病気や損傷で回復の見込みがなくなった臓器の代りに,他の正常な臓器を移植し,その働きを回復させようとするもので,障害臓器を切除して同じ場所に移植することを〈同所移植〉,障害臓器をそのままにして,他の場所に移植することを〈異所移植〉という。移植は,中枢神経以外のほとんどすべての臓器に行われている。移植には,臓器の供与者(提供者またはドナーdonor)と受容者(もらい手またはレシピエントrecipient)がいる。両者が同じ生体,たとえば自分の皮膚を自分の他の部に移植することを〈自家移植〉,両者の遺伝子が同じ場合,たとえば一卵性双生児や純系マウス間の移植を〈同系移植〉,同じ種間の移植,たとえばヒトとヒト,イヌとイヌ間の移植を〈同種移植〉,異種間,たとえばヒトとチンパンジー間の移植を〈異種移植〉という。
自家移植と同系移植は外科手技が成功すれば,移植も成功するが,同種移植や異種移植では,移植臓器に拒絶反応が生ずる。この現象は,細菌が体内に入った場合,生体が細菌をよそもの(非自己non-self)と認め,それを排除しようと免疫反応が生ずるのと基本的に同じである。拒絶反応の強さは,ドナーとレシピエントの移植抗原の差で変わってくる。同種移植で,兄弟間の移植と他人の間の移植を比較すると前者が弱い。異種移植と同種移植では前者のほうがより激しい。移植を成功させるためには,拒絶反応を抑えなければならないので,なるべく拒絶反応の少ない組合せで移植をすることがたいせつである。
輸血前に,血液型の適合性を調べるが,移植も同じようにドナーとレシピエントの適合性を調べることがたいせつである。移植の適合性は,赤血球型と異なり複雑で種々の方法が行われていて,組織適合性試験と呼ぶ。組織適合性が100%一致するのは,一卵性双生児間の移植であるが,通常はこのような一致は望めないので,よりよい組合せを探すことが目的となる。その一つの方法として赤血球型と白血球型の型合せが行われている。赤血球型のうちABO型が最も重要で,移植の組合せも輸血と同じ型の組合せで行われている。しかしRh型不適合は問題とならない。白血球型は,輸血を受けた人や経産婦の血清中に白血球を凝集する抗体が発見されてから,つぎつぎに型別が行われ,〈HLA(ヒト白血球抗原human leucocyte antigenの略)〉と呼ばれている。ヒトの第6染色体上にHLA抗原の決定因子があり,A,B,C,Dの四つの遺伝子座とDと関係のあるDP,DQ,DRが明らかになっている。HLAのA,B,C,DR型は抗血清で,DP,D型はリンパ球混合培養で型別される。2種類のリンパ球をいっしょに培養するリンパ球混合培養では,抗原の差が大きいほど,互いに刺激し合って大型化し核分裂を生ずるので,これを利用してD型の分類をする。一卵性双生児間のリンパ球では,このような反応は生じない。型の決まったリンパ球と未定のリンパ球を混合培養し,反応がなければ同じD型のリンパ球と型別される。この判定には,アイソトープの3H-チミジンを混合培養に加え,核の取込みの多少で判定される。適合性が悪いとリンパ球の核分裂が多く生じ,アイソトープが核に多く取り込まれる結果となる。HLA型はさらに分類され,全部で約130種類が明らかにされている。腎臓移植の成績とHLA型適合度の関係をみると,血縁者間の移植では,とくに密接な関係が認められている。しかし,心移植,肝移植ではHLAの違いは予後にあまり関係ないといわれている。
組織適合性試験と異なるが,移植前にドナーとレシピエントのリンパ球と血清を互いに合わせる〈交叉(こうさ)試験〉をして,白血球が凝集しないかどうかをみている。凝集があれば血清中に抗体が含まれていることが考えられ,この場合は移植後拒絶反応が生ずる可能性があるから,このテストが陽性であれば移植をしないほうがよい。
臓器が移植され血液が流れると,リンパ球が移植臓器の細胞と接触する。接触したある種のリンパ球は他のリンパ球の活性化を助けて,移植臓器の細胞を殺すキラー細胞や抗原を記憶するメモリー細胞ができてくる。そのほかに血清中に抗体としての免疫グロブリンもできる。キラー細胞や液性抗体は移植臓器の細胞を破壊し,細い血管がつまったりする拒絶反応が生じてくる。移植後24時間以内に生ずるのを超急性拒絶反応,1~2週以後に急に生ずるのを急性拒絶反応,2~3ヵ月以後に徐々に生ずるのを慢性拒絶反応として区別している。このような拒絶反応を抑えるために次のような五つの方法が考えられている。
(1)薬剤による方法 副腎皮質ホルモン,アザチオプリン(商品名イムラン),サイクロホスファマイド(商品名エンドキサン),シクロスポリン等が投与されている。この薬剤はタンパク質の合成を障害するメカニズムで効果が生ずるもので,免疫反応を全体的に抑えるため,細菌やウイルスに対する免疫反応も抑えられ,体が無防備状態となる。また副作用として造血機能低下,胃腸や肝臓の障害,出血などがあり,治療を注意して行う必要がある。最も多く行われている。
(2)特異抗体による方法 ヒトのリンパ球や胸腺でウマやウサギを免疫して得た抗血清,すなわち〈抗リンパ球血清〉が使用される。これを投与して免疫担当細胞を抑える方法であるが,薬剤投与の場合と同じように,感染に対して無防備状態となる可能性がある。また異種血清のため強い抗原性があり,ショックや腎臓障害のような血清病が生ずる危険がある。現在はモノクローナル抗体が使用されている。
(3)放射線による方法 放射線の全身照射で免疫細胞のタンパク質合成を抑える方法で,やはりその結果として全体的な免疫力が抑制され無防備状態となる。現在はあまり行われていない。移植臓器に直接照射する方法もある。
(4)外科手術による方法 免疫担当細胞を外科的に摘出または減少させる方法で,胸腺摘出がある。成人ではあまり効果がない。そのほかに,リンパ球が流れてくる胸管を切って体外にリンパ球を出し減少させる方法もある。胸管からタンパク質も出るので栄養が悪くなったり,また,そこから感染が生じやすい。あまり行われない。
(5)抗原投与による免疫麻痺immune paralysis 移植臓器に対する免疫反応だけを抑制し,他の免疫反応を抑制しない方法である。実験的に抗原の投与方法によっては,その抗原のみに免疫麻痺の状態すなわち免疫学的寛容を作ることが可能である。腎臓移植後に症例によっては抗免疫剤を長期間中止しても,拒絶反応が生じないことがある。移植前に輸血を頻回にやった例とやらない例を比較すると,はるかに前者の成績がよい。これは輸血の際移植抗原が注射された結果,免疫学的寛容の状態となったと考えられる。免疫学的寛容を作ることは理想だが,抗原の投与が免疫反応を麻痺させるのか亢進させるのか,あらかじめ決めることができないのが現状で,今後の問題である。
日本では,宗教的に遺体を尊ぶ思想から臓器を得ることはむずかしい。一方,人工臓器が発達するまでの期間は,臓器移植が必要である。チンパンジー等の異種臓器はより得やすいが,拒絶反応の抑制がむずかしいので,ヒトの臓器を使用しなければならない。臓器が二つある腎臓は別として,一つしかない臓器は,死体から得る以外にない。臓器の血流が止まってから臓器を移植して血流が再開するまでの時間を阻血時間というが,とくに体温の状態で阻血がおこると,細胞の代謝が行われているにもかかわらず,酸素や栄養が補給されないため細胞が死滅するので,この時間を〈温阻血時間〉と呼び,心臓や肝臓では0分,腎臓や肺では30分とし,早く臓器を冷やして細胞の代謝を抑えるようにしなければならない。心臓が動いている脳死の状態で摘出すれば,障害のないまま取り出すことができ,温阻血時間も短くできる。摘出した臓器を必要時に供給できるように保存することが望ましい。保存には冷却と灌流が行われているが,高圧酸素の容器中に入れる方法もある。保存の可能な時間は,腎臓で5日前後,他の臓器では5~6時間以内が安全域である。凍結で長期保存が可能と考えられるが,臓器ではまだできていない。今後に残された問題である。
肝臓移植は,肝硬変,先天性胆管異常,肝臓癌等に行われている。1995年までに5万例の報告があり,シクロスポリンの使用で成績がよくなっている。施設によっては5年生存70%台の報告があり,実験ではなく治療の段階に入っているが,日本では生体部分肝移植がおもに行われている。膵臓移植は若年性の糖尿病患者におもに行われている。膵臓を血管吻合(ふんごう)して移植するほかに,小さく刻んで脾臓や肝臓や腹腔内に注入する方法(膵島移植)も行われている。1995年までに欧米では7500例の報告があり,施設によっては,1年生着が80%で,最長5年以上の例も報告されるようになっている。日本では成功例はない。腸移植はおもに小児の小腸欠損例に行われている。中心静脈栄養法によって腸がなくても生存可能となっているので,腸移植の機会は増すものと考えられる。腸の移植によってGVH反応が生ずるので,長期成功例の報告はない。これは腸とともに多数のリンパ球が移植され,それがレシピエントに対して免疫反応を生ずるためで,移植片対宿主病graft versus host diseaseすなわちGVH反応が生ずるためである。骨髄移植は再生不良性貧血や抗癌剤,放射線による骨髄障害例に対して行われている。強力な抗癌療法を行う前に自分の骨髄を取って保存し,行った後で自家移植を行う方法もある。同種移植ではHLA適合の骨髄移植が行われるが,移植後にGVH反応が生ずることが大きな障害となっている。最近モノクローナル抗体で移植骨髄中の免疫担当細胞の除去が行われている。なお,心臓移植,腎臓移植,角膜移植についてはそれぞれの項目を参照されたい。
執筆者:花岡 建夫
臓器移植が他の治療法と異なるのは,移植用臓器を必要とするという点である。ヒト以外の動物の臓器を利用する移植がほとんど実用化されていない現在において,移植用臓器は人間の生体または死体から入手するほかない。したがって,臓器移植に特有の法律問題とは,移植用臓器を人間の生体または死体から摘出するために満たされなければならない要件は何か,という問題ということになる。
移植用臓器の摘出手術は,治療のためになされる通常の手術と異なり,ドナーの身体にはいかなる利益も与えない。それどころか,当該臓器の喪失を招くとともに,手術自体に危険が伴うことも否定できない。しかし,ドナーが,摘出手術の意義やそれに付随する危険について十分な説明を受けたうえで,手術に対して承諾(〈同意〉という言葉も同じ意味に用いられる)を与えれば,その臓器摘出は,原則として適法なものになるとされている。換言すれば,摘出手術を行う医師は,それが過失なく行われるかぎり,民法上の損害賠償責任を課されることもないし,傷害罪を犯したとして刑罰を科されることもない。その実質的根拠としては,移植用臓器の摘出はレシピエントとなる患者を助けることを目的としており,ドナーの被る危険・不利益が大きくないかぎり,社会的相当性を有する行為であること,および,個人は自分の身体に対して自己決定権をもっており,その決定は社会的に相当なものであるかぎり尊重されるべきこと,があげられる。臓器摘出が社会的に相当といえるためには,ドナーに及ぼす危険・不利益が大きいものであってはならない。したがって,心臓など生命維持に不可欠な臓器や,眼球のようになければ身体機能が著しく損なわれる臓器を生体から摘出することは許されない。生体からの摘出が認められる臓器としては,骨髄や肝臓の一部のように再生されるものと,2個ある腎臓のうちの1個のように摘出しても生命維持にさしさわりのないものがあげられる。
生体からの臓器の摘出が許容されるためには,ドナー本人が摘出手術に対して有効な承諾を与えることができること,いいかえると,ドナー本人に承諾能力があることが前提となる。未成年者や精神障害者で,臓器摘出の意義や付随する危険について十分理解したうえで合理的な判断を下す,ということができない者については,承諾能力は認められず,たとえ本人が摘出を承諾したとしても,それに基づいて臓器を摘出することはできない。本人の治療を目的としてなされる通常の手術に関しては,未成年者の親や後見人,精神障害者の近親の家族などが,本人に代わって有効な承諾を与えることができる。しかし,他者の治療を目的とする移植用臓器の摘出手術については同様に扱うことができない。欧米のかなりの国では,裁判官の関与など厳格な要件を課したうえで,これらの者からの臓器の摘出を認めている。しかし,通常の成人については,本人が承諾しないかぎり臓器摘出は認められないとされていることに照らすと,承諾能力を欠く者について,本人の有効な承諾なしに臓器を摘出することは容認されえないことであると思われる。
死体からの臓器の摘出に関しては,1997年6月17日に成立し,同年10月16日から施行された臓器移植法(正式名は〈臓器の移植に関する法律〉)が適用される。この法律において,臓器とは,心臓,肺,肝臓,腎臓,眼球,膵臓,小腸をいうものとされる。死体から骨,皮膚,心臓弁などの組織を摘出する場合には,この法律は適用されない。
死体から移植用臓器を摘出するために満たされなければならない要件について,同法の6条は,(1)死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示していること,および,(2)その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないことまたは遺族がないこと,を掲げている。(1)の意思表示のために用いられる書面として,これまでは,ドナーカード(提供者カード)が一般的であった。しかし,最近では,提供するという意思とともに,提供しないという意思も表示できる意思表示カードと呼ばれるものが一般的になっている。提供意思を表示することができる年齢について,厚生省の定める臓器移植法の運用指針(ガイドライン)は,民法上の遺言可能年齢等を参考として,15歳以上の者の意思表示を有効なものと扱うこととしている。(2)の要件が課されることによって,遺族は,臓器の摘出を拒むことができることになる。しかし,遺族の具体的範囲は,法律では定められていない。この点について,厚生省の運用指針では,〈“遺族”の範囲については,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者の近親者の中から,個々の事案に即し,慣習や家族構成等に応じて判断すべきものである〉と述べられる一方,〈原則として,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び同居の親族〉がそれに当たるとされており,これが参考になる。また同指針は,喪主または祭祀主宰者が遺族の総意を取りまとめるものとしている。
上記の(1)(2)の要件は,心臓死体からの摘出であっても,脳死体からの摘出であっても,等しく適用されるものであるが,脳死体の場合には,さらに,脳死判定実施の前提となる二つの要件が満たされなければならない。それは,(3)ドナーとなる者が脳死判定に従う意思を書面により表示していること,および,(4)その旨の告知を受けた家族が当該判定を拒まないことまたは家族がないこと,である。(3)の〈脳死判定に従う意思〉の意味について付言すると,それに,脳死判定手続の実施を認めるという意思が含まれるのは当然であるが,この法律の提案者によると,それにとどまらず,脳死判定の結果を自己の死として受け入れるということまで含んだ意思でなければならないものとされている。
臓器移植法の施行によって,それまで,眼球と腎臓の死体(念頭におかれていたのは心臓死体)からの摘出に適用されてきた角膜腎臓移植法(正式名は〈角膜及び腎臓の移植に関する法律〉)は廃止された。角膜腎臓移植法において,移植用の眼球や腎臓を摘出するためには,事前に遺族の書面による承諾を受けることが必要とされていた。ただし,死者が生前に摘出を書面で承諾しており,かつ医師がその旨を遺族に知らせ,遺族が摘出を拒まないとき(または遺族がないとき)には,遺族の書面による承諾がなくても摘出できるものと定められていた。しかし,現実には,遺族の承諾に基づく摘出がほとんどで,たとえば,1995~96年度の死体腎移植についていえば,180人のドナーのうち,ドナーカードに基づいて提供に至ったものは15人にすぎなかった。他方,臓器移植法は,心臓死体からの摘出についても,本人の書面による提供がない場合には臓器の摘出を認めていない。このため,何らかの対応措置がとられなければ,臓器移植法の施行によって,心臓死体からの臓器を利用する角膜移植と腎臓移植が激減することが予想された。これに対処するために,臓器移植法は,附則で,当分の間,心臓死体からの眼球と腎臓に限って,遺族の書面による承諾に基づいて摘出することを認めた(ただし,本人が生前に提供意思を書面で表示していた場合--この場合は同法6条により遺族が拒否しなければ摘出できる--と,本人が摘出に反対していた場合は除かれる)。この措置によって,心臓死体からの眼球や腎臓を利用する移植はほぼ従前どおり行うことができることになったが,他方,心臓死体と脳死体とが,その取扱いにおいて,完全に同一ではないことも明らかになった。
臓器移植法は,臓器売買を禁止する規定をおき,それに対する罰則を定めた。同法のこの部分に関しては,生体から摘出される臓器についても適用あるものとされている。
執筆者:丸山 英二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
本来存在している部位から臓器をいったん摘出し、同一またはほかの個体にそれを移すことをいう。臓器を提供する個体をドナー(donor、提供者)、臓器を受ける個体をレシピエント(recipient、受容者)という。
[中村 宏]
ドナーは生体ドナーと死体ドナーとに区別される。生体ドナーでは、臓器の摘出が、ドナーの身体に及ぼす危険性、不利益が大きくないことが必要で、生命維持に不可欠な心臓などの臓器や、身体機能が著しく損なわれる臓器を生体から摘出することはできず、腎臓(じんぞう)・肝臓・小腸・肺が対象臓器となる。生体ドナーは、臓器摘出の意義や随伴する危険性について説明を受け、十分理解したうえで摘出手術に承諾することが前提条件となる。死体ドナーは、心臓死の場合と、脳死の場合とがあり、臓器移植法が適用される。移植が成功すれば、新しい場所でその周囲から栄養をとり、その臓器本来の機能を営むようになる。しかし、臓器の血管を、移植された部位の血管と速やかに吻合(ふんごう)して血行を再開させないと、酸素と栄養分の欠如および有害な老廃物の蓄積のために臓器の組織が死んでしまう。臓器移植は、廃絶した臓器にとってかわってその機能を営むので、致命的な疾患では患者を救命することができる。
[中村 宏]
移植される臓器は、生体腎移植のように健常人が自分の意思によって子や兄弟姉妹に提供を申し出る場合もあるが、心臓移植や死体肝移植などでは脳死患者から臓器の提供を受ける必要がある。腎移植や膵(すい)移植では、心停止ドナーからでも可能だが、脳死ドナーからのほうが成績がよい。日本では死体から臓器を摘出する際、長い間法律的に問題があった。1979年(昭和54)に「角膜及び腎臓の移植に関する法律」が成立し、腎移植に使用されるための腎臓を死体から摘出することが法律的に初めて認められるようになった。1997年(平成9)6月には「臓器移植法」が成立し、条件付きで脳死ドナーからの臓器摘出が可能となった。なお、同法の詳細については臓器移植法の項目を参照されたい。
[中村 宏]
臓器移植には次の4種類がある。
(1)自家移植 保存的療法が不可能な両側性の重篤な腎臓損傷や、単腎者の腎臓の中央部に大きな腫瘍(しゅよう)が発生した場合に、腎臓をいったん摘出して、体外において腎臓を修復、または腫瘍を摘出した後に、その腎臓を下腹部の腸骨窩(ちょうこつか)に移植する場合のように、臓器を同一個体のほかの部位に移植することをいう。自家移植では拒絶反応は起こらない。
(2)同系移植 一卵性双生児間、または遺伝的に同一の系に属する動物間で移植することをいう。自家移植と同様に拒絶反応は起こらず、臓器は永久に生着する。
(3)同種移植 ある個体から得た臓器を、動物分類学上同一の種に属する(たとえばヒトからヒトへなど)、ドナーとは異なった遺伝子型をもつほかの個体に移植することをいう。現在の臨床的に行われている移植医療のほとんどがこれに属する。免疫抑制法を行わないと通常拒絶反応が起こる。
(4)異種移植 本来系統発生学上、科の異なる動物間での移植のことをさすが、ヒト科では同じ目(もく)である霊長類、たとえばチンパンジーやヒヒからヒトへの移植などを異種移植とよんでいる。実際、1990年代に入ってからは、ブタからヒトへの異種移植の可能性が研究されている。しかし、現在の進歩した免疫抑制法を用いても、移植された臓器は拒絶反応を受けてその機能は止まってしまう。
細菌やウイルスが体内に侵入すると、生体はこれらを防御しようとして免疫機構が働くが、移植された臓器に対しても同様な防御システムが働き、拒絶反応を起こしてしまう。臓器移植に先だって行われる組織適合性検査は、個人のもっている移植抗原を同定することにほかならない。これにはリンパ球のHLA型、リンパ球交差試験、赤血球のABO型の三つがある。
[中村 宏]
腎移植は、世界的にも、また日本でも、臓器移植のなかで、最初に広く臨床的に行われるようになった。日本では2008年(平成20)末までに2万2199回の腎移植が行われている。最初のうちはほとんどが生体腎移植であったが、心停止後に腎臓を摘出して移植する献腎移植(死体腎移植のこと)も行われるようになった。しかし腎移植件数のうち献腎移植の占める割合は、日本では約16%にすぎないが、臓器移植の先進国のアメリカ合衆国では半数以上は献腎移植となっている。免疫抑制剤のカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリン(サイクロスポリン)、タクロリムスが使用されるようになってから腎移植の成績は向上し、生体腎移植生着率は1年約96%、5年約91%で、献腎移植でも1年91%、5年79%という良好な生着率が得られている。
[中村 宏]
肝臓移植は腎移植に次いで日本で多く行われている。世界的には肝移植というと脳死肝移植が大部分を占めるが、日本では脳死者からの臓器提供がむずかしいため、生体部分肝移植という世界の動向とは違った方法がとられ、2006年末までに5249回施行されている。脳死肝移植は世界では年間約8300回行われている。日本でも臓器移植法に基づく脳死患者からの肝移植が1999年2月に初めて行われた。肝移植手術手技の確立、シクロスポリン、タクロリムスなど新しい免疫抑制剤が出現し、生存率は1年82%、5年76%と向上した。
ドミノ肝移植という特殊な移植法があるが、これはドミノ倒しのように、肝移植を受ける患者から摘出された肝臓をほかの肝不全末期の患者に移植する方法である。アミロイド・ポリニューロパシー(FAP)という難病の患者が肝移植を受けるときに行われる。
[中村 宏]
心臓移植は1968年(昭和43)8月に行われたいわゆる和田移植(札幌医科大学教授であった和田寿郎(じゅろう)による日本初の心臓移植手術)以来日本では施行されていなかったが、31年後の1999年(平成11)2月に臓器移植法にのっとった心臓移植が行われた。その後2008年12月までに60例施行されている。心臓は生体内で血流停止が起こると強い組織障害を受けるので、心臓移植は脳死の段階で臓器の提供を受けることが不可欠で、脳死者から心臓を摘出した後4時間以内に移植されなければならない。世界では年間約3800回施行されていて、いまや日常的な治療法となっている。カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)、ミコフェノール酸モフェチル(初期にはアザチオプリンが用いられた)、ステロイドの三者併用療法が行われるようになってから臨床成績は向上し、日本心臓移植研究会によると、死亡例は60例中2例のみ(4か月後と4年2か月後)で、生存率は3年99%、5年、10年94%である。
[中村 宏]
肺移植は世界的には、年間約1300回施行され、移植以外に治療法のない重症肺疾患の治療法として定着している。また心臓と肺を同時に移植する心肺同時移植も行われている。日本では、日本肺および心肺移植研究会によれば、1998年に初の肺移植が行われて以来、2009年5月までに58例の脳死肺移植と、80例の生体肺移植の合計138例が施行された。臓器移植法に基づく脳死者からの肺移植は、2000年3月に初めて行われた。生体肺葉移植の5年生存率は80%、脳死肺移植の5年生存率は66%であり、いずれも国際登録の生存率(49%)を上回っている。
[中村 宏]
小腸移植は、先天性短腸症候群など、何らかの原因で腸から栄養を吸収できない人に対して行われる。ほかの臓器移植よりも拒絶反応が起こりやすく、世界的にもほかの臓器移植よりも施行回数が少ない。日本では、1996年に京都大学で第1例目の生体小腸移植が施行され、2007年12月までに12例に対し14回の小腸移植が行われているが、このうち11回は生体ドナーからの移植である。ほかの臓器移植と比べると成績は悪かったが、タクロリムス、ステロイドにミコフェノール酸モフェチル(MMF)を追加するようになってから、生存率は向上し、2008年8月までの生存率は、1年83%、5年59%である。
[中村 宏]
膵臓移植には全または部分膵移植と膵島移植とがある。前者では血管吻合(ふんごう)を行って膵臓全部または一部を移植するが、後者では膵臓から膵島(膵臓組織中に島のように散在する内分泌組織)を分離し、皮膚を通して患者の門脈に挿入した細いチューブから肝臓に膵島を注入する。肝臓内に散らばった膵島は毛細血管に取り囲まれて生着する。腎移植と同時または腎移植後に膵移植を行うこともある。膵・膵島移植研究会によれば、1997年10月臓器移植法の施行後、2000年4月25日に第1例目の膵腎同時移植が行われてから、2009年5月までに、59例の脳死下での膵臓移植と2例の心停止下での膵腎同時移植が行われた。なお生体ドナーからの膵臓移植も9例行われている。移植膵の3年生存率98%、3年生着率は77%である。
[中村 宏]
なお角膜、皮膚、血管、骨、耳小骨、心臓弁、脳硬膜などの移植も臨床的に行われているが、これらは臓器移植ではなく、組織移植に属する。
[中村 宏]
レシピエントが、拒絶反応を起こすことなく移植された臓器を受け入れられるように、免疫抑制療法が行われる。免疫抑制剤には多種類あるが、主としてカルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)、ミコフェノール酸モフェチル、ステロイドなどが用いられている。
[中村 宏]
急性拒絶反応の治療としては、以前には放射線局所照射も行われたが、現在ではまずメチルプレドニソロンのパルス療法(短期間に大量投与すること)後、ステロイドを増量し、以後漸減する。これらに反応しない拒絶反応や血管型拒絶反応ではOKT3モノクローナル抗体を投与する。慢性拒絶反応に対しては、現在のところ有効な治療法はない。
[中村 宏]
臓器は血液の供給がない(阻血状態になる)と急速に死滅する。冷却によってその過程を遅らせることはできるが、完全に止めることはできない。したがって脳死ドナーの場合には、大動脈と門脈から冷却した灌流(かんりゅう)液を注入して死体内冷却灌流を行う。温阻血(おんそけつ)障害を受けやすい順序、すなわち心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓の順に摘出し、ただちに流入血管から4℃に冷却したUW液またはユーロ・コリンズEuro-Collins液(高カリウム、低ナトリウム、高マグネシウムの電解質組成液にブドウ糖とマンニットを加えて高浸透圧にした液)という保存液を注入して臓器内の血液を洗い出すとともに、臓器を内部から冷却した後、保存液中に浸漬(しんし)し、0~4℃下で保存する。UW液はウィスコンシン大学University of WisconsinのベルツァーFolkert O. Belzer(1930―1995)が開発したもので、細胞膜を通過しにくい物質を含有し、浸透圧は血漿(けっしょう)よりも高く、細胞のアシドーシス(酸の蓄積)の発生を防止し、移植後血流を再開したときに発生する活性酸素やフリーラジカル(遊離基。反応性が著しく高く、半減期が非常に短い反応基)による細胞障害を防止する。またUW液は、低温保存中に急速に減少するATP(adenosinetriphosphate、アデノシン三リン酸。あらゆる細胞中にみられる化合物で、エネルギーの貯蔵源となる)の再合成に必要な前駆物質を含有する。各臓器の保存限界は、心臓が4時間、肺が6時間、肝臓が12時間、膵臓が24時間、腎臓が48時間である。
[中村 宏]
『鈴木盛一著『生命(いのち)から生命(いのち)へ「臓器移植」』(1998・海竜社)』▽『太田和夫著『臓器移植の現場から』(1999・羊土社)』▽『篠原睦治著『脳死・臓器移植、何が問題か――「死ぬ権利と生命の価値」論を軸に』(2001・現代書館)』▽『平川方久編『臓器移植の麻酔』(2002・克誠堂出版)』▽『倉持武・長島隆編『臓器移植と生命倫理』(2003・太陽出版)』▽『町野朔・長井円・山本輝之編『臓器移植法改正の論点』(2004・信山社出版)』▽『マーガレット・ロック著、坂川雅子訳『脳死と臓器移植の医療人類学』(2004・みすず書房)』▽『高橋公太著『生体臓器移植の適応と倫理――倫理問題を考える』(2007・日本医学館)』▽『相川厚著『日本の臓器移植――現役腎移植医のジハード』(2009・河出書房新社)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…重症患者において,心拍は持続しているが脳の機能が失われている例が出現するに及び,従来の死の概念では律しきれない類似現象として脳死が認識されるようになった。やがて医療技術が向上し免疫抑制剤の進歩もあって,欧米を中心とする諸外国では機能の減退した臓器を他人のそれで置き換える臓器移植が進展してきた。なかでも心臓移植においては従来の3徴候による死の判定では対応できず,新しい死の定義は必須となった。…
…
【今日の外科と将来】
このように以前には考えられもしなかったような手術も可能となり,しかも死亡率も低下して手術効果が期待できるようになると,ただ病巣を取り去るということだけにとどまらず,新しい臓器で古い廃疾臓器を補塡(ほてん)しようとする気運が生まれた。これが臓器移植とよばれるもので,1967年南アフリカ共和国のバーナードC.Barnardが行った世界最初の(ヒトからヒトへの)同種心臓移植が強烈な印象を残しているが,臓器移植としてはこれが最初のものではなく,すでに1902年に腎臓移植の報告がなされている。臓器を移植した場合,移植した臓器を長期間生着させることがなかなかできなかった。…
…人工臓器には通例,人工的な組織も含まれる。
【臓器移植と人工臓器】
人間を含め動物には生まれた時から,傷ついた組織を治癒しようとする力が備わっている。医学はこの自然治癒力に依存してきたといえる。…
… 心臓移植の歴史は古く,動物を用いた実験的試みは,アメリカのマンF.Mannが1933年に行っている。40年代になって臓器移植に伴う諸現象,とくに拒絶反応の機序の解明にイギリスのメダウォーPeter Brian Medawar(1915‐87)らが大きな功績を残し,臓器移植熱が高まるにしたがって,心臓移植の可能性について多くの研究者が情熱を傾けるようになった。とくにアメリカのシャムウェーNorman Edward Shumway(1923‐ )らの基礎的研究の寄与するところが大きく,58年シャムウェー法といわれる移植手技が確立され,67年南アフリカ共和国のバーナードChristian Neethling Barnard(1922‐ )が人から人へ初めて心臓移植を行った。…
…このことは,従来は無視ないし軽視されがちであった患者の生命・肉体のインテグリティについての患者の主体性の自覚を基盤としている。そのような状況のなかで臓器移植・人工臓器に代表される置換医療が,医療を単に個体的現象にとどめずに,個体と個体とをつなぐ超個体的技術として展開している。なかでも臓器移植によって提起された新しい問題の一つは,人体の一部が,それが本来属している有機体を離脱して,〈価値をもった一種の財物〉として社会的に流通する可能性が生じたことである。…
※「臓器移植」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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