せっけん(英語表記)soap

翻訳|soap

日本大百科全書(ニッポニカ) 「せっけん」の意味・わかりやすい解説

せっけん
せっけん / 石鹸
soap

もっとも古くから知られている界面活性剤で、広義では脂肪酸、樹脂酸、ナフテン酸などの金属塩の総称であるが、通常、高級脂肪酸(炭素数6以上、実用は炭素数12~18)のナトリウム塩(ソーダせっけん)、カリウム塩(カリせっけん)などのアルカリ金属塩をいう。ほかの金属塩は金属せっけんとよばれ、区別される。せっけんは皮膚の垢(あか)やほこりなどの汚れ、衣類に付着した固体汚れ、油性汚れなどを取り除く洗浄剤として用いられる。

[篠塚則子・坪内靖忠]

歴史

紀元前3000年と推定されるシュメール(バビロニア南部)の粘土板に薬用としてせっけんについて記されており、これがもっとも古い記録と思われる。1世紀になるとプリニウスの『博物誌』に、また2世紀には医師ガレノスの『簡易薬剤論』にせっけんについての記述があるが、使用はごくまれであったと考えられている。8世紀に入り、地中海沿岸のイタリア、スペインでせっけん製造が盛んになり、イタリアの都市サボーナSavonaはせっけんに対するラテン系の語源となっている。12世紀ごろになると大量に製造されるようになり、とくにフランスのマルセイユは「マルセルせっけん」の名を残したほどのせっけん工業の中心地であった。地中海沿岸のせっけんは、その特産のオリーブ油と海藻灰を主原料とし、品質がよく、16世紀初頭インドからフランスに移植されたリネン(亜麻(あま))工業の興隆により、需要が増大して生産にも拍車がかかった。以後18世紀まで、せっけん製造技術に大きな進歩はなかった。

 1790年フランスのN・ルブランにより食塩からソーダの製造法が発明され、安価なカ性ソーダの供給が可能になったことと、1811年フランスのシュブルールにより油脂の化学的組成が明らかにされたことにより、現在のせっけん工業の基礎が完成した。1890年代にはグリセリンの回収が一般化し、20世紀に入ってからは、油脂硬化法の工業化と各製造工程の機械化が進み、オートメーション技術も確立されている。

 日本に渡来したのは、織田信長、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の時代で、ほとんどの文明品が仏教を通じて中国からきたのに対し、せっけんはポルトガル人(あるいはスペイン人)によって紹介され、前述のSavonaに由来するポルトガル語のsabaoから、シャボンとよばれた。このシャボンという文字が初めて記録されたのは、1596年(慶長1)石田三成(みつなり)から神谷宗湛(かみやそうたん)にあてた書状だといわれており、江戸中期からは「沙盆」という当て字が用いられている。「石鹸(せっけん)」という日本語が用いられたのは、「石鹸」について記されている李時珍(りじちん)の『本草綱目』(1590)が日本にもたらされた1606年(慶長11)ごろからで、もとは中国語で別のもの(鹸は「地中の塩分」を意味する)をさしていたが、シャボンの翻訳語として誤解して用いられたものがそのまま現在に伝わり使用されている。

 せっけんの洗浄力は認められていたものの、江戸時代を通じてその主要な用途が薬用であったことは、平賀源内(ひらがげんない)の『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』(1763)や藤林普山(ふじばやしふざん)(1781―1836)の『西医今日鈔(せいいこんにちしょう)』(1847)の記述をみてもわかる。

 現在の化粧せっけんに近い品が生まれたのは1825年(文政8)医師宇田川榛斎(うだがわしんさい)・宇田川榕菴(ようあん)らが薬用として自家製造したのが最初で、化粧用としての使用法は榕菴の『舎密開宗(せいみかいそう)』(1837)以後のことである。

 せっけんが日本で市販されたのは1872年(明治5)京都舎密局からで(京都府府令「牛乳は肉を養い、石鹸は外を潔(きよ)くす……」)、製造工業としてはその翌1873年に、横浜の堤磯右衛門(つつみいそえもん)(1833―1891)が蘭医(らんい)丸屋善八こと早矢仕有的(はやしゆうてき)(林有的。丸善の創始者)の技術的指導で洗濯せっけんの製造に成功したことに始まる(1873年、堤石鹸製造所設立)。その後、工業として発展し、1885年には輸出額(約7万円)が輸入額(約3万円)を上回るに至った(同年の生産額は、「貿易年表」によると推定約25万円)。当時はほとんど薬用(皮膚病用)か洗濯用で、1887年ごろからようやく化粧せっけんが市販されるようになった。

 化粧用せっけんは、すべてJIS(ジス)(日本産業規格)の「化粧石けん」(JIS K3301)で品質管理されているが、各企業の社内規定がこれを上回っているのが実情である。洗髪用、全身用などの液状もあり、その成分も多様化、高級化しているが、いずれも十分なすすぎが必要である。

 ちなみにせっけんの価格を理容料金と比べてみると、1890年(明治23)の理容料金5銭に対し、化粧せっけんは12銭で、はるかにせっけんのほうが高かった。1914年(大正3)には理容料金20銭に対し、化粧せっけんは9銭、1986年(昭和61)の理容料金2600円に対し、化粧せっけん120円、1999年(平成11)の理容料金3700円に対し、化粧せっけんは150円である。現在、日本のせっけん製造工業は世界的にみても有数の地位を占めている。

[篠塚則子・坪内靖忠]

種類

せっけんはその成分、用途、性状、製法などによって分類されるが、おもなものについて簡単に説明する。

[篠塚則子・坪内靖忠]

硬せっけん

硬せっけんは、固体状の硬いせっけんでナトリウム塩である。通常の化粧用、浴用として用いられる。

[篠塚則子・坪内靖忠]

軟せっけん

軟せっけんは、脂肪酸のカリウム塩。液状で主として手洗い用。通常やし油またはその脂肪酸、あるいはオレイン酸系が使用される。

[篠塚則子・坪内靖忠]

洗濯せっけん

純せっけんに近いものから助剤を多く含むものまである。家庭用品品質表示法(昭和37年法律第104号)は、洗濯せっけんについて、界面活性剤として純せっけん分を100%含むものを「洗濯用石けん」、界面活性剤として純せっけん分が70%以上で、他の界面活性剤を含有するものを「洗濯用複合石けん」と表示するよう規定している。固形せっけんではケイ酸ナトリウムを10~20%含むものもある。粉末せっけん(粉せっけん)には炭酸ナトリウムを添加する。いずれも洗濯液のアルカリ性を強めて洗浄作用を増強するためである。

[篠塚則子・坪内靖忠]

薬用せっけん

薬用せっけんは殺菌をおもな目的としたせっけんで、体臭・汗臭を防ぐ、にきびを防ぐなど、細菌性疾患を予防する。殺菌剤としては、ヘキサクロロフェン、ビチオノール、TCC(トリクロカルバン)などが用いられる。

[篠塚則子・坪内靖忠]

ドライクリーニング用せっけん

ドライクリーニング用せっけんには、オレイン酸カリウム、オレイン酸アンモニウム、トリエタノールアミンせっけんなどがある。ドライクリーニング用溶剤に溶解し、水を可溶化して水洗効果を加えるために用いられる。水の分散を助けるために、エタノール(エチルアルコール)、ブタノール(ブチルアルコール)などのアルコールをせっけんといっしょに加えることもある。

[篠塚則子・坪内靖忠]

性状・性質

せっけんの分子は、炭化水素の長い鎖でできた疎水性の部分と、カルボキシ基カルボキシル基)がアルカリ金属と結合した親水性の部分からなっており、典型的な陰イオン性界面活性剤である。したがってその水溶液は、水の表面張力、界面張力を低下させ、起泡力、乳化力、可溶化力をもち、強力な洗浄作用を示す。

 通常のせっけん(アルカリせっけん)は無水の状態ではエタノール以外の有機溶媒には一般に難溶である。水への溶解度は、ある温度に達するまでは温度の上昇とともに徐々に増加し、一定温度に達すると溶解度が急激に増す。この現象は、せっけんの分子が集まって球状あるいは層状の会合体(ミセルとよばれる)を生成するために生じると考えられている。ミセルを形成し始める濃度を臨界ミセル濃度というが、せっけん分子の種類、温度、共存物質などによって異なる。最高の洗浄能力を発揮する濃度は0.1~1.0%の範囲である。せっけんの水溶液は、せっけんの加水分解によってアルカリ性を示し、これにアルカリやアルカリ塩(食塩など)を加えるとせっけん分が上層に分離してくる。この現象を塩析とよび、せっけんの製造工程で利用している。

 せっけんの原料となる油脂は、牛脂、やし油、パーム油、米糠(こめぬか)油、パーム核油が主たるもので、ほかに大豆油、綿実(めんじつ)油、ひまし油、落花生油、魚油などが用いられる。せっけんの性状は、原料となる油脂を構成している脂肪酸の種類によって変化する。

 炭素数12未満の飽和脂肪酸のせっけんはきわめて硬く、溶解度、安定性はよいが、洗浄力、起泡力が弱い。炭素数が12以上になると、溶解度は減少するが起泡力、洗浄力は強くなる。また、二重結合を一つ含む不飽和脂肪酸を用いると、溶解性、起泡力、洗浄力の大きいせっけんができるが、やや軟質になる。

 実際に使用するせっけん原料は単体の脂肪酸ではなく、種々の脂肪酸の混合物であるから、原料の配合を加減し、硬さ、溶解性、起泡力、洗浄力、塩析力、保存性などを考慮して製造される。

 せっけんの洗剤としての特長は、水に溶かすとアルカリ性を示し、木綿、麻などの洗濯に適していること、皮膚の洗浄用として用いると過度に脂肪を取り去ることがなく使用感のよいことがあげられる。他方、カルシウムマグネシウムなどの金属イオンを含んだ、いわゆる硬水中では、これらのイオンと塩をつくり水に不溶になって洗浄力が落ちること、低温で溶解度が低く洗浄力が弱いなどの欠点がある。なお、せっけんの廃水は微生物などによる分解性がよく、発泡性も少ないので、環境汚染に関しては比較的問題の少ない洗剤といえよう。

[篠塚則子・坪内靖忠]

製造

せっけんは、油脂をカ性アルカリでけん化するか、あるいは脂肪酸をアルカリで中和して製造する。油脂または脂肪酸からせっけん生地をつくる工程と、生地から各種製品をつくる加工工程とからなっている。

 せっけん生地は、原料の牛脂、やし油、植物油などに水酸化ナトリウムを加えて100℃程度に加熱してけん化を行い、これに食塩を加えて塩析するけん化法、または、牛脂などをけん化して脂肪酸をつくり、これに水酸化ナトリウムを加える中和法によってつくられる。得られた純良なせっけん生地はニートソープとよばれ、次の加工工程に回される。

 固形せっけんの加工法には機械練りと枠練りがある。機械練りは、ニートソープを細片にして乾燥したのち、香料、色素を加えてよく混ぜ、ロールで練り合わせながら成形する。枠練りは、温度を上げて溶かしたニートソープに香料、色素を加え、これを自動冷却機に流して固めてから切断、乾燥させる。仕上りがきれいなので化粧せっけんはもっぱら機械練りでつくられる。

 フレーク状のせっけんは、フィルムドライヤーで乾燥させた薄片を細かく砕く方法や、せっけん生地を冷却ロールでリボン状にして乾燥する方法によって製造される。

 粉末せっけんは、炭酸ナトリウムなどを多く含有する場合は、乾燥後、粉砕機で粉末にするが、純せっけんに近い場合は、せっけん生地を噴出させて乾燥させる噴霧乾燥法による。

 日本におけるせっけんの生産量は2022年(令和4)時点で、浴用、手洗い用が9万6765トン、その他洗濯用などの洗剤が3万3745トンで、合計13万0510トンである。また、国民1人当りの年間消費量は0.76キログラムである。

[篠塚則子・坪内靖忠]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「せっけん」の意味・わかりやすい解説

セッケン(石鹼) (せっけん)
soap

高級脂肪酸の金属塩の総称。炭素数6以上の脂肪酸を高級脂肪酸というが,セッケンにはC7~C21,実用上はC12~C18の飽和または不飽和脂肪酸が用いられる。金属塩としては,ナトリウム,カリウム,カルシウム,マグネシウム,アルミニウム,スズ,亜鉛,鉛,コバルト,ニッケルなどの塩があるが,一般にセッケンという場合はナトリウム塩とカリウム塩(アルカリ金属塩)を指し,他の金属塩は金属セッケンと呼んで区別する。これは高級脂肪酸のアルカリ金属塩は水溶性であり,洗浄力が大きいため,古くから洗浄用に使用された歴史があり,一方,他の金属塩はアルカリ金属塩に比べて物性がかなり異なるためである。後者はむしろ油溶性であり,撥水性,増粘性,すべり性,結着性をもつので,金属イオンを有機物中に均一に溶解させたり,プラスチックに混和するなどの手段で,滑剤,表面処理剤,老化防止剤,安定剤,触媒などの工業的利用が広がっている。本項では洗浄作用をもつセッケン,すなわち高級脂肪酸ナトリウム塩およびカリウム塩について述べる。他の金属塩については〈金属セッケン〉の項目を参照されたい。なお実用上洗浄剤としてはアンモニウム塩やエタノールアミンなどの有機塩基塩を用いることもあり,これらはアンモニウムセッケンアミンセッケンと呼ばれている。

高級脂肪酸ナトリウムは分子内に親水基と親油基が局在する構造をもつ。

このため,水-空気,水-油界面のように極性の異なる界面に存在すると,親水基を水側に配向した吸着分子膜を形成して表面張力を変化させ,固体-液体界面に吸着した場合は液体の浸透性を増大させるなどの役割を果たす。また気体-液体界面では安定な吸着層をつくって発泡を助けるなどの作用をする。一方,水溶液中では溶解した高級脂肪酸ナトリウムは,きわめて低い濃度(臨界ミセル濃度以上)で,溶液内で分子会合してミセルを形成し,その中に有機物質を可溶化させ,油滴などと共存する場合は安定に乳化させる。このように物質の界面状態を変化させ,いわゆる界面活性能が発現する。高級脂肪酸ナトリウムが洗浄に利用される理由は,これらの機能の複合した作用としての洗浄効果によるのである。

 洗浄剤としてのセッケンは,発泡性がよく,浸透性,可溶化能に富み,かつ温度変化に安定であること,すすぎ洗いで除去されやすいことなどが要求される。これらの性質は高級脂肪酸の種類によって大きく影響される。表面張力の低下能,発泡性ともに炭素数12~18の脂肪酸ナトリウムで増大するが,脂肪酸が飽和か不飽和かによって影響を受ける。それは気泡表面に配向した脂肪酸塩分子膜が安定に形成されるか否かによるためで,不飽和度が高い場合は分子が二重結合の位置で屈曲するなどのために発泡性が弱まる。またラウリン酸(炭素数12)のように炭素数の少ない脂肪酸の塩では,発泡が低温では安定であるが,高温では不安定となる。これに反しステアリン酸(炭素数18)やパルミチン酸(炭素数16)などの塩では高温でもかなり安定で,微細な発泡をする。オレイン酸塩C18(不飽和)ではほとんど温度変化がない。不飽和度の高いもの,たとえばリシノール酸などでは性能が低下する。一方,炭素数が20を超すものは,高温(80~100℃)でむしろ洗浄力が発現することになる。

 実際のセッケンの製造に当たっては脂肪酸の原料は天然油脂に依存するわけで,これらは多種類の脂肪酸の混合組成をもつため,各種油脂を選択・配合して,溶解性,洗浄性などで最もよい物性を示す原料組成をつくる必要がある。またセッケンを使用する環境も国により異なり,たとえば日本では水または比較的低温水で洗濯を行うが,欧米では高温水を用いるなどの事情で,セッケンを構成する脂肪酸にも差が生じる。実用されるセッケンには高級脂肪酸ナトリウム混合物に,さらに香料,色素,ロジンなど,および数種類のビルダーと呼ばれる無機塩を混合して洗浄性の向上を図っている。ビルダーを含まないセッケンは一般にマルセルセッケンと呼んでいる。なおセッケンの洗浄力は炭酸ナトリウム,ケイ酸ナトリウムなどのアルカリの存在下,pH10.7(40℃)付近で最大となる。

 現在洗浄剤としてのセッケンは,その機能の解明と,石油化学を主とする合成化学の進歩から,種々の合成洗剤に置き換えられつつある。さらに界面活性の機能をさまざまな形で細分化,具現化することにより,セッケンにまさる物質が生産されている。たとえば高級脂肪酸ナトリウムは弱酸・強塩基の塩であるため,その水溶液は弱アルカリ性であり,さらにカルシウム,マグネシウム,バリウムなどの無機塩を含有する硬水中では,これらの金属イオンとで水に不溶性の塩(金属セッケン)をつくり,洗浄剤としての機能を果たさない。そこでこれに代わるものとしてアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム,高級アルコール硫酸エステルナトリウム塩などが合成され,ソープレスソープsoapless soapという名称で市場に登場してきた。現在さまざまな合成洗剤が製造され,利用されており,かつてセッケンは第2次大戦後1959年には38万tの生産量をあげたが,現在では合成洗剤に代替され,生産量は半減している。しかし合成洗剤はその機能を重視した開発の結果,廃水中の残留物による環境汚染,皮膚などへの刺激による炎症の原因となることなどの弊害を生じ,セッケンの有用性が見直されている。とくに一般家庭用としては化粧セッケン以外の洗濯用粉末セッケン(粉セッケン)の再評価がなされている。

セッケンはすでに1世紀ころガリア人により獣脂と灰とからつくられたといわれる。8世紀にはヨーロッパにセッケンを製造する職人が現れ,13~15世紀には地中海沿岸の最良の油脂資源オリーブ油と地中海産の海藻から得られるソーダを原料に,セッケン製造は家内工業の形態で行われた。とくに南フランスを中心とした香料工業の発達とともに発展し,さらに16世紀の繊維工業の興隆からその需要が増大,とくにN.ルブランのソーダ製造法の発明と相まって,19世紀初頭からフランスを中心とした近代化学工業の一つの基盤をなした。日本へはすでに室町時代にポルトガル人によりもたらされており,ポルトガル語のサボンsabãoがなまったシャボンという名称が長く用いられてきた。工業的製造は1871年(明治4)手工業の形態で始まったが,以後油脂工業の発達と関連しつつ,硬化油,グリセリンをも生産する総合的な工業として発展を続けた。しかし前述のように1960年以降は石油化学を主とする合成洗剤工業に大きくその座を譲っている。

 製法は,天然油脂から得た脂肪酸を苛性アルカリと反応させて塩を形成させることによる。その方法はケン化法と中和法の二つに大別される。

(1)ケン化法 油脂と苛性アルカリを反応させて,脂肪酸セッケンとグリセリンにする方法。

油脂を100℃前後でやや過剰の苛性アルカリと十分に混合しながら加熱煮沸してケン化する。反応終了後,反応物は半透明なのり状のセッケン膠(こう)となる(ケン化工程)。次にこれに食塩または食塩水を徐々に添加すると,にかわ状に含水したセッケン(カードセッケンcurd soap)と含グリセリン食塩水(廃液)の2層に分離する(塩析工程)。実際の工程では必要に応じてカードセッケンにさらにケン化を行い(仕上煮工程),再度塩析してセッケン層を分離する(仕上げ塩析)。上層には純良,淡色,強靱なセッケン素地(ニートセッケンneat soap)が,下層部に灰色のセッケンが,最下層に少量の廃液が分離する。ニートセッケンは,枠に流し込んで自然に冷却固化させるか,冷圧機によって急冷固化させる。また冷却ドラムによる薄層固化法もある。固化時に必要に応じ香料,色素,ビルダー類を加える。洗濯用粉末セッケンはカードセッケンに炭酸ナトリウムを混和し,噴霧乾燥機で冷却粉体固化する。化粧セッケンはニートセッケンに高温時に香料,色素,ビルダーを加えて混和し,冷却固化して成形,乾燥するか,これをさらにチップ状として再加熱し,冷却ロールで練りながら水分を15%前後とし,さらにロールで練りを繰り返し,真空押出機で押出成形する方法をとる。前者は枠練りセッケンと呼ばれ,内部に水が入り込みにくく,冷水には溶けにくいが,湯には溶けやすく,浴用セッケンに適する。後者は機械練りセッケンと呼ばれ,セッケンの結晶が細かく,水分が入り込みやすく,冷水によく溶ける。化粧セッケンの場合は,とくに遊離アルカリ,皮膚を刺激する介在不純物などを十分に吟味する必要がある。

(2)中和法 高温加圧加水分解,触媒などによる油脂から高級脂肪酸を製造する技術が進歩するにしたがい,セッケンの合成法の主流はケン化法から反応・精製の容易な中和法へと切り替わっている。

 RCOOH+NaOH─→RCOONa+H2O

苛性アルカリのほか炭酸ナトリウムを用いて脂肪酸を中和する。反応の中途で粘度が上昇するので少量の食塩を加えて粘度を下げる。生成したセッケンの分離,加工工程はケン化法と同様であるが,中和法は自動的に計量された脂肪酸とアルカリを連続的に乳化,中和してセッケンが製造されるので,ケン化法よりはるかに諸効率が向上している。

 苛性カリを用いた脂肪酸カリセッケンの場合は塩析による脱水・分離が行われにくいため,通常は塩析を行わずににかわ状のまま製品とする。このため軟セッケンともいわれる。カリセッケンは皮膚に対する刺激が少ないので,幼児用,医用とされる。

 セッケンの原料の油脂は,牛脂,硬化魚油,パーム油,ヤシ油,ダイズ油,米ぬか油などであるが,生産量の減少,食料としての使途との競合があり,再生廃油の利用も行われている。また石油からのパラフィンの酸化による合成脂肪酸を原料とすることもある。

セッケンは使途により家庭用セッケンと工業用セッケンとに大別される。家庭用セッケンには洗濯セッケン,化粧セッケン,薬用セッケンがある。洗濯セッケンは洗浄力が強く,価格が安定なこと,布地を傷めないことが必要である。中性のマルセルセッケンが良質であるが,洗浄力を増し,安価とするためにロジンなどを配合し,ややアルカリ性を強くしてある。ビルダーも比較的多く,また遊離アルカリなどの不純物に対する配慮も化粧セッケンほどではない。製品は形状により,粉末,ビーズ状,フレーク状,棒状セッケンに分けられる。化粧セッケンは芳香性に優れ,触感が滑らかで,皮膚に対する刺激を抑えるためアルカリ性が弱い。良質のグリセリンや透明化剤を加えて視覚的にも美しく,かつ溶解性のよいものが多い。なお近年はシャンプー類の液状洗剤はほとんど中性洗剤に代替されている。薬用セッケンはおもに液状で消毒用とされ,クレゾールセッケン,ホルマリンセッケンなどや,陽イオン界面活性剤の逆性セッケンが用いられる。工業用セッケンは,繊維工業で羊毛,生糸,木綿,麻などの原料繊維の精練からその後の処理の工程で広く用いられ,そのほか,ナフテン酸セッケン(ドライヤー,防腐・防水剤),ロジンセッケン(農薬,紙サイジング用),染色助剤とされるものもある。
執筆者:


出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「せっけん」の意味・わかりやすい解説

セッケン(石鹸)【せっけん】

化学的には高級脂肪酸のアルカリ金属塩を意味する。他の金属塩は金属セッケンとして区別。一般洗浄用に広く用いられているのはほとんどナトリウム塩(ソーダセッケン,硬セッケンという)で,他にカリセッケン(軟セッケン)がある。セッケン水溶液は弱アルカリ性を呈し,表面張力を低下させる作用が強く,安定な泡を生ずる。カルシウムやマグネシウムなどのイオンを含む温泉や硬水中では不溶性の金属セッケンを生じ,洗浄力が落ちる。製法には,動植物油または脂肪酸を水酸化アルカリと反応させて得たセッケン素地に,着色剤,香料などを加えて混練し,乾燥,成型する。用途により洗濯セッケン化粧セッケン工業用セッケン薬用セッケンなどに分けられる。→合成洗剤
→関連項目洗剤洗濯

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

化学辞典 第2版 「せっけん」の解説

セッケン
セッケン
soap

一般には,高級脂肪酸の塩の総称で,これに類似した性質の樹脂酸,ナフテン酸などの塩も含めてセッケンという.しかし,日常,われわれがセッケンというのは高級脂肪酸のアルカリ(とくにナトリウム,カリウム)塩で,アルカリセッケンとよばれ,水溶性で洗浄用に用いられる.そのほかの金属,すなわち,アルカリ土類金属や重金属のセッケンは,金属セッケンとよばれ,水に不溶である.セッケンは水溶液にした場合,いちじるしく表面張力を低下させる作用をもち,起泡力にもすぐれている.また,セッケン分子が会合してミセルを形成し,コロイド溶液の状態を示す.セッケンを分類すると表のようになる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

普及版 字通 「せっけん」の読み・字形・画数・意味

【石】せつけん

シャボン。

字通「石」の項目を見る

出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報

世界大百科事典(旧版)内のせっけんの言及

【ケン化(鹼化)】より

…エステルをアルカリ溶液とともに加熱すると,加水分解されて脂肪酸の金属塩とアルコールを生ずる反応。たとえば脂肪酸エステルである油脂は,水酸化ナトリウム水溶液(苛性ソーダ水溶液)とともに加熱することにより,セッケンとグリセリンになる。これはセッケンの製法として,古くから工業的に用いられているもので,ケン化の名称もこれによる。…

【洗濯】より

… ルイ王朝のフランスにおいても,洗練された服装文化から洗濯の対象物は増加し,とくに貴族階級の凝った服装に対応するには高度の技術を要するようになってきた。18世紀初めのシャルダンの《シャボン玉》は,母親が屋内の洗濯槽の前で立ち洗いをし,そばで子どもがシャボン玉を吹いている情景が描かれており,セッケンが家庭洗濯に使われていたことをあらわしている。ブーシェの《水車小屋》にも川辺で洗濯をする女たちが描かれている。…

【洗濯セッケン(洗濯石鹼)】より

…一般家庭用で衣服等の洗濯に使用するセッケン。商品としての形状には,固状,粉状,フレーク状,ビーズ状等がある。…

※「せっけん」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android