妊娠中の健康管理(読み)にんしんちゅうのけんこうかんり

家庭医学館 「妊娠中の健康管理」の解説

にんしんちゅうのけんこうかんり【妊娠中の健康管理】

 妊娠・出産は病気ではありませんが、10か月の妊娠期間中は、お母さんやおなかの中の赤ちゃんに、いつ、どんなトラブルがおこっても不思議ではありません。
 そこで、妊婦自身がとくに異常を自覚しなくても、つぎのように定期的に妊婦健診(にんぷけんしん)を受け、妊娠高血圧症候群妊娠中毒症)などの病気の早期発見に努めることが、なによりも肝心です。
①妊娠の診断を受けたときから妊娠23週までは、4週間に1回受診する。
②妊娠24週から35週までは、2週間に1回受診する。
③妊娠36週以後分娩(ぶんべん)までは、1週間に1回受診する。
 母子健康手帳(ぼしけんこうてちょう)はお母さんと赤ちゃんの記録です。診察の結果は必ず記入してもらい、たいせつに保管しましょう。
●妊婦健診
 外診(がいしん)と内診(ないしん) 外からおなかを触り、赤ちゃんの大きさや、背中や足がどちらを向いているのか、さかごかどうかなどを外診で診察します。
 また、内診で子宮口(しきゅうこう)の開き具合を診察して、お産の準備状態をチェックします。
 腹囲(ふくい)測定 おなかのまわりの大きさをはかり、羊水(ようすい)量に異常がないかどうかなどを調べます。
 子宮底長(しきゅうていちょう)測定 子宮の縦の長さを測定して、赤ちゃんの発育状態や、羊水過多(ようすいかた)(「羊水過多」)などを診察します。
 尿の検査 尿中に、たんぱくや糖が出ていないかをチェックします。たんぱくが出ていれば妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)(「妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)」)、糖が出ていれば糖尿病が疑われます。
 血圧測定 毎回の健診で血圧をはかり、基準値(上が140mmHg、下が90mmHg)より高いと、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)を疑います。
 体重測定 妊娠中の体重の変化をみることで、太りすぎやむくみをチェックします。肥満や太りすぎは、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)や難産の引き金になります。
 浮腫(ふしゅ)(むくみ)の検査 からだがむくみやすくなると、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)が疑われます。足のむくみがいちばんわかりやすい場所なので、足の甲を押してむくみを調べます。
 超音波検査(ドップラー検査) 赤ちゃんの心臓の音を聞いて、赤ちゃんが元気かどうか調べます。赤ちゃんの脈拍は、1分間120~140回が基準値です。ザーザーというゆっくりした音は、お母さんの血液が流れる音で、赤ちゃんの心音とは別のものです。
 超音波画像診断 胎児の発育の状態や形態異常の有無、さかご、ふたご、前置胎盤(ぜんちたいばん)(「前置胎盤/低置胎盤」)など、いろいろなことが診断できます。
●必要に応じて行なう諸検査
 つぎにあげた検査は、各施設により、項目数や検査時期に多少のちがいがあります。「何の検査なのか?」「なぜ必要な検査なのか?」など、説明を聞いてから検査を受けましょう。
 梅毒(ばいどく)検査(ガラス板法・TPHA法) お母さんが梅毒に感染している場合には、流産、早産、死産、または先天性梅毒になる可能性があるので、早期に発見して治療する必要があります。
 貧血・出血傾向の検査(血色素量・血小板数) 貧血には、鉄分の補充が必要になります。妊婦の血のかたまる能力を知り、出血しやすい病気を調べる検査です。
 血液型不適合の検査(不規則性抗体検査・間接クームス試験など) お母さんの血液中にふつうは存在しない不規則性抗体ができると、母児間に血液型不適合がおこり、赤ちゃんの赤血球が壊され、胎児水腫(たいじすいしゅ)(「胎児水腫」)や強い黄疸(おうだん)が出るおそれがあります。
 B型肝炎(かんえん)の検査(HBs抗原) B型肝炎ウイルス(肝炎とはの「肝炎ウイルス」のB型肝炎ウイルス)は、産道(さんどう)で赤ちゃんに感染するので、誕生後に抗体をつくる目的で、ワクチンや免疫グロブリンで治療します。
 C型肝炎の検査(HCV抗体) C型肝炎ウイルス(肝炎とはの「肝炎ウイルス」のC型肝炎ウイルス)に感染しているかどうかを調べます。
 成人T細胞白血病(せいじんティーさいぼうはっけつびょう)の検査(ATL抗体・HTLV‐1抗体) 白血病(「白血病とは」)の因子があるかどうかを調べます。因子が認められた場合、赤ちゃんへの感染防止のために、母乳を禁止することもあります。
 エイズの検査(HIV抗体) エイズウイルス(「エイズ/HIV感染症」)に感染しているかどうかを調べます。
 風疹(ふうしん)の検査(風疹抗体価・HI法) 妊娠初期に風疹(「風疹(三日ばしか)」)に感染すると、赤ちゃんに形態異常などの重大な影響をもたらすおそれが出てきます。
 トキソプラズマ感染の検査(トキソプラズマ抗体 トキソプラズマは、ネコなどの動物から感染します。お母さんに感染した場合、赤ちゃんにも感染する可能性があるといわれています。
 肝機能検査・腎(じん)機能検査(総たんぱく質、GOT/GPT、尿素窒素(にょうそちっそ)/クレアチニン お母さんの栄養状態が落ちていないかどうかを調べる検査です。肝炎など、肝臓の病気や、腎炎(じんえん)など、腎臓の病気を調べます。
 血液型の検査(ABO型・Rh型) 輸血の必要がおこった場合に備えて、また、夫婦間・母児間の血液型不適合を知るためにも、検査が必要です。
 乳房と乳くびの検査 乳腺(にゅうせん)の発達具合と、母乳を吸いやすい乳くびかどうかを診察します。
 羊水染色体(ようすいせんしょくたい)検査 ダウン症候群(「ダウン症候群」)やターナー症候群(「ターナー症候群」)など、赤ちゃんの染色体異常による病気の有無を、羊水をとって調べます。
 クラミジア感染症の検査(クラミジア抗体) 出産時に、赤ちゃんが産道で感染すると、結膜炎(けつまくえん)や肺炎(はいえん)になることがあります。
 B群溶連菌(ようれんきん)感染症の検査(B溶連菌) 出産時に赤ちゃんが産道で感染すると、重症の感染症になることがあります。
 胎動10回カウント 妊娠後期に自宅でできる、胎動数から赤ちゃんの元気さ具合を自己チェックする方法です。
 ノンストレステスト 出産が近くなったら、お母さんのおなかの張りと赤ちゃんの心拍数の変動を記録して、赤ちゃんが元気かどうか、胎児仮死のおそれがないかどうかを調べます。
 腹部のX線検査 胎児の形の異常が疑われる場合に行ないます。
 胸部のX線検査 結核感染のおそれがある場合に行ないます。
 骨盤(こつばん)のX線検査 骨盤が小さすぎたり、形の異常が疑われるときに、児頭の大きさとの関係を調べます。
 心電図検査 心臓に異常が疑われる場合には、病気の種類と程度を知るために心電図をとります。
 胎盤機能(たいばんきのう)検査 予定日をすぎると、胎盤の機能が低下し、赤ちゃんに栄養や酸素が届きにくくなり、危険な状態になることがあります。尿中のホルモンを調べることで、胎盤が正常に機能しているかどうかがわかります。
 トリプルマーカー検査 赤ちゃんに、ダウン症候群や神経管欠損症(しんけいかんけっそんしょう)などの病気があるかどうか血液検査で調べます。
●公費で受けられる健診
 妊娠前期に1回、後期に1回、それぞれ妊娠健康診査を公費で受けることができます。
 受診票は、妊娠届を出したときに母子健康手帳と一緒にもらえますから、委託(いたく)医療機関(病院や医院)に提出して、妊婦健診を受けましょう。
 健診内容(追加付帯検査)は、1992年の母子保健法の一部改正により、各市町村で多少ちがいがありますので、確認してください。
日常生活、ここに注意
栄養と食事、ここに注意
赤ちゃんを先天異常から守る

日常生活、ここに注意
 妊娠は、本来生理的なもので、病気ではありませんから、ふだんの生活様式をとくに変える必要はありません。
 ただし、つぎの点に注意して、健康で快適な妊娠生活を送りましょう。
●睡眠と休息
 妊娠中は、ふだんよりも疲れやすくなります。規則正しい生活を心がけ、睡眠時間はいつもよりも1時間程度多く、最低でも8時間はとるようにしましょう。
 事情がゆるせば短時間でも昼寝をして、疲労を残さないようにしましょう。とくに、おなかがよく張る人は、こまめに休息するようにしてください。
●運動
 流産や早産の症状がなければ妊娠中でも適度な運動は必要です。公園での散歩や妊婦体操は、気分転換になるだけでなく、分娩(ぶんべん)のための体力をつけたり便秘の予防にもなります。
 マタニティ・スイミングは、水中で浮力により、らくにからだを動かせるので、妊娠中でも適した運動です。ただし、妊娠経過に異常がないことと、水温調節など施設の整備や、訓練された水泳コーチがいるかなどを確認しておく必要があります。
 また、妊娠中のスポーツも、ジョギングなどほぼ毎日していたものならば、疲れすぎない程度で、そのまま続けてもかまいません。ただし、急に動いたり飛びはねたりして、転ぶ危険があるもの(バレーボールなど)、腰を激しくひねるもの(ゴルフやテニスなど)、環境が急に変化するもの(登山やダイビングなど)は避けてください。
●入浴・美容
 毎日1回、入浴かシャワーで皮膚の清潔を保つようにしましょう。ただし、あまり熱い湯や長湯はかえって疲れたり、のぼせをおこしやすくなるのでやめましょう。
 また、妊娠中は皮膚が敏感になり、湿疹(しっしん)ができやすくなるので、化粧品はふだんから使い慣れたものを使いましょう。パーマをかけることは、胎児に悪影響はありませんが、長時間同じ姿勢で疲れるので、妊娠28週ぐらいまでにかけておいたほうが無難です。
●家事・お勤(つと)め
 妊娠中の家事は、疲れすぎないようにすること、疲れたら無理せずこまめに休憩をいれることが原則です。とくに、妊娠後期になると、思いどおりに家事をこなせなくなります。計画性をもって無駄な動きをへらし、調理やアイロンかけなどはいすに座ってやる、といった工夫が必要です。また、布団の上げ下ろしや、お風呂掃除のように、負担の大きな家事は、夫などに協力してもらうとよいでしょう。
 お勤めのある人は、妊娠がわかったら、職場の上司に早めに報告しましょう。つわりで体調をくずしたり、流産や早産をおこしかけたりして、急に休むこともあるからです。とくに、有害な薬物を扱うとか、重い荷物の運搬などの職場では、妊娠中には適さないので、仕事の内容を交替してもらうようにしてください。また、長時間の立ち仕事は、疲労しやすいので、多めに休憩をとらせてもらいましょう。
 事務系の仕事でも、毎日の通勤は、満員電車で人から押されたり、混雑した階段で転倒したりと、危険なことがたくさんあります。時差出勤を申し出るか、時間に十分な余裕をもって出勤するようにしましょう。
●自動車、自転車、バイクの運転
 ふだんから通勤や買い物などで乗り慣れている人なら、妊娠中でも、車の運転は長時間でなければかまいません。ただし、妊娠中は万一のときの反応が鈍くなるので、より安全運転を心がけてください。なお、シートベルトはおなかへの圧迫感があるため、妊婦は装着義務が免除されていますが、重大事故になったときを考えると、自分の命を守るために装着したほうが無難です。
 自転車やバイクの運転は、転倒しやすいので、とくに妊娠中期以降からはお勧めできません。
●旅行
 妊娠中の旅行は、初期と後期を避け、妊娠が比較的安定している時期に計画しましょう。この場合も無理なスケジュールを組まず、休憩の時間をとる、重い荷物をもたない、混雑した乗り物は避ける、必ず夫や家族が同伴する、母子健康手帳と保険証を携帯する、などの点に注意してください。
 利用する乗り物は、なるべく振動の少ない電車や飛行機を選ぶとよいでしょう。車で長距離の移動をする場合は、30分くらいに1回の休憩をいれて、疲れないようにしてください。
 なお、出産予定日の4週間前以降に飛行機を利用する場合、搭乗日7日以内に発行の医師の診断書と、誓約書が必要になります。詳しくは、航空券の予約時に問い合わせてください。
●性生活
 妊娠の経過に異常がなければ、ふつうの性行為はまったくかまいません。ただし、あまり激しい動きや深い挿入は、とくに妊娠後期では慎みましょう。また、無理な姿勢や、おなかに力がかかりやすい姿勢にならないように、体位を工夫しましょう。
 妊娠すると、妻はおもに精神的な不安感から、性に対して消極的になりがちです。その一方で、夫の妻に対する愛情や性欲は、妻の妊娠で変わるものではありませんから、これが夫婦間の性生活を中心としたトラブルの原因になります。夫婦が、互いのからだと気持ちを理解し、思いやることが、とてもたいせつなのです。

栄養と食事、ここに注意
◎妊娠中の栄養摂取量
●妊娠中の付加量について
 日本人の食事摂取基準は、最近は5年ごとに厚生労働省で見直されており、0.3gであった妊娠中のカルシウム付加量が、2005年版では付加は必要なしと変更されています。
 推定エネルギー必要量は、男女、生活活動強度、年齢・身長により異なります。
 また、とくに妊娠中は、時期によっても付加量が異なります。
 妊娠初期では50kcal、妊娠中期では250kcal、妊娠末期には500kcal、授乳期には450kcalが加算されます。
 食事は、特定の食品にかたよらないように、バランスよくとることがたいせつです。
●栄養摂取と体重増加
 妊娠中の体重の増えすぎは、妊娠高血圧症候群(にんしんこうけつあつしょうこうぐん)(妊娠中毒症(にんしんちゅうどくしょう))(「妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)」)や妊娠糖尿病になったり、赤ちゃんが大きくなりすぎたり(「巨大児」)して、難産をきたしやすくなります。逆に、妊婦の体重が増えないと、とくにやせ型の妊婦では、低出生体重児(ていしゅっしょうたいじゅうじ)(コラム「未熟児とは」)の発生する頻度が増加することが知られています。
 正期産までの理想的母体重増加量は、周産期(しゅうさんき)死亡率(分娩(ぶんべん)前の胎児(たいじ)や分娩後の新生児の死亡率)からみたアメリカの病理学者ナエイェの報告によると、肥満型の妊婦はプラス7.2kg、平均型ではプラス9.0kg、やせ型ではプラス13.5kgです。
 妊婦の約90%を占める平均型の妊婦の理想的体重増加量は、9kgということになります。
 さらに、生活強度によっても消費熱量が異なりますので、妊娠中は、体重増加量と生活強度を考慮に入れた栄養摂取量の調節が必要となります。
●カルシウムと鉄の摂取不足に注意
 一般的な妊婦の栄養摂取状況を調べてみると、カロリーの充足率はほぼ基準内にある一方で、カルシウム、鉄の摂取量が著しく不足している場合が多くみられます。
 カルシウムの不足は、腓腹筋(ひふくきん)(ふくらはぎの筋肉)けいれんや妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の発生に関連することが知られており、十分なカルシウム摂取により、これらの症状の発生予防に効果があるとの報告があります。
 一方、塩分は逆に、とりすぎると妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)になりやすく、経過が正常な妊婦では、1日10g以下がのぞましいといわれています。
 また、生後3か月までの乳児の赤血球(せっけっきゅう)内の鉄は、母親の体内にいたときに胎盤(たいばん)を通して得た鉄によって維持され、正常体重で生まれた成熟児であっても、急に体重が増える赤ちゃんほど貧血になりやすいことが知られています。
 妊娠中は、カルシウムや鉄分を多く含む食品をとるようにしましょう。
●ビタミンAのとりすぎに注意
 妊娠する3か月前から妊娠3か月までの間に、ビタミンA補給剤を毎日1万IU以上継続して摂取した女性から生まれた赤ちゃんに、形態異常発生率の増加がみられるのではないかとの研究報告がなされています。
 ビタミンAは、胎児の発育や乳汁分泌(にゅうじゅうぶんぴつ)に不可欠で、摂取不足も困りますが、過剰に摂取しないよう心がけるべきでしょう。
●コーヒー
 厚労省研究班の文献を調べた調査によると、妊婦のカフェイン摂取の危険性についての統一見解はみあたりません。外国では、毎日151mg以上のカフェインを摂取した妊婦で、流産率がわずかに上昇したとの報告があります。
 また、SFD児(不当軽量児=出生体重が平均に比べ非常に小さい乳児)が増加した報告もあり、あまり大量に飲むのは控えておいたほうが無難です。
●妊娠中の飲酒
 妊娠中の慢性的なアルコール飲用により、胎児性アルコール症候群(FAS)と呼ばれる先天性異常が発生することが知られています。
 厚労省研究班によると、女性の飲酒率は約60%、妊婦の飲酒率は5%程度とされています。
 日本の女性には、多量の飲酒の習慣のある人は少ないのですが、今後女性に普及することが予測されます。
 胎児性アルコール症候群の診断基準については、表「FASの診断基準」を参照してください。
●妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)軽症および重症の食事
 妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)になった場合の食事の内容は、BMI(体格指数)をもとにした摂取エネルギーや1日7~8gの塩分摂取が指導されます。
 高血圧、たんぱく尿、浮腫(ふしゅ)(むくみ)のいずれか1つ、または2つ以上の症状のあるとき、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)といいます。
 妊娠中に下肢(かし)の浮腫があり、かつ体重増加が1週間に500g以上のみの症状のときには、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)軽症とします。
 下肢の浮腫のみでは、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)軽症とはいいません。この場合の水分摂取量は、のどがかわかない程度の水分制限を行ないます。
 重症になると、前日の尿量に500mℓを足した分が、1日の水分摂取量の目安となります。
 どの程度水分制限を行なったらよいかは、産婦人科の担当医の指示にしたがいましょう。
アレルギー体質の食事
 アレルギー体質の原因には、環境因子と遺伝因子があり、環境因子には、乳児期の家庭内での間接喫煙やダニなどのほかに、胎児期・幼児期の母親の食事があります。
 母親の摂取した卵白(らんぱく)、牛乳、大豆などの成分が、胎盤を通して胎児に移行したり、母乳から新生児に移行したりして、子どもがアレルギー体質になることが考えられるのです。
 しかし、これらの食事は同時に、子どもにとってたいせつな栄養素を含んでいます。妊婦だけの判断で食物除去をすると、胎児の正常な発育を妨げる危険性がありますので、担当医もしくはアレルギー専門医の指示にしたがうことが重要です。

赤ちゃんを先天異常から守る
 米国の医師ウイルソンによると、ヒトの先天異常の原因は表「ヒトの先天異常の原因」に示すとおりです。
●アルコール
●カフェイン
●喫煙
放射線被曝(ひばく)
●薬剤
●感染
●予防接種
●血族結婚(けつぞくけっこん)
●先天異常の検査
●着床前(ちゃくしょうぜん)検査
●胎児診断

●アルコール
 日本における女性の飲酒率は60%で、昔に比べると増加していますが、妊婦の飲酒率は5.2%と低くなっています。
 胎児性(たいじせい)アルコール症候群(しょうこうぐん)(FAS)の診断基準は、母親が妊娠早期に相当量のアルコールを飲んでいることが前提となりますが、ここでは表「FASの診断基準」に示した3つの徴候のうち、2つにあてはまるものとしました。ふつうは、3項目そろわなくても、胎児性アルコール効果(FAE)とするように推奨されています。
 慢性アルコール中毒症のお母さんから生まれた赤ちゃんの30~40%がFASとなり、FAEも含めると80~90%の頻度で影響があるといわれています。
 FASの赤ちゃんの新生児期にみられる急性アルコール離脱症候群では、赤ちゃんがけいれんのような動きをみせたり、からだを弓なりにのけぞらせたり、腹部膨満(ぼうまん)がみられたりします。
 米国医師会の警告(1984年)によれば、妊婦は1日にビール3.4本(1本633mℓに換算)、ワイン約0.76~1.25本(1本700mℓに換算)を飲用すると、死産・流産率が増加するといわれています。

●カフェイン
 日本では、コーヒー・紅茶を1日に4杯以上飲んでいる女性の割合は5.8%といわれていますが、妊娠中には、それが0.3%に減少したとの報告があります(1991年「妊娠と嗜好(しこう)に関する調査」高橋里亥ほか)。
 外国の例では、毎日151mgのカフェインを摂取している妊婦は、妊娠初期から末期にかけて、自然流産のリスクがわずかに上昇しました。
 1980年、動物実験に基づき、FDA(米国食品医薬局)は、妊婦にカフェインの過剰摂取を避けるよう勧告しています。

●喫煙
 妊婦の喫煙が母体と胎児に与える影響には、早産、周産期死亡、低出生体重児(ていしゅっしょうたいじゅうじ)(コラム「未熟児とは」)の増加があげられます。とくに、喫煙本数が1日20本以上の場合、赤ちゃんの発育に重大な影響を与えます。
 また、厚労省研究班の調査によると、夫が妊婦である妻の前でたばこを吸ったりすると、夫の吸うたばこの煙が部屋に充満しているといった報告があります。
 受動喫煙(他人の吸うたばこの煙を間接的に吸い込む)状態でも、妊婦の尿中ニコチン量は、喫煙妊婦と同じくらいのニコチン量を検出します。

●放射線被曝(ひばく)
 放射線照射の胎児への影響は、成長遅延、胎内死亡、出生後の死亡率増加、形態異常、胎児の将来の発がんです。
 妊娠中の放射線被曝は、被曝量・胎児発生の段階(週数)、被曝の回数などをすべて考慮に入れなければなりません。

●薬剤
 表「催奇形性の報告された化学物質とおもな異常」に、妊娠中に薬剤を使用した場合の、胎児に対する作用のおもなものをあげました。
 これ以外にも、薬剤の添付文書には、PL法(製造物責任法)との関連から、妊娠中もしくは授乳中の使用を禁じているものもあります。それらのなかで中止が困難な薬剤には、児への安全性について今後十分なデータの解析が必要と思われるものも含まれます。
 しかし一方で、病気の治療のために、完全に中止することができないものもあります。そのような場合には、同じ薬理作用をもち、胎児への影響がより少ない薬剤、もしくは十分安全性の確認されている薬剤が選択されることになります。

●感染(かんせん)
 妊娠中、とくに妊娠初期に妊婦がウイルス感染にかかった場合、胎児への影響が考えられます。
 母体の感染が、すなわち胎児感染や胎児異常が発生するということではありません。妊娠のどの時期に感染したかによっても、胎児の異常やその発生頻度は異なります。
 風疹(ふうしん)(「風疹(三日ばしか)」)、サイトメガロウイルスやヘルペスなどのウイルス感染は、催奇形性(さいきけいせい)(形態異常をおこす可能性があること)が認められています。
 母親のりんご病(「伝染性紅斑(りんご病)」)感染により、胎児水腫(たいじすいしゅ)(「胎児水腫」)の発生することが知られています。
 母親がHTLV‐1(ヒトTリンパ球好性ウイルスⅠ型)抗体陽性の場合、その母乳を飲んだ赤ちゃんと成人T細胞白血病(せいじんティーさいぼうはっけつびょう)(ATL(「成人T細胞白血病」))との関連が報告されています。
 HIV(ヒト免疫不全ウイルス、エイズウイルス)の母体感染も胎児への影響が知られており、水痘(すいとう)(水ぼうそう)、コクサッキーウイルスも胎児への影響が疑われています。
 また、流行性耳下腺炎(りゅうこうせいじかせんえん)(おたふくかぜ)、インフルエンザ、麻疹(ましん)(はしか)、エコーウイルス、肝炎ウイルスなども、胎児への影響が報告されています。詳細については専門医のカウンセリングが必要です。
 B型肝炎ウイルスは、赤ちゃんが産道を通って生まれてくるときに感染し、ウイルスのキャリアとなったり、劇症肝炎(げきしょうかんえん)(「劇症肝炎」)を発症したりすることがあるので、出生直後からグロブリン製剤を使用し、その後ワクチンなどを用いて感染の予防を行ないます。
 母親のウイルス感染は、血清学的検査で感染の確認を行ないますが、その判断には専門的な知識が必要です。
 妊娠初期の風疹の初感染では、先天性風疹症候群が心配されますが、なかには母体のみの感染で、胎児が感染しない、つまり先天性風疹症候群を発症しない場合もあります。胎児の採血などで、感染の有無が確認できる施設もありますので、調べてもらうとよいでしょう。
 妊婦が梅毒(ばいどく)(「梅毒」)にかかると、4分の1が死産となります。また、先天性梅毒が乳児期に発見されることはきわめてまれです。
 妊娠初期のトキソプラズマの初感染により、頻度は低いものの、胎児が先天性トキソプラズマ症(「トキソプラズマ症」)を発症することが報告されています。ふつうの診察のみでは、母親のトキソプラズマ初感染の判定や胎児感染の有無、先天性トキソプラズマ症の出生前診断の確認は困難なことが少なくありません。抗生剤を使用することがありますが、効果については疑問をもつ意見もあります。
 腟分泌(ちつぶんぴつ)中などに、GBS(B群レンサ球菌)がある母親から生まれた新生児のうち、約1%が出生直後から重症の感染症となることがあるので、GBSのある妊婦は抗生剤を使用します。GBSそのものは腟の常在菌(じょうざいきん)で、母体には無害です。
 母親のクラミジア感染と、流産・早産、子宮外妊娠との関連が報告されていますが、母体の血清中に抗体があっても、無症状の人も多くいます。このような母親から生まれた赤ちゃんのなかに、生後1か月くらいしてクラミジア肺炎を発症する場合もあります。

●予防接種
 予防接種には、活性ワクチン(生ワクチン)と不活性化ワクチンがあり、その種類による妊婦への予防接種の可否は、産婦人科医に確認してください。
 たとえば、妊娠がわかっている場合には、風疹ワクチンの接種はしません。ただ、妊娠と気づかずにワクチンを受けても、赤ちゃんが先天性風疹症候群にならなかった報告もあります。
 ワクチンの胎児への影響の詳細については、遺伝の専門医へ相談するとよいでしょう。

●血族結婚(けつぞくけっこん)
 一見正常と思われる人でも、いくつかの不良な遺伝子をもっていますが、劣性の遺伝子であるために、通常は無症状のことが多いものです。
 しかし、血族結婚をすると症状がでやすくなります。

●先天異常の検査
 母親の血清(けっせい)を調べて胎児の異常の確率を推定するスクリーニング検査を受けることができます。
 これは、妊娠15~18週の時期に、母体血清中のたんぱくであるアルファ胎児たんぱくと、hCGとuE3というホルモンを測定して、胎児のダウン症候群(「ダウン症候群」)および18番トリソミー症候群(「18番トリソミー症候群」)などの染色体異常と、開放型(かいほうがた)の二分脊椎(にぶんせきつい)(「脊椎披裂(二分脊椎)」)の確率を算定する方法です。
 この検査では同時に、無脳症(むのうしょう)(「無脳症」)、腹壁破裂(ふくへきはれつ)(腹壁が欠損し内臓が脱出している病気)、臍(さい)ヘルニア(「臍ヘルニア(出べそ)」)もスクリーニングすることができます。
 また、1970年代には、アイルランドおよびイギリスにおいて、アイルランド住民の神経管欠損のリスクの高い妊娠を検出するために、母体血清マーカーを用いた研究が行なわれるようになりました。その結果、開放型神経管奇形の胎児では、母体血清中のAFP(「腫瘍マーカー」)が高い値を示すことが報告されました。
 この歴史的な研究は、イギリスの環境予防学医ウォルドおよび環境衛生学者カックルなどによって始められ、彼らおよびその他の人々によって研究が続けられ、母体血清マーカーを用いたスクリーニングの方法が生まれました。現在、欧米の多くの検査所が、3つの母体血清マーカーを胎児スクリーニングとして用いています。

●着床前(ちゃくしょうぜん)検査
 体外受精卵を用いて病気の有無を調べる遺伝子診断法です。異常が発見された場合には、受精卵を子宮内にもどさない方法が考えられています。
 日本産科婦人科学会は、重い病気の遺伝子をもつものにかぎり、この方法を認める見解を出しています。

●胎児診断
 妊娠前半期に行なわれる先天異常の胎児診断には、羊水(ようすい)検査、絨毛(じゅうもう)検査、胎児鏡(たいじきょう)検査、胎児採血、超音波検査があります。超音波検査を除くこれらの検査によって、自然流産をおこす危険性がわずかながらありますので、その点を担当医によく聞いて、理解してから受けたほうがよいでしょう。
 これらの検査を行なうにあたって、日本産科婦人科学会は1988(昭和63)年1月、学会員の医師にむけて、つぎのような会告を出しています。
①胎児に疾患がある可能性(危険率)、検査法の診断限界、副作用などについて検査前によく説明し、十分なカウンセリングを行なうこと。
②検査の実施は、十分な基礎的研修を行ない、安全かつ確実な技術を習得した産婦人科医、あるいはその指導のもとに行なわれること。
③伴性(ばんせい)(X連鎖)劣性染色体(れっせいせんしょくたい)異常疾患(「遺伝のしくみ」)のために検査が行なわれる場合を除き、胎児の性別を両親に告知してはならない。
 羊水検査 羊水中の浮遊細胞を用いて染色体検査、DNA分析、生化学分析を行なう場合には、多くの場合、妊娠15週以降に、超音波診断装置で胎児と胎盤(たいばん)の位置および羊水量を確認し、経腹的(けいふくてき)に穿刺(せんし)して(腹部から子宮内に注射器を刺して)羊水を15~20mℓ採取します。
 神経管開存(しんけいかんかいぞん)、腹壁破裂、臍帯(さいたい)ヘルニアなどが疑われるときには、羊水中のAFPを測定し、胎児に重症の黄疸(おうだん)(「黄疸のいろいろ」)が疑われる場合には、羊水中のビリルビンを測定します。
 超音波診断装置を併用することにより、穿刺を受けた妊婦の自然流産率は大幅に減りましたが、それでも流産率は約0.3%あります。
 絨毛検査 妊娠8~10週の時期に、超音波診断装置で確認しながら、経腟的(けいちつてき)にカテーテルの先端を挿入して、絨毛を採取する方法が一般的に行なわれています。
 これにより医師は、染色体検査、DNA診断、生化学分析、風疹ウイルスの胎児感染などの診断を行ないます。
 絨毛検査は羊水検査に比べ、早期に診断できるというメリットはありますが、母体の組織が混入しやすい、胎盤の位置により採取不能な場合がある、採取後出血がある、自然流・早産率(約4%)が羊水検査に比べ高い、胎児への影響に不明な点がある、羊膜索(ようまくさく)症候群(破れた羊膜が胎児の皮膚に癒着(ゆちゃく)しておこる形態異常)発生のおそれがある、などのデメリットもあります。
 一部の施設で検査が行なわれていますので、かかりつけの産科医によく相談してください。
 胎児鏡検査 妊娠15~20週ごろに、経腹的に内視鏡の細い針を刺して、胎児の形態異常の診断、胎児採血、胎児治療を行ないます。
 胎児鏡を使用した場合、自然流産率が5%前後、周産期死亡率は2%になるとの報告もあります。
 特殊な検査方法で、一部の医療施設のみが行なっています。
 胎児採血 超音波診断装置で確認しながら、穿刺プローブを用いて、経腹的に胎盤の臍帯(へその緒(お))付着部から胎児採血を行ないます。
 これは、胎児の染色体検査、生化学分析、DNA分析、胎児の風疹感染の診断、血液中pHを用いた胎児仮死のチェックなどを目的としています。
 染色体検査の結果が、羊水検査より短期間で判明するメリットがあります。
 なお、胎児採血は特殊な検査法で、一部の医療施設のみで行なっています。
 超音波検査 超音波を用いて、胎児の数・位置・大きさ・形態異常・胸腹水・胎児水腫の有無、羊水量、胎盤の位置やその形態異常などを診断する方法です。
 胎児母体血分離(たいじぼたいけつぶんり)(FCS)検査 胎児の微量の白血球、有核赤血球などが、妊娠の初期から胎盤を通過して母体の血液中に流れ出ることを利用し、胎児の染色体異常などを診断する、現在開発中の新しい技術です。
 先天代謝異常などの検査 生後5日目に、赤ちゃんの足底(そくてい)(足のうら)から少量の血液を濾紙(ろし)に取り、フェニルケトン尿症(「フェニルケトン尿症」)、メープルシロップ尿症(「メープルシロップ尿症(楓糖尿病)」)、ホモシスチン尿症(「ホモシスチン尿症」)、ガラクトース血症(「ガラクトース血症」)、先天性副腎皮質過形成(ふくじんひしつかけいせい)(「先天性副腎皮質過形成症」)、クレチン症(「甲状腺機能低下症」のクレチン症(先天性甲状腺機能低下症))などの病気がないかどうかを調べます。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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