翻訳|household
「所帯」から転じた語といわれる。「世諦」と書く例もあるが、この語は別に「世俗」の意で古くから仏典中に見られる。→せたい(世諦)
日常の住居と生計をともにする生活集団のことで,〈しょたい〉と読むこともある。同一の世帯に所属する者は世帯員であり,世帯を主宰する地位にある世帯員を世帯主と呼ぶ。世帯主は,明治民法における戸主のように世帯員に対して法律上の統制力を有する者ではなく,現在の社会通念上,単にその世帯を代表する者として認められるにすぎない。世帯は通常,家族関係を中心に形成されるが,世帯員がすべて家族員から構成されるとは限らない。家族員ではない同居人や使用人も,住居と生計とが共同であるならば,同一世帯の世帯員とされる。すなわち,同居家族員とそれ以外の同居人よりなる日常生活共同集団が世帯である。家族員には同居家族員のほかに,就学,就職,出稼ぎなどにより世帯を別にする別居(他出)家族員がいる。別居家族員は,その生家の世帯(本拠世帯)に対してみずからの世帯(分派世帯)をつくるか,あるいは他人の世帯に同居人として含まれる。一つの家族がそのまま同一世帯を形成するならば,家族と世帯は完全に重なり,家族員イコール世帯員となる。家族と世帯が合致しないのは,世帯を異にする別居家族員あるいは家族員以外の同居人の,いずれか一方ないし双方が存在する場合である。
世帯の概念を家族研究に適用する際,世帯と家族との相互のずれの部分について,その具体的な取扱いが問題となる。家族の実態を理解するためには,別居家族員を含めての考察がなされなければならない。しかし調査技術上の困難もあり,統計的には集団としての家族を世帯単位でとらえる場合が一般的である。すなわち,家族を数量的に把握するため,国勢調査の親族世帯から非親族成員を除外した,同居の親族成員のみからなる集団が,家族集団と等置される。それゆえ世帯を分析単位とする家族研究においては,官庁調査による世帯統計を資料とする場合に,別居家族員についての分析が不備にならざるをえない。
日本における家族の実証的研究の先駆となり,近代的な家族社会学の確立に貢献した社会学者の戸田貞三(1887-1955)は,家族の実証分析の用具として世帯概念を社会学研究にはじめて導入した。日本の〈家〉と西欧の〈ファミリーfamily〉との間の概念的な差異に着目した戸田は,戸籍上の〈家〉に対して事実上の家族をとらえるための統計資料として,第1回国勢調査の1000分の1抽出写しの集計結果を用いた。すなわち,国勢調査の世帯概念を手がかりに,住居および生計を共同する生活集団と規定されるところの消費の単位としての世帯,とりわけ親族世帯に注目して,事実上の家族の実態を把握しようとした。その結果,本拠世帯から別れて生活している別居家族員についての考察は,戸田によっては十分に展開されることなく残され,第2次大戦後に批判される点となる。
世帯は,明治期における日常用語としての所帯(しよたい)が転化して,一般に使用されるようになったものである。所帯の語源は,鎌倉時代の荘園における土地財産を意味する〈所帯の職(しき)〉の略称とされる。当初はもっぱら財産・身代(しんだい)をあらわす言葉として用いられていた。その後,所帯は〈暮し向き〉とか〈家計のやり繰り〉を意味するものとして広く使われるようになり,家計の単位を示す日常的な用語となった。現在でも〈所帯持ち〉とか,〈所帯道具〉あるいは〈寄合い所帯〉などといった表現で所帯が使用される。
日本の法令中に世帯という用語がはじめて登場するのは,1886年の内務省令第3号〈戸籍表改正〉においてであるが,そこでの世帯は当時における日常語としての所帯と同義語として使われている。一方,同年の東京統計協会〈人口調査草案〉では,世帯が人口調査の調査単位として用いられ,〈一世帯トハ家計ヲ共ニシテ同居スル一団族ヲ云〉との規定が示されている。ここでの世帯概念は今日の概念規定と同様に,住居と生計を共にする集団としてとらえられており,旧来の所帯ないし世帯概念に対して新しい世帯概念が明示された最初のものといえる。当時のヨーロッパ諸国ではハウスホールドhousehold概念が統計調査の調査単位として確立しつつあり,それが日本に輸入される過程で,ハウスホールドは世帯と翻訳され,その具体的な概念規定も紹介されたのである。旧来の用語としての所帯ないし世帯は,〈家〉制度の強い規制のもとでの家計の単位であり,必ずしも日常的な生計単位と一致するものではなかった。日露戦争後,重化学工業化が進む中で,農民の離村,都市流入を契機に〈家〉の弛緩が顕著になり,従来の法制的な〈家〉は現実の家族的生活共同から大きく遊離していった。こうした中で,行政は住民の生活実態を掌握しておく必要にせまられ,従来の〈戸〉に代わる新たな調査単位として,ハウスホールド概念に基づく所帯ないし世帯を,地方さらには国の行政調査用語として導入したのである。それは従来〈家〉の規制下での家計の単位としてとらえられていた所帯ないし世帯概念が,〈家〉による規制の弛緩する状況の中で,物の消費における共同生活に焦点を合わせた消費の単位としての所帯ないし世帯概念へ転化する過程でもあった。
大正期に入ると,行政の側からの世帯概念の明確化がいっそう進展する。〈寄留手続令〉(1914公布)は寄留簿を〈世帯ヲ同クスル者ニ付テハ世帯毎ニ区別シテ編製〉することと規定し,世帯主には寄留に関する届出義務を課すことにしている。これは,寄留簿に記載される現実の生活共同体を把握するため,行政手続用語として世帯を導入したのであり,新しい世帯概念が国の法令条文中に登場した最初のものといえる。さらに〈国勢調査施行令〉(1918公布)では,〈世帯ト称スルハ住居及家計ヲ共ニスル者ヲ謂フ,一人ニシテ住居ヲ有シ家計ヲ立ツル者亦一世帯トス〉として世帯の定義がなされ,国としてはじめて世帯の概念規定を明らかにする。かくて1920年には第1回国勢調査が実施され,世帯単位の本格的な調査が国家行政のレベルで実現した。
第2次大戦後,〈統計法〉(1947公布)が制定され,以後の各国勢調査は同法4条の規定に基づいて実施される。国勢調査の方法や調査事項に関する恒久的な政令(〈国勢調査令〉)は80年に制定され,世帯は〈住居及び生計を共にする者の集まり又は独立して住居を維持する単身者をいう〉(2条)と定義されている。住居と生計の共同を基準にした世帯の定義は,第1回国勢調査以降一貫しており,現在も基本的に変わるところはない。
1952年公布の〈農地法〉は,世帯単位による自作農主義を基本原理としている。そして2条6項に世帯員とは原則として〈住居及び生計を一にする親族をいう〉との規定がある。すなわち〈農地法〉における世帯とは親族世帯に限定される。したがって,別居家族員を含まない同居親族のみによる家族単位の農業経営という点で,戦前の〈家〉とは異なっている。
現行の生活保護法(1950公布)は,その10条で世帯単位の原則(世帯単位の原則・個人単位の原則)を規定し,要保護者に対する保護の要否および程度の決定について世帯を単位とすることとしている。また同一世帯に属していると認定された者でも,保護の実施上,世帯単位原則によりがたいときは,世帯分離という例外的な取扱いが認められる(10条但書)。ここでの世帯概念は,もっぱら生計の同一性に着目するものであり,住居の共同性については必ずしも要件とされていない。なお,住民基本台帳法(1967公布)において,住民票は個人単位で世帯ごとに編成されるとしている(6条)。
執筆者:宇野 正道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
住居と生計をともにする人々からなる集団、もしくは生活単位。「しょたい」と読むこともある。世帯は普通、家族によって構成され、その意味において家族の概念と一致することも多いが、同居人、使用人といった家族成員以外の構成員を含むこともあり、反対に就職、就学などのために家庭を離れている他出家族成員のいる場合もあって、かならずしも一致するとは限らない。国勢調査の定義による「世帯」は、「普通世帯」と、寮・社会施設などの「準世帯」に分かれ、普通世帯はさらに親族世帯、非親族世帯、単独世帯に区分される。親族世帯とは「世帯員に世帯主の親族がいる世帯」をいい、非親族世帯とは「世帯員に世帯主の親族がいない世帯」をいう。また、単独世帯とは「一戸を構えて住んでいる単身者」をさす。
国勢調査は調査の制約上から住戸単位の「世帯」を調査対象にしているので、調査結果から得られる統計値はそのまま家族の実態を示すものとはいえない。たとえば国勢調査では他出家族成員を把握することができないのであるが、それにかわる資料もないので、家族の統計値は基本的に国勢調査結果を利用して作成されている。たとえば核家族や核家族率に関する統計であるが、前者は、国勢調査の世帯統計により、親族世帯のうち「夫婦のみの世帯」「夫婦と未婚の子よりなる世帯」「父子世帯」「母子世帯」の四類型を合計して核家族世帯、すなわち統計上の核家族と定義している。また後者は、前者の数値を普通世帯の総数、もしくは親族世帯の総数で割った値を用いることが多い。核家族世帯と対比される直系家族世帯やその割合も、核家族世帯に準じる算出法で世帯統計が利用されている。次に、たとえば親元を離れて他人の家に止宿する下宿学生のような場合、家族としては一つという考え方から、親の世帯を「本拠世帯」、本人の止宿先を「分派世帯」とよぶことがある。
[増田光吉・野々山久也]
『戸田貞三著『家族構成』(1970・新泉社)』▽『大橋薫・増田光吉編『改訂 家族社会学』(1976・川島書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…人間家族の形成は,社会の進化的基盤とともに,言語の発生,社会制度の発生などとも微妙なかかわりをもった現象であるにちがいないことを指摘しておきたい。【伊谷 純一郎】
【人間の家族】
近親関係を中心に構成される最小の居住集団を〈家族〉とか〈世帯〉とかよんでいる。このような最小居住集団はかつては〈個別家族individual family〉〈基本家族elementary family〉などと名づけられていたが,最近では,G.P.マードックの提唱した〈核家族nuclear family〉の名称がひろく用いられている。…
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[戦後日本の家族政策]
戦後改革の家族像は,憲法24条に見られるような〈夫婦と未成熟子を中心とした近代小家族〉観に,民法上の〈直系血族関係を中心とする同居親族の集団〉(民法730条)が加わることで,二つの魂を持って発足した。前者から〈家〉制度に代わる社会的安定装置として〈現実の家族=世帯を社会保障の全面的充実で強化〉(1950年,社会保障制度審議会勧告)することを,後者から〈社会保障制度の充実は最小限とし,世帯への依存を高める〉(1954年,自民党憲法調査会)という趣旨の両極の路線が出てきた。これが実務では,1950年の住民登録法と51年の新生活保護法の〈親族扶養優先原則〉および世帯単位原則により世帯扶養共同体が,〈家〉に代わって登場し,後者の路線に乗ることになる(扶養)。…
※「世帯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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