉仮名の「の」の読みを「ぬ」と誤読してできた語》「しの(偲)ぶ」に同じ。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「偲ぶ」の意味・読み・例文・類語

しの・ぶ【偲・慕】

  1. [ 1 ] 〘 他動詞 バ五(四) 〙 ( 古くは「しのふ」 )
    1. 過去のことや離れている人のことなどをひそかに思い慕う。思い出してなつかしむ。しぬぶ。
      1. [初出の実例]「あが思ふ妻 有りと 言はばこそよ 家にも行かめ 国をも斯怒波(シノハ)め」(出典古事記(712)下・歌謡)
      2. 「御あそびなどの折ごとにも、まづおぼしいでてなむしのばせ給ける」(出典:源氏物語(1001‐14頃)柏木)
    2. 物のよさ、美しさに感心して、それを味わう。賞美する。
      1. [初出の実例]「秋山の 木の葉を見ては 黄葉(もみち)をば 取りてそ思努布(シノフ)」(出典:万葉集(8C後)一・一六)
    3. 恋いしたう。
      1. [初出の実例]「それ程までに娘が事を忍(シノ)ばるる上は成程聟にとりませふが」(出典:浮世草子・世間娘容気(1717)四)
  2. [ 2 ] 〘 他動詞 バ上二段活用 〙 ( [ 一 ]が中古に濁音化したため「忍ぶ」と混同してできたもの ) [ 一 ]に同じ。
    1. [初出の実例]「孝性(おやにしたかふまこと)純深、悲慕(シノフル)こと已むこと無し」(出典:日本書紀(720)綏靖即位前(北野本訓))
    2. 「あひ見ずてしのぶるころの涙をもなべての空のしぐれとや見る」(出典:源氏物語(1001‐14頃)賢木)

偲ぶの語誌

( 1 )上代では、思い慕う意は「ふ」が清音で、ハ行四段活用。こらえる意は「ぶ」が濁音で、バ行上二段活用、しかも「しのふ(偲)」の「の」は甲類音、「しのぶ(忍)」の「の」は乙類音というはっきりした違いがあったと考えられる。ただし、「万葉‐四四二七」の「家(いは)の妹(いも)ろ吾(わ)を之乃布(シノフ)らし」のように「しのふ」の「の」が乙類の仮名で表わされている例や「万葉‐四六五」の「秋風寒み思怒妣(シノビ)つるかも」のように「しのぶ」と濁音化した例もあり、奈良末期には両者の「の」の区別が失われ、「ふ」の濁音化も始まったようである。→「しのぶ(忍)」の語誌。
( 2 )この語の万葉仮名の「怒」「努」などを「ぬ」とよんだところから従来「しぬぶ」とされて来たが、現在ではその大部分は「しのふ」とよむべきことが明らかにされている。しかし、少数ながら「しぬふ」もあったと見られる。→しぬぶ(偲)
( 3 )連用形が使われる場合が多いが、中古以降は四段活用か上二段活用か判別しがたいので、用例は明確なものだけに限った。
( 4 )現代語では、「なき人をしのんで」のように五段活用が用いられる。


しぬ・ぶ【偲】

  1. 〘 他動詞 バ四段活用 〙 ( 上代は「しぬふ」 )
  2. (イ) ( 「しのふ(偲)」の変化した語 ) =しのぶ(偲)[ 一 ]
    1. [初出の実例]「高円の野辺の秋萩な散りそね君が形見に見つつ思奴播(シヌハ)む」(出典:万葉集(8C後)二・二三三)
  3. (ロ) ( 現在、「の」の甲類の万葉仮名とされている「怒」「努」「弩」などを「ぬ」とよんだところからできた語 )
  4. (イ) に同じ。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

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