献
こん
献はけん、たてまつる、ささげるとも音・訓する。一般に献呈、献立、文献などと使っている。こんと音読すると、酒席に関連し、「一献さしあげたい」などと使用された。酒宴、もてなしなどに出される膳部(ぜんぶ)や杯(さかずき)(盃)の度数を示す語とされてきた。杯を3回重ねることを一献という。すなわち、1杯飲むのが一度で、3杯が一献になる。多人数の席で一度杯が回るのが一巡で、三度三献がよいとされていた。三度酒を飲むのが作法で、三献までは起座献杯をしないのが酒席の礼儀とされた。献の使用は鎌倉期の『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』とか、後の『徒然草(つれづれぐさ)』にみられるが、故実(こじつ)の研究者伊勢貞丈(いせさだたけ)の天保(てんぽう)14年(1843)上梓(じょうし)の『貞丈雑記(ていじょうざっき)』には、酒盃(しゅはい)之部に盃のことをつぶさに書き述べている点から、酒の作法もこのころには確立していたと考えられる。現在、一般には酒は作法ではなく楽しく飲むものとすれば、献のことばは古語に入る用語といえる。
[福井晃一]
『『貞丈雑記』(1952・明治図書出版・故実叢書)』▽『坂本太郎監修『風俗辞典』(1957・東京堂出版)』
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
こん【献】
[1] 〘名〙
① 饗応・酒宴の形式で、膳部に酒を添えて出し、ひとつの膳について酒を三度つぐのを作法とするもの。また、その膳。
※言国卿記‐文明六年(1474)正月三日「伏見殿めされ、御さか月予に被レ下、こんあり」
② 杯の数。多く「こんが悪い」「こんを合わせる」の形で用いる。
※雲形本狂言・
船渡聟(室町末‐近世初)「尤
(もっとも)ではあれ共、こむがわるい、最ひとつおふるまひあれ」
[2] 〘接尾〙
① 客をもてなす時、料理と杯をのせた膳部を出す回数。一献ごとに料理をあらためた。
※権記‐正暦四年(993)正月二八日「主人勧盃左府、正光朝臣勧盃坏於右府、主人還本座之後進机、次二献、〈右少将隆家朝臣右中将実方朝臣〉次進餛飩」
② 酒杯を飲みほす回数を表わすのに用いる。
※徒然草(1331頃)二一五「心よく数献に及びて、興に入られ侍りき」
た・つ【献】
〘他タ下二〙 ささげる。たてまつる。
※
皇太神宮儀式帳(804)「佐古久志侶伊須々乃宮に御気立と宇都奈留比佐婆宮も止々侶に」
[
補注]「たつ」に
本来「ささげる」の
意があるとする
ほか、「たてる(立)」と同語源で、出発させるの意のものから、物などを他に至らせる、
献上するの意に変化したものと考える
説もある。
けん‐・ずる【献】
〘他サ変〙 けん・ず 〘他サ変〙
① 物を目上の人に捧げる。たてまつる。さしあげる。献上する。
※続日本紀‐文武元年(697)九月丙申「丹波国献二白鹿一」
※延慶本平家(1309‐10)一本「文人詩を献(ケン)し、楽人楽を奏す」
② 杯をさす。献杯する。〔
日葡辞書(1603‐04)〕
けん・じる【献】
〘他ザ上一〙 動詞「けんずる(献)」の上一段化した語。
※社会百面相(1902)〈内田魯庵〉台湾土産「狡猾な土人は争って
媚を官吏に献じる、御馳走をする」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
デジタル大辞泉
「献」の意味・読み・例文・類語
こん【献】
[名]客にもてなす酒・肴の膳部。
「預かり蔵人小板敷きを昇り、大杯を取って共に―を勧む」〈雲図抄〉
[接尾]助数詞。
1 酒席などで、杯を飲みほす回数を表す。また、杯をさす度数にもいう。「一献おあがりください」
2 客をもてなすとき、食物を出す度数を表すのに用いる。
「一―にうちあはび、二―にえび、三―にかいもちひにてやみぬ」〈徒然・二一六〉
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