党派、出身、利害関係などを同じくする者の私的な集まり。閥には、財閥、学閥、藩閥、閨閥(けいばつ)、軍閥、官閥、郷党(きょうとう)閥、派閥など、さまざまなものがある。たとえば、財閥とは、有力な同族、親族などが連係して多数の銀行、会社を支配しているものであり、学閥とは、同一学校の出身者がその人的脈絡を利用し、社会の潜勢的な支配力となっているものである。
[岩井弘融]
社会集団としてみた閥の性格は、全体社会のなかの単なる下位集団subgroupとしてのクリークcliqueでもなく、職場のセクショナリズムのようなものとも異なっている。閥の集団的な特徴は、開かれた、あるいは公的な社会的場において、私的な閉じられた集団性をもって行動するところにある。すなわち、それは本来、血縁、地縁、出身などを同じくする者の非合理的、情緒的なつながりであり、公的な世界においては一個の集団としての組織や統一を認められているものではない。それでいてその存在がやかましく取りざたされるのは、ひそかに同類相結び、衆を頼んで公的な世界、すなわち政界、実業界、官界、学界などにおいて、他を排して仲間相互の利を図ろうとするからである。閥の成員であれば、その閥に属するだけで集団的な後援を得、外部の他の人々と対抗し、それらの人々よりもいっそう有利に自己の地位と立場を獲得、防衛できる。
その集団の内部は、ある意味での強固な結合をもっている。すなわち、社会学でいう第一次集団的な社会的情緒をもって、そのなかの特定の有力人物あるいは有力人物群を中心に求心的に結び付き、一体的な対外行動を起こす。多くの場合、その結び付きは親分・子分的であり、支配と人格的隷属、庇護(ひご)と依存、先輩・後輩の秩序や身分制の原理によって固められる。そうした集団行動の目的は、「私の一字に帰す」といわれるように、その集団成員たる少数者の利益を獲得することにある。たとえば、一つの学校の出身者が単に先輩・後輩として親睦(しんぼく)することは、なんらとがめらるべきことではない。むしろ、望ましいことであろう。しかし、その私的なつながりを利用して、公的な世界を牛耳(ぎゅうじ)ろうとすることが問題である。それが、広く開かれた社会活動の効果的な遂行を阻害するところに、大きな問題性があるとされるのである。
それは、一般に公衆の前を糊塗(こと)し、社会の背後において策動する陰険さをもっている。その私的な結合は、内部の結束、統一を固めるとともに、他に対してはこれを一歩も門内に入れぬ封鎖性を特徴とする。独占的な権力集団として排他性が強く、他に対し闘争的である。すなわち、その集団利己主義の結果として、他の同質的な集団に対して激しく対立・抗争し、執拗(しつよう)な派閥争いを生じがちである。このように、私的結合の力で狭隘(きょうあい)な範域を守ろうとすることは、実力競争を遮り、人物の新陳代謝を妨げる。閥の存在は、近代的な公的生活を攪乱(かくらん)し、組織の能率を阻害し、採用、選抜、昇進などの諸過程における自由な社会的移動を阻むのである。
[岩井弘融]
日本における閥の形態は種々ある。福沢諭吉(ゆきち)をして「門閥制度は親の仇(かたき)」といわしめた明治初期の藩閥は、薩(さつ)・長・土・肥の4藩をもって政府権力を壟断(ろうだん)したものであった。また、閨閥は、婚姻によって生じた私的関係を結合の軸とするものである。これは、婚姻そのものに内包される階層性とも密接に絡まるといえよう。家の結び付きを社会生活においても重視する日本の社会では、その力は予想外に大きな働きをしたといわれる。藩閥が衰えたあとは、官・党・学・財の4閥が大きな社会問題とされた。軍閥もまた、第二次世界大戦を導く原因をなしたとされている。日本の社会では、その集団主義的な性格のゆえに、前述の諸閥以外にも、日常生活のなかでさまざまな閥が形成されやすい。
[岩井弘融]
『安田三郎著『閥について――日本社会論ノート(3)』(『現代社会学3』2巻1号所収・1975・講談社)』▽『山口日太郎著『学閥の興亡』(1991・政策時報社)』▽『佐々木隆著『藩閥政府と立憲政治』(1992・吉川弘文館)』▽『田中隆吉著『日本軍閥暗闘史』改訂第2版(1993・長崎出版)』▽『須江国雄著『日本財閥史入門』(1996・高文堂出版社)』▽『安岡重明著『財閥経営の歴史的研究――所有と経営の国際比較』(1998・岩波書店)』▽『松下芳男著『日本軍閥興亡史』上下(2001・芙蓉書房出版)』▽『山本七平著『「派閥」の研究』(文春文庫)』▽『高橋正衛著『昭和の軍閥』(講談社学術文庫)』▽『池東旭著『韓国の族閥・軍閥・財閥――支配集団の政治力学を解く』(中公新書)』▽『永森誠一著『派閥』(ちくま新書)』
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
なんらかの既得の属性によって結合し,相互に保護・援助しあう集団。閥は公的な主義・主張,あるいは目的をもって結合した集団ではなく,私的な利益を優先させるために結ばれた集団である。したがって,閥は外部に対しては閉鎖的・排他的であり,内部的には強固な結合を求められ,親分子分関係的な位階秩序を形成しがちである。また閥は,私的集団にもかかわらず,公的な場においてその利益を優先的に拡張しようとして,社会的には弊害を引き起こす。これは一度ある閥に加入してしまえば個人の能力のいかんにかかわらず,相互の利益を集団的に保障するという性質による。閥には,生得的な出身家族,出身地によって形成されるもの(門閥,閨閥,藩閥,県人閥),出身学校によって形成されるもの(学閥),社会的・職業的な権力集団が形成するもの(財閥,軍閥,官僚閥)などがある。また,一人のボスのもとに閥を形成する派閥もあるが,この場合,派閥を形成することによってボスも閥によって拘束される,という集団優位の機能が作用する。閥の形成は第三世界において集約的にみられる。一人の立身出世者が学閥,官僚閥,軍閥,財閥などを多重に形成し,そのもとに門閥,閨閥一族が群がり〈ご利益〉にあずかるという形であらわれる。日本においては明治以降閥の形成が盛んになる。江戸時代までの藩を中心とした藩閥が長期間政治を動かし,官僚閥,軍閥,財閥は政治や経済を私化し,婚姻関係による閨閥がそれに重なる形で,社会全体の運営に大きな影響を与えた。閥は能力主義,業績主義の観点からは阻害として作用するが,人材登用,人材確保の点からは必ずしも弊害とはいえない。
執筆者:新堀 通也
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