げいあみ【芸阿弥】
- デジタル大辞泉
- [1431~1485]室町中期の画家。真芸とも称した。号、学叟。足利義政の同朋衆で、水墨画にすぐれ、父の能阿弥、子の相阿弥とともに三阿弥とよばれる…
応仁・文明の乱【おうにんぶんめいのらん】
- 百科事典マイペディア
- 15世紀後半の内乱。応仁1年(1467年)に起こり,一応の決着をみた文明9年(1477年)まで続いた。応仁の乱ともいう。将軍足利義政の弟義視(よしみ)…
楡原保にれはらほ
- 日本歴史地名大系
- 富山県:婦負郡楡原保婦負郡に置かれた保で、元来は国衙領であった。現在の細入(ほそいり)村楡原を遺称地とし、細入谷と井田(いだ)川上流部に及…
久多荘 (くたのしょう)
- 改訂新版 世界大百科事典
- 山城国愛宕郡(現,京都市左京区久多)にあった山間地域の荘園。成立事情は不明。1159年(平治1)当時には法成寺(ほうじようじ)領であったが,うち…
満済准后日記 まんさいじゅごうにっき
- 日本大百科全書(ニッポニカ)
- 室町時代、将軍足利義満(あしかがよしみつ)・義持(よしもち)・義教(よしのり)3代にわたって厚い信任を受けて幕政に深くかかわり、「黒衣の宰相」とよ…
大土呂村おおどろむら
- 日本歴史地名大系
- 福井県:福井市旧足羽郡地区大土呂村[現]福井市大土呂町半田(はんだ)村の西にある。応永二年(一三九五)八月一五日の足利義満御教書(三宝院文…
一色氏 いっしきし
- 旺文社日本史事典 三訂版
- 室町時代の守護大名。四職 (ししき) 家の一つ足利氏の一族。足利公深 (きみふか) が三河の吉良庄一色に住んで以来一色氏を称す。その子範氏 (のりう…
善阿弥【ぜんあみ】
- 百科事典マイペディア
- 室町時代の作庭師。河原者(かわらもの)であったが,天下第一の作庭師として,将軍足利義政(よしまさ)の寵を受け,子の次郎三郎,孫の又四郎とともに…
日野重子 ひのしげこ
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- [生]応永18(1411)[没]寛正4(1463).8.8. 京都室町幕府6代将軍足利義教の室。裏松重子ともいう。日野重光の娘。7代将軍義勝,8代将軍義政の生母として…
にながわ‐ちうん【蜷川智蘊】
- 精選版 日本国語大辞典
- 室町中期の武士、連歌師。名は新左衛門親当(ちかまさ)。和歌を正徹に学ぶ。連歌にすぐれる。足利義教に仕え、政所の吏僚として幕府財政をつかさどる…
真木嶋昭光 (まきしま-あきみつ)
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus
- ?-? 戦国-織豊時代の武将。15代将軍足利義昭の奉公衆。義昭出家後も終始近侍し,慶長2年(1597)大坂で死去した義昭の遺体を京都等持院にうつして葬儀…
東御方(2) (ひがしのおんかた)
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus
- 1415-? 室町時代,長慶(ちょうけい)天皇の孫。応永22年生まれ。父は玉川宮といわれた皇子。永享3年(1431)6代将軍足利義教(よしのり)の侍女となるが,…
にっしん【日親】
- デジタル大辞泉
- [1407~1488]室町中期の日蓮宗の僧。上総かずさの人。号、久遠成院。京都で辻説法をし、本法寺を開創。「立正治国論」を著して将軍足利義教を諫言…
下野家枝垂れ桜と蔵(水屋)
- 事典 日本の地域遺産
- (岐阜県大垣市墨俣町上宿377)「大垣市景観遺産」指定の地域遺産。室町幕府第12代将軍足利義晴から拝領されたといわれる樹齢約500年の枝垂れ桜が下野…
久下郷くげごう
- 日本歴史地名大系
- 埼玉県:熊谷市久下村久下郷現久下付近に比定され、荒川左岸に位置する。「和名抄」にみえる大里郡郡家(ぐうけ)郷を継承したとみられ、私市党久下…
義堂周信
- 朝日日本歴史人物事典
- 没年:嘉慶2/元中5.4.4(1388.5.10) 生年:正中2.閏1.16(1325.3.1) 南北朝期の臨済宗の僧,五山文学僧。別に空華とも号した。土佐(高知県)高岡郡の人。…
長畝村ながうねむら
- 日本歴史地名大系
- 新潟県:佐渡郡新穂村長畝村[現]新穂村長畝青木(あおき)村の西。当村・二方潟(にほうがた)村・谷塚(たにづか)村の三ヵ村は集落・耕地など入…
文明一統記 ぶんめいいっとうき
- 旺文社日本史事典 三訂版
- 室町中期,一条兼良 (かねよし) の政治論書1479(文明11)年ころ刊。1巻。9代将軍足利義尚 (よしひさ) のために著した修養書。孝行・正直・慈悲な…
細川政元 ほそかわまさもと
- 旺文社日本史事典 三訂版
- 1466〜1507室町後期の武将管領。勝元の子。応仁の乱(1467〜77)後,足利将軍家の衰微に乗じ,1493年足利義澄 (よしずみ) を擁して,将軍義稙 (よし…
太多庄ただのしよう
- 日本歴史地名大系
- 兵庫県:城崎郡日高町太多庄太多御厨ともいう。古代の気多(けた)郡太多郷(和名抄)の名称を継承した伊勢神宮外宮領庄園で、円山(まるやま)川支…
天万郷てまごう
- 日本歴史地名大系
- 鳥取県:西伯郡会見町天万村天万郷古代の会見郡天万郷(和名抄)を継承する中世郷で、富田(とみた)庄のうち。天満とも記し、現天万(てんまん)を…
地蔵院じぞういん
- 日本歴史地名大系
- 京都市:北区大将軍村地蔵院[現]北区大将軍川端町天神(てんじん)川の西側にある。浄土宗、昆陽山と号し、本尊阿弥陀如来。寺伝は神亀三年(七二…
金蓮寺こんれんじ
- 日本歴史地名大系
- 京都市:北区鷹ヶ峰金蓮寺[現]北区鷹峯藤林町時宗、錦綾山と号し、本尊は阿弥陀如来。大正一五年(一九二六)まで現京都市中京区中之(なかの)町…
蔭涼軒 (いんりょうけん)
- 改訂新版 世界大百科事典
- 京都五山の一つである相国寺(しようこくじ)山内の塔頭(たつちゆう)鹿苑(ろくおん)院の南坊にあった寮舎。創建年は明らかでないが,将軍足利義…
大内義興 おおうちよしおき
- 山川 日本史小辞典 改訂新版
- 1477~1528.12.20戦国期の武将。周防・長門両国ほかの守護。政弘の子。1494年(明応3)家督。細川政元に将軍職を廃された足利義稙(よしたね)は,1500年…
ごこうごん‐てんのう〔ゴクワウゴンテンワウ〕【後光厳天皇】
- デジタル大辞泉
- [1338~1374]北朝第4代天皇。在位1352~1371。光厳天皇の第2皇子。名は弥仁いやひと。南北朝の和議が破れ、後村上天皇の吉野遷幸に伴い、足利尊氏…
曲直瀬道三【まなせどうさん】
- 百科事典マイペディア
- 安土桃山時代の医学者。名は正盛,号は一渓。京都の人。僧となり足利学校に学び,田代三喜から李朱医学を伝えられ,1546年京都で開業,足利義輝,織…
大津庄・大津郷おおつのしよう・おおつごう
- 日本歴史地名大系
- 静岡県:島田市大津庄・大津郷大津谷(おおつや)川流域一帯に比定される庄園、および郷地名。伊勢神宮領大津御厨の地が、伊勢神宮の支配を離れたの…
得位時枝庄とくいときえのしよう
- 日本歴史地名大系
- 兵庫県:神戸市灘区徳井村得位時枝庄現徳井(とくい)町を遺称地とする。徳井時枝庄とも記される。京都北野社領。応安七年(一三七四)九月二二日の…
大館尚氏
- 朝日日本歴史人物事典
- 生年:生没年不詳 戦国時代の武将,室町幕府の申次,内談衆。父は持房の子教氏。法名常興。その日記『大館常興日記』は政治史上の著名資料であり,天文7…
喜連川藩 きつれがわはん
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- 江戸時代,下野国 (栃木県) 塩谷郡喜連川地方を領有した藩。足利義氏領を継いだ足利頼氏の 3500石に始り,江戸時代は 5000石。ただし,古河公方 (こ…
六角義賢 ろっかくよしかた
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- [生]大永1(1521)[没]慶長3(1598).3.12.戦国大名。定頼の子。右京大夫。通称,四郎。法名,承禎。天文 21 (1552) 年1月家督を継ぎ,近江観音寺城主と…
住吉神社すみよしじんじや
- 日本歴史地名大系
- 大阪府:大阪市西淀川区野里村住吉神社[現]西淀川区野里一丁目住吉大神を祭神とする。旧村社。永徳二年(一三八二)将軍足利義満の勧請と伝え、近…
銭坂城跡ぜんざかじようあと
- 日本歴史地名大系
- 和歌山県:橋本市野村銭坂城跡[現]橋本市野野(の)の北方、標高約六〇メートルの小丘にあった生地(恩地)氏の居城。生地(おんじ)城・相賀(お…
孫坂郷・彦坂庄ひこさかごう・ひこさかのしよう
- 日本歴史地名大系
- 岐阜県:岐阜市旧方県郡・本巣郡地区彦坂村孫坂郷・彦坂庄現彦坂一帯に成立していた国衙領の郷。嘉元四年(一三〇六)六月一二日の昭慶門院領目録(…
トリコット
- 百科事典マイペディア
- メリヤスの一種。経(たて)糸が相互にからんでほつれにくく,地が密で,透し模様など変化ある編み方ができる。毛,綿,化繊,合繊によるものがあり,…
鎌倉府 かまくらふ
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- 室町幕府が関東統治のため鎌倉に置いた政庁。関東府ともいう。首長を鎌倉公方,関東公方,鎌倉御所などと呼ぶ。足利尊氏が弟の足利直義,子の足利義…
下迫村しもはさまむら
- 日本歴史地名大系
- 滋賀県:蒲生郡日野町下迫村[現]日野町迫(はさま)別所(べつしよ)村の南、北流する日野川支流迫谷(はさまたに)川沿いの谷間にある。地名は山…
畠山氏 (はたけやまうじ)
- 改訂新版 世界大百科事典
- (1)平安末・鎌倉初期の関東豪族。桓武平氏。秩父重弘の子重能(しげよし)が武蔵国畠山荘(埼玉県熊谷市の旧江南町付近)の荘官となって畠山氏をお…
ひの‐とみこ【日野富子】
- デジタル大辞泉
- [1440~1496]室町幕府8代将軍足利義政の妻。実子義尚よしひさの将軍就任を企て義政の弟義視よしみと対立し、応仁の乱の端緒をつくった。京都諸口の…
ついしゅ‐ようぜい〔‐ヤウゼイ〕【堆朱楊成】
- デジタル大辞泉
- 室町時代以降、堆朱の技法を伝えた家系の世襲名。足利義詮よしあきらに仕えた長充ちょうじゅうが中国の元代の名工張成・楊茂の一字をとって楊成と称…
西福院 (さいふくいん)
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus
- ?-? 室町-戦国時代の茶人。奈良興福寺西福院の住職。村田珠光(じゅこう)(1423-1502)に茶道をまなぶ。足利義政(よしまさ)所有の三日月の茶壺(ちゃつ…
あさくら‐たかかげ【朝倉孝景】
- 精選版 日本国語大辞典
- [ 一 ] 戦国大名。越前守護。貞景の子。弾正左衛門尉。法名大岫宗淳。将軍足利義稙(よしたね)の殊遇を受け、佐々木氏を討った。明応二~天文一七年(…
ほうかん‐じ(ホフクヮン‥)【法観寺】
- 精選版 日本国語大辞典
- 京都市東山区八坂上町にある臨済宗建仁寺派の寺。山号は霊応山。聖徳太子創建の延喜式七か寺の一つ。仁治元年(一二四〇)済翁証救が禅刹に改めた。…
六角高頼 ろっかくたかより
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
- [生]寛正3(1462)[没]永正17(1520).10.29. 近江室町時代中期の武将。近江守護。満高の子。大膳大夫。通称,四郎。法名,宗椿。長享1 (1487) 年7月,管…
熊谷直純 (くまがい-なおずみ)
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus
- ?-? 室町時代の武将。近江(おうみ)(滋賀県)浅井郡の豪族。8代将軍足利義政(よしまさ)(1436-90)につかえる。義政が政務をかえりみず風雅にふけるの…
ごもつ‐まきえ(‥まきヱ)【御物蒔絵】
- 精選版 日本国語大辞典
- 〘 名詞 〙 貴人が所蔵している蒔絵。御物風の蒔絵。また、特に足利義政所蔵品風の蒔絵。[初出の実例]「御物(ゴモツ)蒔絵の印籠天川珊瑚珠はさもなく…
松浦義 (まつら-よし)
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus
- ?-? 室町時代の武将。将軍足利義教(よしのり)につかえる。嘉吉(かきつ)元年(1441)義教が赤松満祐(みつすけ)に殺されると,肥前平戸(長崎県)に寺をた…
ろっかく‐よしかた〔ロクカク‐〕【六角義賢】
- デジタル大辞泉
- [1521~1598]戦国時代の武将。近江おうみ観音寺城主。法名、承禎。足利義輝を擁立したため、義昭と結んだ織田信長に攻められて城を追われた。のち…
しじょう‐たかすけ【四条隆資】
- 精選版 日本国語大辞典
- 南北朝時代の公卿。正中の変、元弘の乱で討幕のはかりごとに参画。建武新政に参与し、後醍醐天皇の没後、後村上天皇を補佐した。のち足利義詮(よしあ…