日本音楽の楽曲分類名称。原則として段構成をもつ楽曲群の総称として用いられるが、種目によってその用法が異なる。(1)能では『熊野(ゆや)』の「文ノ段」、『海士(あま)』の「玉ノ段」などのように、一曲のなかで特定の段名称をもつ段歌の総称として用いられることがある。これらはその曲のなかで眼目となる部分であり、独立性が強く、仕舞や囃子(はやし)、あるいは独吟・連吟などとして単独で上演されることも多い。(2)箏曲(そうきょく)では、箏組歌の伝承教習上、付物(つけもの)として扱われてきた器楽曲のうち、『六段』『八段』『乱輪舌(みだれりんぜつ)』などの段構造をもつ曲の総称として用いられる。これらは流儀によって『六段すががき』『八段の調(しらべ)』と称するので「すががき物」「調物(しらべもの)」ともいわれる。各曲とも、原則として初段の冒頭部を除き、各段が52拍子(104拍)で構成されて、「段合せ」「段返し」などの演奏が可能である。ただし、『乱輪舌』は『十段の調』または『十二段すががき』ともいわれ、各段の拍子が一定でなく、流儀によって段のくぎりに相違がみられる。段物は、箏独奏曲としてだけでなく、成立当初から三味線・一節切(ひとよぎり)の独奏曲、それら3種の合奏曲として奏され、同時に各種の替手も作曲された。(3)浄瑠璃(じょうるり)では、道行(みちゆき)・景事(けいごと)などの聞かせどころとなる特定の段をさし、その段だけの上演もよく行われる。詞章全般を収めた正本(しょうほん)・院本(まるほん)に対し、段物のみ収めたものを「段物集」といい、その序跋(じょばつ)は一種の芸術論をなすことが多い。(4)豊後(ぶんご)系浄瑠璃では、かならずしも明確な段構造をもつわけではないが、義太夫(ぎだゆう)節などの詞章や曲節を一部借用したものをさすことがある。また叙情的傾向の強い「端物(はもの)」に対して、劇的性格の濃い長編の曲を「段物」とも称する。後者の用法は長唄(ながうた)や端唄(はうた)などにも転用され、『勧進帳(かんじんちょう)』なども段物として扱われる。なお、こうした楽曲を地とする舞踊においては、浄瑠璃所作事すべてを段物という場合がある。(5)琵琶(びわ)楽では、「端歌物」に対して段構造をもつ大曲を段物という。筑前(ちくぜん)琵琶の『七騎落』、薩摩(さつま)琵琶の『敦盛(あつもり)』など。
[谷垣内和子]
日本音楽の分類名称。段構造をもつ曲目を総称するときに用いられるが,種目によって規定するところが異なる。(1)能では,仕舞,囃子などで独立して上演されることがある〈……ノ段〉と呼ばれる特定の段歌の部分を総称するときにいうことがある。(2)浄瑠璃では,独立して上演されることが多い特定の段の総称としても用いる。また,井上播磨掾以来,聴かせどころだけを抜き出した正本を,とくに〈段物集〉といい,その序跋が,一種の芸術論をなすことが多い。(3)豊後系浄瑠璃で,義太夫節の一部を借用したものや劇的内容をもつ曲を,〈端物(はもの)〉に対して〈段物〉ということがある。江戸長唄でも,《勧進帳》などのような劇的内容をもつものをいうことがある。(4)琵琶で,薩摩琵琶,筑前琵琶を通じて,段をもつ大曲を,〈端歌物〉と区別して〈段物〉と称する。(5)舞踊で,浄瑠璃所作事をすべて〈段物〉ということがある。場合によっては,長唄地のものでも,劇的性格の強いものをも含めていう。(6)地歌・箏曲で,段構造をもつ器楽曲のうちで,本来《……段》ないし《……段の調》《……段すががき》などの曲名をもつ曲の総称として用いる。箏曲では,〈調物(しらべもの)〉ともいい,組歌の付物(つけもの)の一種として教習される。《六段》《八段》《乱れ(十段の調)》などが代表曲。
→段
執筆者:平野 健次
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…以上の各場は作曲,演奏の上でやはり区別される。(2)段物と道行・景事 劇的性格のつよいふつうの曲を段物という。通常太夫,三味線各1人ずつで演奏し,ときに三味線がさらに加わるツレ弾きや,箏,胡弓などが部分的に加わることもある。…
…題材も義太夫節の一部をとって新内化することが行われるようになった。これを段物(だんもの)という。 幕末になって鶴賀加賀八太夫が富士松家を再興し,富士松加賀太夫(のち富士松魯中)を名のり,安政(1854‐60)のころに品よく渋い新作を作り,富士松浄瑠璃と称した。…
… 八橋の時代には,箏は流行歌曲の伴奏にも用いられ,また三味線や一節切(ひとよぎり)の尺八とも合奏され,若干の器楽曲も存在した。そのなかの《すががき》《りんぜつ》《きぬた》などは,箏の器楽曲としても独立するとともに,さまざまな類曲が作られ,〈段物〉(〈調べ物〉とも),〈砧物〉などとして,組歌に付随して教習されるようになった。流行歌謡の〈弄斎(ろうさい)節〉を箏曲化した〈弄斎物〉の楽曲とともに,すべて組歌の〈付物(つけもの)〉として扱われる。…
…【平野 健次】(2)能でも,脚本構成の単位として,〈シテ登場ノ段〉などと,区切られた部分の呼称として用いられることもあるが,古くは,《海人(あま)》の〈玉ノ段〉のように,クセやキリなどの類型に入らない特殊な構造と性格をもつ部分を,とくに取り出していう場合に用いた。その類の謡を〈段歌〉,その曲目を〈段物〉と総称することもある。また,囃子事(はやしごと)と呼ばれる器楽的部分では,段落をつける特定部分のみをいい,曲全体の冒頭部分は,カカリなどといって段とはいわないため,たとえば〈序ノ舞五段〉といえば,全体で6節からなり,途中に段落をつける部分が5ヵ所あることをいう。…
※「段物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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