出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
箭とも書く。矢は人類の技術史からみると、すでに使用されていた投げ槍(やり)を小型化し、弓の反発力を利用しこれを飛ばし、遠距離の目標物を刺突する武器として考え出されたものである。
矢は大別して箆(の)(矢箆(やがら)・矢軸)、筈(はず)、羽、鏃(やじり)(根(ね))の四部から構成されている。
(1)箆 縄文時代の鏃のなかに竹の付着がみられ、古墳からは竹や木のものが発掘されている。そして時代が下るにつれ、箆はすべて竹が使用されるようになる。箆に使うヤダケは「うきす箆」(一年竹)、「片うきす」(二年竹)、「諸(もろ)うきす」(三年竹)、「強箆(つよの)」(四年竹)などとそれぞれの用途(たとえば的矢(まとや)、遠矢(とおや)、征矢(そや)など)により伐採する時期が違う。
伐採したヤダケを箆に仕上げるまでには、乾燥、選別、荒矯(あらた)め、箆作り(削り)、火入れ、竹洗い、とくさ洗いなどいくつかの工程があり、その工程のなかで、幾種類もの特徴ある矢ができあがるのである。たとえば箆作り(削り)の段階では、巻藁矢(まきわらや)、的矢、遠矢など、用途の違いにより、矢先のほうが筈のほうより太くなっている「杉形(すぎなり)」、筈から矢先までほぼ一様の太さの「一文字」、箆の本末(もとうら)が細く中央部が太くなっている「麦粒(むぎつぶ)」などの箆ができ、火入れの強弱によっても腰の強さ(弾力性)や色合い(白箆(しらの)、批把火箆(びわひの)、焦箆(こがしの)など)に違いが出るのである。
また漆塗りの箆を「塗り箆」というが、これにも塗り方により「拭箆(のごいの)」「節陰箆(ふしかげの)」(節のところに漆を溜(た)め塗りし乾割(ひわ)れを防ぐもの)などの種類がある。そのほか薄く火入れした箆を鉄分を含んだ泥の中に長期間浸(つ)け、十分狂いを出したものを矯めた黒色の「渋箆(さわしの)(醂箆)」や、箆の表面を砂で磨き砂目を出した「砂摺(すなずり)箆」などがある。この「砂摺箆」は矢飛びがよいとされ、的矢や堂矢に使用する。
箆の長さは射法やそれぞれの体格によって相違する。すなわち、弓の構造の変化や取懸け法の変遷、また甲冑(かっちゅう)着装の有無などにより矢束(やづか)(引くべき矢の長さ)に違いが現れるのである。現存する奈良・平安時代の箆はおよそ2尺3~4寸(71センチメートル)の細箆(ほその)であったものが、鎌倉時代以降にはおよそ2尺8~9寸(86センチメートル)内外の太箆(ふとの)となっている。これは丸木弓→木竹合成弓への構造の変化、ピンチまたはピンチの変型→蒙古式取懸け法への移行が関係していると思われる。古くから箆の長さの表示法として何束(ぞく)何伏(ぶせ)(1束は一握りの指の幅、1伏は指1本の幅)という呼び方が行われた。現在の射法では原則として自分の身長の半分強をその人の矢束としている。その測定法としては、矢筈部をのどの中央に当て、腕を横に伸ばし中指の先端までとするのである。
(2)筈 弦を受けるところで、弦をくわえるために彫りくぼめたところを「彫(えり)」という。筈は箆自体を刳(えぐ)る方法と、別につくった筈を箆にはめ込む場合とがある。箆自体を筈とする場合は箆末の節を利用する「節筈(ふしはず)」と、節から離れたところを筈とする「餘筈(よはず)」とがある。別につくられた筈を箆にはめ込むものを「継筈(つぎはず)」という。これには木・竹の節、鹿角、牛角などが用いられ、儀仗(ぎじょう)用として胡籙(やなぐい)に盛る矢の筈には水晶が使われる。なお、竹の皮を削り残した筈や鹿角の皺(しわ)のある筈をとくに「觘筈(ぬたはず)」とよぶ。
(3)羽 鳥の羽は、矢の飛行方向を維持する重要な役割を果たすものとして古くから使用されている。一般には蜂熊(はちくま)、熊鷹(くまたか)など鷹の仲間、磯鳥、犬鷲(いぬわし)、熊鷲、粕尾(かすお)、薄兵(うすびょう)、大鳥など鷲の羽が多く使用されるが、そのほかに雉(きじ)、山鳥、鶴(つる)、鵠(くぐい)、鴾(とき)、鷺(さぎ)、雁(かり)、鴨(かも)なども用いられる。
羽は手羽と尾羽に分けられるが、尾羽の部分を上物とし、なかでもその両端の羽を「石打(いしうち)」と称し、矢飛びがよく、かつじょうぶなことから昔より珍重されている。羽はその斑文(はんもん)(模様)により切符(きりふ)(切生)、本白(もとじろ)、妻白、中黒、中白、白尾、一文字、黒羽、妻黒、本黒など数多くの種類がある。また好みにより羽を染める場合もある。
一筋の矢には通常3枚の羽を用いる。これを「三立(みつだて)」といい同種同斑文の羽を使用するが、鏑矢(かぶらや)、狩股(かりまた)矢に用いる羽は4枚、すなわち「四立(よつだて)」とし、大羽(走羽(はしりば)と遣羽(やりば))に鵰(わし)の羽、小羽(弓摺羽(ゆずりば)と外掛(とがけ))に雉や山鳥の交羽(まぜは)とする。胡籙に盛る公卿(くぎょう)の儀仗用の矢は「二羽(ふたは)」(2枚羽)である。
(4)鏃(根) 矢を目標物に対し有効に刺突させるために、古くからさまざまなくふうがなされてきた。もっとも素朴な方法としては箆自体を削りとがらせる方法があり、さらには石や骨製の鏃がつくられるようになる。金属文化が伝来してからは銅・鉄、とくに鉄製の鏃が占めるようになる。鉄製鏃は時代が下るにしたがい、またその使用目的によりさまざまな形のものがつくられた。これを形状から見ると平根(ひらね)、雁股(かりまた)、鯖尾(さばお)、膓繰(わたくり)、長根(ながね)、短根(みじかね)、十文字などに大別することができる。なお的前(まとまえ)用の矢には平題(いたつき)(板付・板突)と称する鏃を用いる。これには椎(しい)の実形と乳形の2種がある。そのほか矢先に付着するものとして、球状の鹿角または木を空洞にし、前面に数個の孔(あな)をうがち、飛行中音響を発する鏑、犬追物(いぬおうもの)や笠懸(かさがけ)に使うもので桐(きり)・朴(ほお)製にして鏑を大型化したような蟇目(ひきめ)(引目)、さらには草鹿(くさじし)、丸物、流鏑馬(やぶさめ)などに使うもので、木製・鏑様の形をし、中を刳(く)らない神頭(じんどう)(実頭)などがある。
完成された矢は、その使用目的により野矢(のや)(狩猟用)、繰矢(くりや)(遠距離用)、征矢(軍用)、的矢(的前用)、堂矢(通し矢用)、堅物(かたもの)矢(鎧(よろい)・甲(かぶと)・盾などを破るための矢)などがある。そのほか特殊なものとしては打根(うちね)(近距離から直接手で投げ付ける短矢)がある。
[入江康平]
矢は矢尻(やじり)(鏃(やじり))、矢柄(やがら)、矢羽根などから構成されるが、初めからすべてを備えていたわけではない。ヨーロッパの後期旧石器時代のマドレーヌ期には、柄付きの飛び道具の存在が知られているが、弓から発射されたという証拠はない。また確実な例でも、ドイツのシュテルモール遺跡で発見された松製の矢の一部は矢尻が欠如していた。弓矢を描いたもっとも古い例は北アフリカの洞窟(どうくつ)壁画であり、この方面からイベリア半島を経由して、ヨーロッパに伝わったと考えられている。中石器時代に入って生態系に変化がおき、小動物が主たる獲物の対象になると、弓矢の重要性は飛躍的に高まった。このころのスペインの洞窟壁画には、矢羽根を備えた矢が描かれている。新石器時代では農耕と牧畜が生業の主役となり、遺物も減るが、堅い木の矢柄、鳥の羽や木、皮の矢羽根が認められる。金属器時代に、矢尻が青銅製、鉄製にかわることはいうまでもない。
矢の構造は単純だが、弓にあわせて長さや重さを決めなくてはならず、世界の諸民族の間でも製作には非常に注意が払われている。南米南端フエゴ島のセルクナムの人々は、かつてはイガイの貝殻で削った木を砂岩の破片で研磨し、さらに矢柄を熱しながら歯を使ってまっすぐにしたという。矢尻には弾道を正確にする役目があるが、形態は菱形(ひしがた)、葉形、三角形、あご付きなどさまざまである。南米のペルーからブラジルにかけて分布するカンパとよばれる集団は、魚には、散弾銃のような効果をねらった三つ叉(また)の矢を、鳥には、羽などを損なわずにとらえるため球形の矢尻を使っている。矢羽根は、矢の安定にとって補助的な役割を果たすため、多くの民族で知られているが、アフリカのサン人の矢には、これがない。シベリアのブリヤートの人々は、矢尻の後ろに笛をつけ、飛行中に鳴る音で獲物を驚かせ、立ちすくませることで矢の命中率を高めている。このほか、矢尻に毒を塗って効力を高めるくふうが、かつてアイヌ、フィリピンのネグリト、アフリカのピグミーやサン人などの間でなされていた。
[関 雄二]
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…弓で矢を射る術の修練を通して心身の鍛錬を狙いとする,日本の伝統的弓射文化の総称。古くは弓術,射術,射芸などと呼ばれた。…
…矢のさきに用いる小型の石器。通常便宜的に,長さが5cm以下で重さが5gまでのものを石鏃と呼び,それ以上のものを石銛,石槍と呼びわけている。…
…弓矢は,飛道具としては投槍につづいて発明されたもので,その起源は古く旧石器時代にまでさかのぼる。広く世界中に分布するが,オーストラリア,タスマニアの原住民のように,これをまったく知らなかった民族もある。…
※「矢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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