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人間の本来的なあり方を主体的な実存に求める立場。実存existence(existentia)とは現実存在の意であり,元来は中世のスコラ哲学で本質essence(essentia)の対概念として用いられた表現である。例えば,ペーパーナイフの実存といえば,材質や形状がまちまちである個々の具体的な現実のペーパーナイフの存在を意味するが,その本質といえば,この木片もその金属棒もあの象牙細工もいずれもがペーパーナイフであると言える場合の基準の存在を指すことになる。そして,ここに実存するものがただの木片でなくまさにペーパーナイフであると言えるためには,あらかじめペーパーナイフの本質が理解されていなければならず,したがって事物の真相を知るとは,実存にとらわれずに本質をわきまえることとされたのである。ところが,人間の存在に関しては,そのような普遍的な本質を規定してかかることが困難である。人間の生き方には,前もって共通の基準が決まっているわけではなく,むしろ民族や地域や時代や文化などの異なる特殊歴史的な状況のもとでそのつどみずからの生き方を創り出していくことに,人間らしい誠実さが求められる。人間は各人が自由と責任の主体であり,個々の実存においてみずからの本領を発揮すべき存在なのである。実存はexistere(外へex+立ち出でるsistere)というラテン語に由来し,したがって日常性に埋没した自己を脱自的に超え出て主体性の回復を図るという意味を含む。とりわけ,合理主義のもたらした高度の技術化と組織化の中で人間疎外を経験している現代人にとって,実存への覚醒による自己回復の道を示す実存主義は,一つの魅力になったと言えよう。また,実存主義はしばしば合理的に割り切れない人間存在の偶然性の不条理に注目する。人間が自由であり脱自的であるとしても,そのような仕方で存在している事実そのものは,人間の自由裁量によるわけではなく,いわばゆえなくして自由であるにすぎない。自己に関心をもたざるをえない人間が,自己のうちに存在の根拠をもたないこのことに気づくとき,不安や無意味感や挫折に襲われるが,そうした実存の根源的無の状況を介在させてはじめて脱自的な主体性確立の道が意味をもってくる。この極限状況からの超克を,超越者や神とのかかわりに求めるか,無意味さそのものの肯定に求めるか,自由のもつ創造力に求めるかによって,実存主義にもさまざまな立場が生じてくることになる。
このような実存思想は,人間の本質を理性に据えて合理性のみを追求してきた近代精神への批判として,19世紀にキルケゴールによって説かれたものを嚆矢(こうし)とする。彼はとくに《哲学的断片への後書》(1846)において,客観的真理が人間を生かすのではなく〈主体性内面性が真理である〉と語り,単独者として神の前で主体的に生きる人間を宗教的〈実存〉と呼んだ。ニーチェもまた不断に脱自的であらざるをえない人間を〈力への意志〉に基づく〈超人〉と名づけ,無意味な自己超克を繰り返しているかに思われる運命を肯定することに意味を発見した。〈実存哲学〉の語が定着するのは,第1次大戦後の動向のうちとくに《存在と時間》(1927)に表明されたハイデッガーの哲学を念頭に置いて,これを〈人間疎外の克服を目指す実存哲学〉と呼んだF.ハイネマンの著《哲学の新しい道》(1929)以降であり,ヤスパースがこれを受けて一時期みずから〈実存哲学〉を名のった。ほかに,ベルジャーエフ,G.マルセル,サルトルらの哲学を実存哲学に含めるが,彼らは必ずしもみずからの哲学を実存哲学と呼んではいない。〈実存主義〉の語はサルトルの《実存主義はヒューマニズムである》(1946)によって一般化したが,文学界では人間の不条理を抉出するサルトルやカミュ,さらにはカフカ,マルローらを実存主義文学者と呼ぶことができる。精神医学や心理学には,ビンスワンガー,フランクル,ボス,R.メイ,マズローらによって実存思想が導入された。神学界ではブルトマンが実存神学を標榜,ティリヒにも受容されており,K.バルトやE.ブルンナーらの弁証法神学運動も当初は実存主義的動機によるものであった。法学に実存主義を生かそうと試みた人に,W.マイホーファーやE.フェヒナーらがいる。
日本にキルケゴールが紹介されたのは1906年以降であり,内村鑑三,上田敏,金子筑水(馬治),葉山万次郎らによる。ニーチェは1899年以来,吉田静致,長谷川天渓,登張竹風,桑木厳翼らによって紹介され,高山樗牛が晩年にニーチェ主義の立場をとった。和辻哲郎の《ニイチェ研究》(1913)と《ゼエレン・キェルケゴオル》(1915)とが日本での本格的研究の始まりであり,やがて直接ハイデッガーに師事した三木清や九鬼周造によって実存思想が輸入され,三土興三,吉満義彦らの実存思想家を生んだ。第2次世界大戦後は〈実存主義協会〉も組織されている。実存主義文学者には椎名麟三がいる。
執筆者:柏原 啓一
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人間の実存を思考の中心に置く哲学思想。キルケゴールが源流。「実存」のとらえ方により実存主義も一様ではなく,ヤスパースの実存開明の哲学やサルトル,カミュの無神論的ヒューマニズム,マルセルのキリスト教的実存主義が含まれる。近代的個人主義をふまえ,資本主義社会の矛盾や増大する社会集団の圧力に対して単独者としての個人性を確保し,科学的合理主義や実証主義に対しては合理性のみでは汲みつくせない人間の内面性の自由を擁護しようとする。それゆえ危機意識の高まった第一次,第二次世界大戦後に必然的に盛んになった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…自然的事物に関しては,形相と質料の区別と同様にその〈である=本質存在〉と〈がある=事実存在〉とを区別して考えることは困難だからである。 現代の哲学者,たとえばサルトルが〈事実存在〉に対して〈本質存在〉を優先させてきた西洋哲学の伝統に逆らい――話を人間の存在に限ってのことではあるが――〈本質存在〉に〈事実存在〉つまり〈実存〉を優先させ,そうすることによって人間の根源的自由を主張する実存主義を提唱したことはすでに知られていよう(《実存主義とは何か》)。 同じような企てはすでに19世紀初頭のシェリングの後期思想にも見られる。…
…日常性の容赦なき破壊という点で,シュルレアリストは革命運動と相通ずるものをもっていたから,彼らの中で共産党に入党し,そこにとどまった者も少なくなかったが(L.アラゴン,P.エリュアールなど),それ以上の数が党の集権的統制に幻滅して,そこから離れた。 同じように,同時代人の思想のうちに刻印を残した哲学的立場として実存主義と論理実証主義をあげることができよう。前者は社会的分裂と政治的崩壊の時代を生きる現代人の不安と孤独をみつめ,そこから真の主体性確立の契機を引き出そうとするもので,M.ハイデッガー,K.ヤスパースがその代表者であった。…
…(2)神学的超越概念 神学においては,有限な偶然的存在を超え出た必然的存在者つまり神を〈超越者〉とよぶ。そこから転じて,信仰によって世俗的生活を脱却し超越者に直面せんとすることや,さらにはヤスパースやサルトルの実存主義においてのように,人間がおのれの無自覚な惰性的存在を脱して,決断と選択の絶対的自由をもつ主体的実存へ飛躍することが〈超越〉とよばれるようになった。しかし,超越の上記の二つの意味はしばしば混同され,またもつれ合ってきた。…
…キルケゴール,ニーチェ,M.ウェーバーの影響のもと10年余に及ぶ思索の末に,《現代の精神的状況》(1931)と大著《哲学》3巻(1932)とを公刊。前者では大衆社会の中に埋没して自己を喪失している現代人を批判し,後者では限界状況(死,苦,争,責)における挫折を直視することによって超越者の暗号の世界へと立ちいでていく実存の形而上学を展開,〈実存哲学〉の立場を体系化して,現代実存主義哲学の礎石を築いた。リッケルト引退の32年に哲学科主任教授となったが,翌年ナチスにより大学運営参加を締め出される。…
※「実存主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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