明王院(読み)みょうおういん

  • みょうおういん ミャウワウヰン
  • みょうおういん〔ミヤウワウヰン〕
  • 明王(みょうおう)院

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

広島県福山市にある真言宗の寺。大同年間 (806~810) の開基と伝えられ,元は常福寺と呼んだが,江戸時代初期に近くの明王院と合併。現本尊の『十一面観音像』は平安時代前期の作で,寺の創立と同時期と推定される。本堂は元応3 (1321) 年の建造で,外陣 (げじん) の天井に反転曲線を用いた折衷様建築五重塔は貞和4 (48) 年の純和様ので,心柱は二重で止めている。本堂,五重塔は国宝

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デジタル大辞泉の解説

滋賀県大津市にある天台宗の寺。山号は、北嶺山開創は貞観元年(859)。開山相応比叡山の回峰行者参籠所となり、葛川修験道拠点ともなった。
広島県福山市にある真言宗大覚寺派の寺。山号は、中道山。寺号は、円光寺。寺伝によれば、開創は大同2年(807)。開山は空海。初め常福寺と称し、江戸初期に本庄村の明王院と合併して現名に改称。本堂と五重塔は国宝。

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百科事典マイペディアの解説

滋賀県大津(おおつ)市にある天台回峰行(てんだいかいほうぎょう)(修験道(しゅげんどう))の修錬道場。比叡山延暦(えんりゃく)寺東(とう)塔の無動寺谷(むどうじだに)に所属。葛川(かつせん)寺とも。859年の創基。天台の修験行者が7月の蓮華会と11月の霜月会の2度参籠する慣例となり,1204年からの参籠札500余が残る。平安時代以来の古文書は《葛川明王院史料》として出版されている。7月18日夜に行われる太鼓乗りは回峰行者の行事として有名。
→関連項目葛川

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デジタル大辞泉プラスの解説

神奈川県鎌倉市にある寺院。真言宗泉涌寺派。1235年、鎌倉幕府将軍・藤原頼経により建立。五大明王を祀り、飯盛山寛喜寺明王院五大堂と号する。通称「五大堂」。木造不動明王坐像は国の重要文化財に指定。
滋賀県大津市にある天台宗の寺院、安曇(あど)山葛川息障(かつらがわそくしょう)明王院の通称。859年開創。葛川寺ともいう。本尊は千手観音、不動明王、毘沙門天。本堂などは国の重要文化財に指定。
広島県福山市にある寺院。真言宗大覚寺派。山号は中道山、寺号は円光寺。807年、弘法大師(空海)の開創と伝わる。本尊の十一面観世音菩薩像は国の重要文化財、本堂・五重塔は国宝に指定。萩寺とも呼ばれる。
群馬県太田市安養寺町にある真言宗豊山派の寺院。山号は呑嶺山、寺号は安養寺。鎌倉時代の総領家級の館跡に建てられた寺で、境内は「新田荘遺跡」として国の史跡に指定されている。

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世界大百科事典 第2版の解説

滋賀県大津市にある天台回峰行(修験道)の修練道場。比叡山延暦寺東塔の無動寺谷に所属する。正式には北嶺山息障明王院と称し,葛川(かつらがわ)寺ともいう。天台僧相応が,859年(貞観1)比良山脈西斜面ので修行中不動明王を感得し,その像を彫刻して堂を建て安置したのが起原と伝える。以後天台の修験行者が7月の蓮華会と11月の霜月会の2度参籠する慣例となった。行者は参籠の際,牌伝(ひで)と呼ばれる卒塔婆年号や法名を書いて収め,1204年(元久1)を最古として500本に上る参籠札がのこされている。
広島県福山市にある真言宗大覚寺派の寺。中道山円光寺と号し,俗称〈寺〉。本尊十一面観音像(弘仁期,重要文化財)。現地はもと常福寺の寺地だったが,1655年(承応4)ごろ,福山藩主水野氏が城下から円光寺を移転合併し,明王院と号した。以後,福山藩主祈願所になり,備後の真言宗筆頭寺院として栄えた。国宝の本堂と五重塔は旧常福寺のもので,本堂は1321年(元亨1),五重塔は1348年(正平3∥貞和4)の建築。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

広島県福山市草戸町にある真言(しんごん)宗大覚寺派の寺。萩(はぎ)寺の雅称がある。中道山圓光寺(ちゅうどうさんえんこうじ)と号する。本尊は十一面観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)。備後(びんご)西国三十三所霊場第一番札所。807年(大同2)弘法大師(こうぼうだいし)(空海)の開基と伝える。初め西光(さいこう)山理智(りち)院常福(じょうふく)寺と称して真言律宗西大(さいだい)寺派末であった。1619年(元和5)水野勝成(かつなり)が入封し、本堂を修理再興した。1655年(明暦1)藩主水野勝貞(かつさだ)は、本庄(ほんじょう)村青木端(ばな)にあった明王院と合併して、明王院と号し、末寺48寺を付して祈願寺とした。本堂は1321年(元亨1)、五重塔は1348年(正平3・貞和4)の建築で、いずれも国宝。本尊の十一面観世音菩薩立像は最澄(さいちょう)作と伝える秘仏で、国重要文化財である。

[祖父江章子]


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精選版 日本国語大辞典の解説

[一] 和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗の別格本山。弘仁七年(八一六)空海が高野山の開創に際して五大明王を鬼門に安置し、五大堂明王院と名づけて創建。本尊不動明王二童子像(赤不動)は日本三不動の一つ。
[二] 広島県福山市草戸町にある真言宗大覚寺派の別格本山。山号は中道山。円光寺と称する。大同二年(八〇七)空海の開創と伝えられる。もと西光山常福寺と称した。江戸初期、藩主水野氏が再興。山門は一本の萩の木で作られ萩の曲門という。本堂、五重塔は国宝。萩寺。

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世界大百科事典内の明王院の言及

【草戸千軒】より

…出土する遺物も土製品,木製品,金属製品,石製品,動植物遺体などさまざまで,土師(はじ)質土器や青磁・白磁,杓子,漆器などの飲食具,包丁,すり鉢,土鍋,備前・常滑(とこなめ)焼壺・甕など調理・貯蔵用具をはじめ櫛や下駄などの服飾具,ふいごの羽口,土錘,犂先など生産用具,古銭・木簡など商業関係資料,塔婆,位牌,呪符など信仰・呪術資料などがあって中世における地方都市の隆盛の一端と庶民のいぶきをかいま見ることができる。 従来,草戸千軒は遺跡西側山麓に建立されていた常福寺(現,明王院。国宝)の門前町とも,当時奥深く湾入していた福山湾西岸の港町とも推定されてきた。…

※「明王院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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