広義では、国家機関の権力的行為として、後になす一定の目的の準備のため、特定の物や権利を強制的に拘束することをいう。
民事執行法上では、これより狭義に用い、金銭執行の第一段階として、執行機関による換価ないし満足の準備をするべく、特定の財産を国家の支配下に確保することをいう。すなわち、金銭執行においては、債権者にその債権の満足をさせるためには、通常「差押え」「換価」「満足」の3段階にわたる手続を経ることが必要である。その第一段階として、執行の目的物である債務者の特定の財産を金銭化できる状態に置く執行機関の確保行為をさし、そのために執行機関は、債務者がかってにその財産を事実上処分したり(例、滅失)、法律上処分したり(例、譲渡)することを禁止する。
行政法上は強制徴収の手続の一つで、たとえば国税徴収などのための滞納処分として、徴収職員は滞納者の国税につき、その財産を差し押さえなければならない(国税徴収法47条)とされている。刑事訴訟法においても、罰金、科料、没収、追徴、過料などの裁判は、検察官の命令をもって執行し、その際には民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定に従ってなされる(刑事訴訟法490条)。また民事訴訟法(189条)や非訟事件手続法(121条)における過料の裁判の執行についても同様である。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年5月19日]
差押えは、執行の目的物が異なることによって、その方法も異なる。不動産の差押えは、執行裁判所の強制競売の開始決定(民事執行法45条)、または強制管理の開始決定(同法93条)を債務者に送達することによる(同法45条2項、111条)。船舶の差押えは、強制競売の開始決定をし、かつ執行官に対し、「船舶国籍証書等」を取り上げて執行裁判所に提出すべきことを命じなければならない(同法114条、121条)。動産の差押えは、執行官が目的物を占有するか、封印その他の方法で差押えの表示をして行い(同法123条)、債権その他の財産権の差押えは、執行裁判所が決定の形式でする差押え命令を債務者および第三債務者に送達して行われる(同法143条、145条、163条、167条)。
差押えにより、債務者は差し押さえられた物や権利を処分する権能を失い、国家がこれを取得することになる。これが差押えの効力の中心をなす処分禁止の効力である。したがって、たとえば債務者が差し押さえられた土地を第三者に売却した場合、その売買は債権者に対しては無効である。ただし差押えは、差押え財産の換価のために必要なのであるから、その効果としての処分の禁止も換価のために必要な限度に限られるので、差押えが解除されれば、第三者への売却は有効なものとなる。
動産の差押えに際しては、執行債権の満足に必要な範囲を超える超過差押え(同法128条)、差押え財産を換価しても執行費用にも足りないような無益な差押え(同法129条)、同一物についての二重差押え(同法125条)は禁止される。さらに債務者保護の見地から差押え禁止財産が法定されており、たとえば、債務者およびその同居の親族の衣服、寝具、家具、1月間の食料および燃料、実印、勲章、仏像など、民事執行法第131条に列挙された物は差し押さえることができない。また、給料・賃金などの債権は、原則として、その給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならない(同法152条、153条)とされている。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年5月19日]
差押えとは、証拠物または没収物と思われる物の占有を強制的に取得する処分をいう。その対象は有体物と解され(通説)、会話、情報などの無体物は差押えの対象となりえない。有体物であれば建造物でも身体の一部でも対象となりうる。憲法は、何人(なんぴと)も、その住居、書類および所持品について、侵入、捜索および押収を受けることのない権利は、適法な逮捕に伴う場合を除いては、正当な理由に基づいて発せられ、かつ捜索する場所および押収する物を明示する令状がなければ、侵されないと規定している(憲法35条1項)。さらに、捜索または押収は、権限を有する司法官憲(裁判官)が発する各別の令状により、これを行うと規定し(同法35条2項)、いわゆる令状主義の原則を定めている。差押えは、捜査機関が行う場合と裁判所が行う場合とがある。
捜査機関は、犯罪の捜査に必要な場合、原則として裁判官の発する差押状により差押えをすることができる(刑事訴訟法218条1項)。差押状には、差し押さえるべき物の明示が必要である(同法218条1項)。差押状は、捜索状と一括して捜索差押許可状として発付される場合が多い。差押状の執行にあたっては、処分を受ける者にこれを示さなければならず(同法110条)、錠をはずし、封を開くなどの必要な処分をすることができる(同法111条)。また、差押えをした場合には押収目録を作成して、所有者等に交付しなければならない(同法120条)。これに対し、令状主義の例外として、捜査機関は、被疑者を逮捕する場合において、必要があるときは、令状なくして、逮捕の現場で差押えを行うことができる(同法220条1項・3項・4項)。ここにいう「逮捕する場合の意義」について判例は、単なる逮捕の時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係はこれを問わないものと解すべきであるとしている。たとえば、緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ、被疑者がたまたま他出不在であっても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押えがなされ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押えは、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではないとしている。また、「逮捕の現場の意義」については、たとえば、逮捕した被疑者を差押えに適した最寄りの場所まで連行したうえで実施することも、逮捕の現場における差押えと同視することができるとしている。
次に、裁判所は、必要があるときは、証拠物または没収すべき物と思われるものを差し押さえることができる(同法99条1項)。また、裁判所は、差し押さえるべき物を指定し、所有者、所持者または保管者にその物の提出を命ずることができる(同法99条3項)。いわゆる提出命令であり、捜査機関には認められていない処分である。なお、公判廷外における差押えには、差押状を必要とする(同法106条)。
電磁的記録物の差押えの方法については、2011年(平成23)の刑事訴訟法改正により、コンピュータによる情報処理の高度化に伴ういわゆるハイテク犯罪に対処するための電磁的記録物に関する新たな差押え手続が創設された。電磁的記録物には大量のデータが記録されている場合が多く、その差押えによって第三者のデータも差し押さえられる可能性があるとともに、プロバイダー等の被処分者の事業に支障を生ずるおそれもある。そこで、第一に、電磁的記録物に対する差押状が発付されている場合に、特定の情報のみを収集するという差押えの執行方法が認められた。すなわち、差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるときは、その差押えにかえて、(1)差し押さえるべき記録媒体に記録された電磁的記録を他の記録媒体に複写し、印刷し、または移転したうえ、当該記録媒体を差し押さえること(同法110条の2第1号)、もしくは、(2)差押えを受ける者に差し押さえるべき記録媒体に記録された電磁的記録を他の記録媒体に複写させ、印刷させ、または移転させたうえ、当該他の記録媒体を差し押さえること(同法110条の2第2号)、ができる。ここにいう複写とは、電磁的記録を他の記録媒体にコピーすることをいい、印刷とは紙媒体にプリントアウトすることをいい、移転とは電磁的記録を他の記録媒体に複写したうえ、元の記録媒体から電磁的記録を消去することをいう。第二に、記録命令付差押えは、電磁的記録を保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者に命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録させ、または印刷させたうえ、当該記録媒体を差し押さえることができるとするものである(同法99条の2、218条1項)。これは新たな強制処分の創設であり、被処分者の記録行為への信頼を前提とした処分形態である。
[田口守一 2018年4月18日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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