飯盛山(読み)いいもりやま

  • いいもりやま いひもり‥
  • いいもりやま〔いひもり〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福島県西部,会津若松市北部にある山。別称弁天山標高 380m。 1868年会津戦争若松城陥落の際,ここで切腹した白虎隊 19人の墓所がある。隊士は上級藩士の子弟参道の下には史料パノラマを展示する白虎隊記念館がある。山麓にある寛政8 (1796) 年建造の栄螺堂 (さざえどう。旧正宗寺三匝堂として国の重要文化財に指定) は,高さ 16mの六角三層の木造で,螺旋形の内部を旋回して昇降するのでこの名がある。付近に宗像神社,宇賀神社がある。
大阪府東部,大東市四條畷市との境界にある山。生駒山地の一。標高 314m。南北に約 500mにわたる平坦な山頂をもつ。京都と大阪を結ぶ軍事的要衝としての戦略的価値から,永禄3 (1560) 年に三好長慶が築いた飯盛城が山上にある。北西には楠木正行をまつる四條畷神社四條畷古戦場 (→四條畷の戦い ) がある。金剛生駒紀泉国定公園に属する。

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世界大百科事典 第2版の解説

福島県会津若松市市街地の北東にある山。弁天山ともいう。磐越西線会津若松駅より約2.2km東方にあり,標高約380m。全山赤松におおわれている。1868年(明治1)戊辰戦争の折,白虎隊士20名が自刃(うち1名は蘇生)した地として知られ,1965年再建された鶴ヶ城(若松城跡史跡)とともに会津観光の中心をなしている。この山は孤立した峰ではなく,その南東部はしだいに高くなり,猪苗代盆地会津盆地にある標高800m前後の背あぶり高原に続いている。
生駒山地北部,大阪府大東市と四条畷市の境にある山。標高318m。この一帯は南北朝のころ楠木正行らの四条畷の合戦で知られる。山麓を東高野街道が通り,さらにその西方には深野池をはじめとする沼沢地が広がるという戦略上重要な位置にあったため,応仁の乱時から戦国時代末期にかけて,この地をめぐる攻防が絶えなかった。16世紀初頭には飯盛城が設けられ,とくに三好長慶が本拠とした1560年(永禄3)から8年間は,ここが畿内政治の一中心地となった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[1] 〘名〙 飯を盛り上げたような形の山。またその由来を説明し、あるいは長者伝説や白米城伝説の結びついた山。およびその伝説。
[2]
[一] 福島県会津若松市の北東部にある小丘。戊辰(ぼしん)戦争の時、戸の口原の戦いに敗れた白虎隊が若松城を望んで自刃した地。標高三七〇メートル。弁天山。
[二] 大阪府大東市、四条畷(しじょうなわて)市の境にある、生駒山地の山。南北朝時代、高師直(こうのもろなお)と激戦した楠正行(まさつら)、正時兄弟が麓(ふもと)の四条畷で自刃した。標高三一八メートル。

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