忍ぶ(読み)シノブ

デジタル大辞泉 「忍ぶ」の意味・読み・例文・類語

しの・ぶ【忍ぶ】

上代は上二段活用平安時代になって「しのぶ」と混同し、四段にも活用》
[動バ五(四)]
つらいことをがまんする。じっとこらえる。耐える。「恥を―・んで申し上げます」「不便を―・ぶ」
自分の存在や行いを、人に気付かれないようにする。外から見えないようにして身を置く。隠れる。「人目を―・んで通う」「―・ぶ恋」「世を―・ぶ」「物陰に―・ぶ」
[可能]しのべる
[動バ上二]
現代語に残存したものとして、ふつう「…にしのびず」「…にしのびない」など打消しの語を伴った形で用いる)救ってやりたい、捨てるに惜しい、といった気持ちを現したいのを押さえる。こらえる。「正視するに―・びず」「たっての願いを断るのは―・びないが」→しのびない
1に同じ。
「人目多み目こそ―・ぶれすくなくも心のうちにわが思はなくに」〈・二九一一〉
2に同じ。
「惟光の朝臣、例の―・ぶる道はいつとなくいろひつかうまつる人なれば」〈松風
[類語](1こらえる耐えるしのぐ堪え忍ぶ踏みこたえるたまり兼ねる隠れる辛抱する我慢する忍耐する隠忍する忍従する頑張る歯を食いしばる涙を呑む抑える/(2ひそもぐまぎれる紛れ込む逃げ込む潜伏せんぷくする隠伏する韜晦とうかいする身を隠す・身をひそめる・人目を盗む人目を忍ぶ人目を憚る人目を避ける逃げ隠れ隠れる鳴りを潜める雲隠れ

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「忍ぶ」の意味・読み・例文・類語

しの・ぶ【忍】

  1. [ 1 ] 〘 他動詞 バ上二段活用 〙
    1. 気持を抑える。痛切な感情を表わさないようにする。
      1. [初出の実例]「万代(よろづよ)に心は解けてわが背子がつみし手見つつ志乃備(シノビ)かねつも」(出典:万葉集(8C後)一七・三九四〇)
      2. 「つらき心をしのひて思ひ直らん折を見つけんと」(出典:源氏物語(1001‐14頃)帚木)
    2. 動作を目立たないようにする。隠れたりして人目を避ける。
      1. [初出の実例]「凡(おほ)ならばかもかもせむを恐(かしこ)みと振り痛き袖を忍(しのび)てあるかも」(出典:万葉集(8C後)六・九六五)
    3. 我慢する。忍耐する。
      1. [初出の実例]「辱(はぢ)を忍(しのび)辱を黙(もだ)して事もなく物言はぬさきに我は寄りなむ」(出典:万葉集(8C後)一六・三七九五)
  2. [ 2 ] 〘 他動詞 バ五(四) 〙
    1. [ 一 ]に同じ。
      1. [初出の実例]「こと局に、人あまた見ゆるを、えしのばで、言ひやる」(出典:平中物語(965頃)二)
    2. [ 一 ]に同じ。
      1. [初出の実例]「宵入(よひり)を之能者(シノバ)せ夫(せ) よやな 我忍ばせ子 我忍ばせ」(出典:風俗歌(9C前‐11C中か)小車)
      2. 「平家の子孫京中に多くしのんでありときく」(出典:平家物語(13C前)一二)
    3. [ 一 ]に同じ。
      1. [初出の実例]「心ざし深くして苦(くるし)みを忍(シノ)ぶ故に大なる供養となるにこそはあらめ」(出典:発心集(1216頃か)三)

忍ぶの語誌

( 1 )「しのふ(偲)」と「しのぶ(忍)」には、上代に「の」の甲類乙類の区別、「ふ」「ぶ」の清音濁音の対立、四段と上二段の活用の相違があった。
( 2 )中古になると、「の」の甲乙の区別の消滅と「しのふ」の「ふ」の濁音化とによって、逢えない人に逢いたい(「偲ふ」)切実な感情を表に出さない(「忍ぶ」)ことを、重層的に表現する「忍ぶ恋」の発想が文学表現として好まれるようになった。
( 3 )打消や意志の表現によく使われる未然形は、「偲ぶ」(四段)に引きつけられて中古前期から「しのば」の形が見られる。やがて、意味の区別を語形の違いに表わさなくなり、「偲ぶ」(四段)との同化はすべての活用形に及ぶ。[ 二 ]の「しのぶ(忍)」(四段)は、そのようにして生まれたものである。
( 4 )用例大部分を占める連用形は上二段活用と四段活用の区別ができないので、仮に、連用形の用例は中古までは[ 一 ]に、中世以降は[ 二 ]に入れた。
( 5 )現代語では四段活用が普通であるが例外として「…するにしのびない(しのびず)」の形で上二段型が残っている。→しのびない


しのぶ【忍・荵】

  1. 〘 名詞 〙
  2. シダ類ウラボシ科の落葉多年草。本州以西の山地の樹上や岩上に着生する。根茎は長くはい、淡褐色の鱗片で密におおわれる。葉は長さ五~一〇センチメートルの葉柄をもつ。葉身は厚い草質で光沢があり、長さ二〇~三〇センチメートルの三角状で、羽状に三~四回分裂する。裂片は長楕円形。胞子嚢群は裂片の縁の、小脈の先端に生じ、つぼ形の包膜におおわれる。根茎をまるめて玉をつくり軒下(のきした)などにつるす。和名は「忍ぶ草」の略で、土がなくても堪え忍んで育つことからという。しのぶぐさ。ことなしぐさ。しぬぶぐさ。しぬびぐさ。《 季語・夏 》 〔物品識名(1809)〕
  3. 植物「のきしのぶ(軒忍)」の古名。歌語として、動詞「忍ぶ」あるいは「偲ぶ」と掛詞にして、恋や懐旧の歌に用いられる。また、しのぶずりに用いる草と考えられたところから、「乱る」の縁語ともなる。《 季語・秋 》
    1. [初出の実例]「あるやむごとなき人の御局より、忘れ草を忍ぶ草とやいふとて、いたさせ給へりければ、たまはりて、忘れ草生ふる野へとはみるらめどこはしのぶなり後もたのまん」(出典:伊勢物語(10C前)一〇〇)
  4. ( 「伊勢物語‐一〇〇」の「忘れ草を忍ぶ草とやいふとて」から ) 植物「かんぞう(萱草)」の誤称
    1. [初出の実例]「わすれぐさおふる野辺とはみるらめどこはしのぶなり後もたのまむ となむありける。同じ草を忍ぶ草、忘れ草といへば、それよりなむよみたりける」(出典:大和物語(947‐957頃)一五七)
    2. 「わするるも忍ぶもおなじ古郷の軒はの草の名こそつらけれ〈藤原顕氏〉」(出典:続古今和歌集(1265)恋五・一三五八)
  5. しのぶずり(忍摺)」「しのぶもじずり(忍捩摺)」の略。
    1. [初出の実例]「かすが野の若紫のすり衣しのぶのみだれ限り知られず」(出典:伊勢物語(10C前)一)
  6. (かさね)の色目。表は薄萌葱(うすもえぎ)、裏は青。また、表をしのぶずりにする場合もあったか。秋に着用する。
    1. [初出の実例]「八月〈略〉しのふ 表薄萌黄にそあるへし裏あをし或はすりも有へし」(出典:胡曹抄(1480頃))
  7. しのぶわげ(忍髷)」の略。
    1. [初出の実例]「ぜんてへおめへさんにはしのぶが しのぶとはかみのふうの名なり よくお似合なさへすよ」(出典:洒落本・古契三娼(1787))

しぬ・ぶ【忍】

  1. 〘 他動詞 バ上二・バ四 〙 ( 現在、「の」の甲類の万葉仮名とされている「怒」「努」「弩」などを「ぬ」とよんだところから、「しのぶ(偲)」を「しぬぶ」とよみ、それを「しのぶ(忍)」にまでおよぼしてできた語 ) じっとこらえる。また、目立たないようにひそかにする。
    1. [初出の実例]「かすみたつ ながき春日を しぬびかね 夕さりくれば からにしき 里たちいでて」(出典:良寛歌(1835頃))

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