コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

市川団十郎(5代) いちかわ だんじゅうろう

2件 の用語解説(市川団十郎(5代)の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

市川団十郎(5代) いちかわ-だんじゅうろう

1741-1806 江戸時代中期-後期の歌舞伎役者。
寛保(かんぽう)元年8月生まれ。4代市川団十郎の子。明和7年5代を襲名。若衆方,実悪(じつあく),実事(じつごと),女方をこなし,安永-天明の江戸歌舞伎全盛期の花形役者となる。寛政3年鰕蔵(えびぞう)と改名。文化3年10月30日死去。66歳。江戸出身。初名は松本幸蔵。前名は松本幸四郎(3代)。俳名は白猿。狂歌名は花道のつらね。屋号は成田屋。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

市川団十郎(5代)

没年:文化3.10.29(1806.12.8)
生年:寛保1.8(1741)
江戸中期の歌舞伎役者。4代目団十郎の実子。俳名三升,白猿など。狂歌名は反古庵,花道のつらね。松本幸蔵,3代目松本幸四郎を経て明和7(1770)年,団十郎を襲名,のちに市川鰕蔵と改めた。寛政8(1796)年引退後も請われて市川白猿の名で数度舞台に立った。実悪から始めて実事,荒事をよくした。当たり役としては暫,外郎売,六部,悪七兵衛景清,工藤祐経などが名高い。最盛期の江戸歌舞伎界最高の人気役者であった。隠居名成田屋七左衛門。俳諧や狂歌を通じて大田蜀山人,鹿津部真顔,山東京伝,烏亭焉馬らの文人と親交があり,熱烈な支援を得た。焉馬は5代目を中心に『江戸客気 団十郎贔屓』『追善数珠親玉』など歴代団十郎に関する多数の著作を刊行した。5代目自身の句や文を集めた『友なし猿』『徒然吾妻詞』『市川白猿集』などがある。6代目は5代目の実子が徳蔵,海老蔵(4代目)を経て寛政3年に襲名したが,同11年に早世した。<参考文献>日野竜夫編『五世市川団十郎集』

(池上文男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

市川団十郎(5代)の関連キーワード五代目市川団十郎市川団十郎(八代目)市川団蔵(七代目)市川団十郎(3代)市川団十郎(4代)市川団十郎(6代)市川八百蔵(初代)中村松江(2代)松本幸四郎(初代)三升屋助十郎(初代)

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone