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明王院 みょうおういん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明王院
みょうおういん

広島県福山市にある真言宗の寺。大同年間 (806~810) の開基と伝えられ,元は常福寺と呼んだが,江戸時代初期に近くの明王院と合併。現本尊の『十一面観音像』は平安時代前期の作で,寺の創立と同時期と推定される。

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デジタル大辞泉の解説

みょうおう‐いん〔ミヤウワウヰン〕【明王院】

滋賀県大津市にある天台宗の寺。山号は、北嶺山。開創は貞観元年(859)。開山は相応。比叡山の回峰行者の参籠所となり、葛川修験道の拠点ともなった。
広島県福山市にある真言宗大覚寺派の寺。山号は、中道山。寺号は、円光寺。寺伝によれば、開創は大同2年(807)。開山は空海。初め常福寺と称し、江戸初期に本庄村の明王院と合併して現名に改称。本堂と五重塔は国宝。

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百科事典マイペディアの解説

明王院【みょうおういん】

滋賀県大津(おおつ)市にある天台回峰行(てんだいかいほうぎょう)(修験道(しゅげんどう))の修錬道場。比叡山延暦(えんりゃく)寺東(とう)塔の無動寺谷(むどうじだに)に所属。
→関連項目葛川

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デジタル大辞泉プラスの解説

明王院

神奈川県鎌倉市にある寺院。1235年創建。真言宗御室派。本尊は不動明王

明王院

広島県福山市にある寺院。807年創建。宗派は真言宗大覚寺派、本尊は十一面観世音菩薩。本堂・五重塔は国宝に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

みょうおういん【明王院】

滋賀県大津市にある天台回峰行(修験道)の修練道場。比叡山延暦寺東塔の無動寺谷に所属する。正式には北嶺山息障明王院と称し,葛川(かつらがわ)寺ともいう。天台僧相応が,859年(貞観1)比良山脈西斜面の滝で修行中不動明王を感得し,その像を彫刻して堂を建て安置したのが起原と伝える。以後天台の修験行者が7月の蓮華会と11月の霜月会の2度参籠する慣例となった。行者は参籠の際,牌伝(ひで)と呼ばれる卒塔婆に年号や法名を書いて収め,1204年(元久1)を最古として500本に上る参籠札がのこされている。

みょうおういん【明王院】

広島県福山市にある真言宗大覚寺派の寺。中道山円光寺と号し,俗称〈萩寺〉。本尊十一面観音像(弘仁期,重要文化財)。現地はもと常福寺の寺地だったが,1655年(承応4)ごろ,福山藩主水野氏が城下から円光寺を移転合併し,明王院と号した。以後,福山藩主祈願所になり,備後の真言宗筆頭寺院として栄えた。国宝の本堂と五重塔は旧常福寺のもので,本堂は1321年(元亨1),五重塔は1348年(正平3∥貞和4)の建築。

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大辞林 第三版の解説

みょうおういん【明王院】

滋賀県大津市にある天台回峰行かいほうぎようの修練道場。北嶺山息障明王院。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明王院
みょうおういん

広島県福山市草戸町にある真言(しんごん)宗大覚寺派の寺。萩(はぎ)寺の雅称がある。中道山圓光寺(ちゅうどうさんえんこうじ)と号する。本尊は十一面観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)。備後(びんご)西国三十三所霊場第一番札所。807年(大同2)弘法大師(こうぼうだいし)(空海)の開基と伝える。初め西光(さいこう)山理智(りち)院常福(じょうふく)寺と称して真言律宗西大(さいだい)寺派末であった。1619年(元和5)水野勝成(かつなり)が入封し、本堂を修理再興した。1655年(明暦1)藩主水野勝貞(かつさだ)は、本庄(ほんじょう)村青木端(ばな)にあった明王院と合併して、明王院と号し、末寺48寺を付して祈願寺とした。本堂は1321年(元亨1)、五重塔は1348年(正平3・貞和4)の建築で、いずれも国宝。本尊の十一面観世音菩薩立像は最澄(さいちょう)作と伝える秘仏で、国重要文化財である。[祖父江章子]

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世界大百科事典内の明王院の言及

【草戸千軒】より

…出土する遺物も土製品,木製品,金属製品,石製品,動植物遺体などさまざまで,土師(はじ)質土器や青磁・白磁,杓子,漆器などの飲食具,包丁,すり鉢,土鍋,備前・常滑(とこなめ)焼壺・甕など調理・貯蔵用具をはじめ櫛や下駄などの服飾具,ふいごの羽口,土錘,犂先など生産用具,古銭・木簡など商業関係資料,塔婆,位牌,呪符など信仰・呪術資料などがあって中世における地方都市の隆盛の一端と庶民のいぶきをかいま見ることができる。 従来,草戸千軒は遺跡西側山麓に建立されていた常福寺(現,明王院。国宝)の門前町とも,当時奥深く湾入していた福山湾西岸の港町とも推定されてきた。…

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