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市川団十郎(初代) いちかわ だんじゅうろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

市川団十郎(初代) いちかわ-だんじゅうろう

1660-1704 江戸時代前期の歌舞伎役者。
万治(まんじ)3年5月生まれ。延宝元年江戸中村座の初舞台で顔を隈取(くまど)りし,荒事(あらごと)を創案した。元禄(げんろく)6年段十郎を団十郎とあらためる。元禄時代を代表する名優。市川家の宗家で,三升屋(みますや)兵庫の筆名で歌舞伎脚本もかく。元禄17年2月19日舞台で生島(いくしま)半六に刺殺された。45歳。江戸出身。姓は堀越。初名は市川海老蔵(えびぞう)(初代)。俳名は才牛。屋号は成田屋。作品に「参会名護屋」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

市川団十郎(初代)

没年:元禄17.2.19(1704.3.24)
生年:万治3.5(1660)
元禄期の江戸劇壇で活躍した歌舞伎役者。立役の名優。江戸時代を通じて連綿と代を重ね,平成の12代に至る由緒ある名跡の初代。定紋は三升,俳名才牛,屋号成田屋。祖先は甲州の武士,のちに下総国埴生郡幡谷村(千葉県成田市)に移住し農を営んだ。父重蔵は江戸に出て,「菰の重蔵」とあだ名された顔役。通説では延宝1(1673)年,14歳のときに中村座の「四天王稚立」で初舞台。このとき坂田公時役で,全身を赤く塗り,紅と墨で顔に隈を取り,荒い格子の衣裳に丸ぐけの帯,大太刀を佩き斧を提げて大江山の場へ出,猟師を相手にして大立ち回りの豪快な荒事を演じたという。これが殺伐な風の残っていた江戸の人たちに熱烈に迎えられた。資料的には貞享2(1685)年の「金平六条通ひ」の坂田金平の役が荒事の創始ともいう。 芸域の広い役者で,特に荒事を得意としたが,「濡れ事は不得手」と評されている。自身で狂言作者を兼ね,「成田山分身不動」で不動明王に扮して示現したように,大詰に神霊に扮して登場する独特な狂言を自作自演した。三升屋兵庫の筆名も用いた。「参会名護屋」「兵根元曾我」「源平雷伝記」などの狂言本が伝存。信仰心厚く,特に成田山新勝寺不動尊を信仰した。成田屋の屋号はこれに由来する。元禄17(1704)年2月,江戸市村座の「わたまし十二段」に出演中,俳優の生島半六によって刺殺された。<参考文献>二世市川団十郎「金の揮」(『資料集成・二世市川団十郎』),『歌舞伎評判記集成』1期1~3巻,西山松之助『市川団十郎』

(服部幸雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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