年金は定期的な金銭の給付であるが,主として老齢,遺族,障害等に対する経済的準備のために行われる。年金には,国が法律に基づいて行う公的年金と,民間で任意に行う私的年金がある。さらに私的年金には,企業が退職給与の一種として従業員に支給する企業年金と,生命保険会社等が個人を対象として行う個人年金とがある。
公的年金は歴史的にみると二つの系譜がある。一つは,ドイツを代表的な例として,ヨーロッパ大陸を中心に発展してきた〈社会保険〉の系譜で,もう一つは,北欧やイギリスに代表される〈公的扶助〉の系譜である。社会保険の公的年金は,1889年にビスマルクが労働者階層を対象として実施した労使拠出制の年金制度をはじめとして,以後各国に拡大した。公的扶助としての無拠出の年金制度は,イギリス,デンマーク等でそれ以前の救貧制度から発し,貧困を条件にして国が一定の年金を支給する。
どの国でも古くから公務員(軍人,文官)には国の負担で年金を支給してきた。しかし,これは国が国民に年金を支給するのではなく,国が雇主として雇用する従業員に退職年金を支給したものである。年金の適用は,次に国営産業,基幹産業,そしてブルーカラーの労働者,ホワイトカラー,その他の一般国民という順序で広まるのが共通した型である。
現在の主要国の公的年金は,大部分が社会保険の型態をとっている。加入期間中に,労使の共同負担,あるいは事業主または本人が保険料を拠出し,一定の拠出を要件にして年金が支給される。これに対して,北欧諸国やカナダでは,長期の居住と一定の年齢に到達したことだけを条件に一律定額の年金を支給する一律給付の年金が行われている。この場合,財源は一般税収ないしは特定の目的税でまかなわれている。ただし,一律給付の年金は財源面の制約から給付額が低く,その上乗せとして社会保険方式の公的年金を北欧諸国もカナダも採用している。社会保険の公的年金は,概して給付も拠出も所得比例であるが,アメリカのように給付率では低所得者ほど厚くしているものもある。またイギリスでは年金制度は2階建ての社会保険で,1階の部分は掛金は所得比例,年金は定額である(2階部分は共に所得比例)。年金額は概して加入年数に比例しているが,一定年数以上は給付率に上限を設けているものや,経過年金には割増しを加えているものもある。
どの年金も受給できないか,または年金額が小さい場合に,貧困を条件として公的扶助が支給される。この公的扶助も,広義の年金の一種と考えている国もある。
年金の主要な給付は老齢年金だが,このほかに一般に障害年金と遺族年金が支給される。年金制度は,老齢,障害,死亡による所得の喪失に際して一定の年金を支給する防貧の制度で,公的扶助はすでに貧困におちいった者を事後的に救済する救貧の制度である。先進国ではいずれも,年金制度の普及によって公的扶助の領域はせばめられたが,依然として補完的な意味での公的扶助の必要性はある。
社会保険の年金制度の財源は,労使の共同拠出,または事業主か本人の単独拠出の保険料が主体である。ドイツ,イタリアなど多くの国では,これに若干の国庫負担(一般税収)が加わるが,アメリカやイギリスは国庫負担はない。スウェーデンの所得比例年金も全額事業主負担で国庫負担はない。労使の共同負担の場合には,アメリカ,ドイツは同額負担だが,フランス,イタリア,ベルギーなどは事業主負担の割合が高い。
年金制度の財政には,積立方式と賦課方式とがある。社会保険の公的年金では一定年数の拠出を条件として年金は支給されるから,発足の当初は給付の支払は少なく,年数の経過に応じて徐々に支払が〈成熟〉化し,数十年を経て〈成熟〉状態に至る。この間の財政の姿は,給付の〈成熟化〉に応じて保険料も段階的に引き上げていくのが一般的な形で,未成熟な期間は相当な額の積立金も形成されるが,成熟状態に近くなるにつれて賦課方式に近づき,完全な成熟状態になれば,若干の支払準備のための資金を保有する賦課方式になる(年金財政方式)。
現在の日本は〈国民皆年金〉と称して,国民のだれもが公的年金の適用を受けている。日本の公的年金は,従来8制度に分立しているといわれ,三つのグループに大別されてきた。第1は共済組合グループで,主として公務員がこれに属する。第2は厚生年金グループで,民間の給料生活者が対象である。第3は国民年金で,主として自営業者が対象だが,給料生活者でも5人未満の事業所は原則として国民年金の適用を受け,また任意加入の規定によって給料生活者の妻も数多く加入してきた。8制度といわれたのは,共済組合グループには国家公務員共済組合,地方公務員等共済組合,公共企業体職員等共済組合(以上の3者は公的な職域),私立学校教職員共済組合,農林漁業団体職員共済組合(後2者は民間の特殊な職域)の五つがあり,また厚生年金グループには厚生年金のほかに船員保険(厚生年金とほぼ同じ内容を船員に適用)があるので,これに国民年金を加えて8制度と称したのである。しかし,このうち,公共企業体職員等共済組合は1984年に国家公務員等共済組合に統合され,船員保険の年金部門も1985年の法改正(施行は1986年)で厚生年金に統合されたので,制度数では6制度になった。97年には旧3公社(JR,JT,NTT)が厚生年金に統合された。
歴史的にみると,共済組合が最も古く,次が厚生年金で,国民年金の発足した1961年に国民皆年金の体制になった。共済組合の前身には官吏の恩給があり,日本の年金制度は1875年の軍人恩給に始まる。84年には文官の恩給も開始され,一方,恩給の適用のない官庁の雇用人のための共済組合が,まず1907年に鉄道で設けられ,以後,専売,印刷,逓信,林野などへ普及した。戦後の改正によって,官吏は恩給,雇用人は共済組合という従来の並列的な制度が,一つの共済組合の年金制度に統一された。また,私立学校教職員共済組合および農林漁業団体職員共済組合の制度が,それぞれ1953年,58年に,厚生年金保険から分離した。
民間に年金制度が適用されたのは,1939年の船員保険が最初で,42年には,工場や鉱山など,10人以上の事業所の男子筋肉労働者を対象とした労働者年金保険が実施され,これが44年に厚生年金保険と改称され,適用対象も5人以上の事業所に拡大され,事務職員や女子も適用を受けることになった。
戦争とインフレで,戦後の一時期には壊滅状態にあった厚生年金保険も,54年の新法の制定により再建が始まった。この改正の際に,従来は報酬比例だけだった年金額が,定額と報酬比例を組み合わせた体系に改められた。以後,数次の改定で年金額も引き上げられ,73年からは年金額の物価スライド制も導入された。また1966年からは,厚生年金の老齢年金の比例部分を民間にゆだねる厚生年金基金(調整年金)の制度が実施されている。
1961年には,20歳から60歳の日本国民のうちで,従来のどの制度の適用も受けていなかった者を対象として,国民年金が実施された。ここに国民皆年金の体制が確立されるとともに,各種の年金制度間を移り歩いた者の資格期間を通算する通算年金制度が創設されて,各制度は有機的に結び合わされた。また,国民年金の発足時にすでに高齢に達し,拠出制の年金には間に合わなかった人たちのために福祉年金が設けられ,70歳以上の老人には定額の年金が支給されている。
1985年の法律改正で,日本の公的年金に抜本的な改正が加えられた(施行は1986年4月)。改正の第1の目的は,将来の年金財政の破綻を回避し,21世紀に向けて年金制度を安定させることである。第2は,給付を公平にすることで,この中には女性の年金権の確立が含まれる。
日本の年金制度は,まだ加入期間も短く,受給者も少ない段階で大幅な年金額の引上げを行ったが,このままの状態で成熟化,高齢化が進むと,給付支払の費用はやがては勤労世代の負担の限度を超えてしまう。一方,年金額は加入期間の伸びに応じて増えつづけ,手取り収入で比較すると,現役の勤労者よりも年金受給者のほうが多くなるという不合理な事態も生じる。
日本の年金体系は,給料生活者は世帯単位の適用で,夫が厚生年金か共済年金に加入し,妻は夫の年金の中で保護を受けるしくみであった。一方,自営業者は個人単位の適用で,夫と妻がそれぞれ国民年金に加入し,個人ごとに自分の加入に基づく年金を受給する。しかし実際には,女性の職場進出,サラリーマンの妻の国民年金への任意加入の増加などにより,世帯ごとに夫と妻に適用される年金の組合せは多様化し,その結果,給付に公平を欠く面が顕在化してきた。また,離婚妻の無年金など,生別,死別の際の女性の年金の不備や不公平も強く指摘されてきた。
85年の年金改正には二つの柱がある。第1は年金体系の再編成,第2は給付水準の見直しである。新制度では,国民年金が全国民に拡大適用され,だれにも共通な定額の基礎年金が支給される。給料生活者は,従来加入してきた厚生年金のうち,定額部分は国民年金に吸収され,報酬比例部分は従来どおり厚生年金から支払われる。厚生年金に加入して保険料を納めることによって,同時に国民年金にも加入するという二重加入のしくみになり,給付の面では,定額の基礎年金(国民年金からの給付)の上に報酬比例の厚生年金が乗るという,2階建ての年金になる。
サラリーマンの妻の国民年金への任意加入の制度はなくなり,届出だけでだれもが加入する。妻は保険料を納めることはせず,夫が厚生年金に加入して保険料を納めていれば,妻も国民年金に加入したとみなされる。
給付水準は,改正時の標準的な年金額を,加入年数が延びる将来においても,横ばいのままとする抑制措置を講じる。そのため,改正時の年齢が若く,加入できる年数が長くなるに応じて,加入1年当りの年金額の単価を切り下げる。国民年金でいえば,改正時に25年加入で月5万円の年金を,加入年数が40年に延びた時点でも月5万円(ただし,物価スライドはあり)のままとする。厚生年金についても,これと似た方法で,20年の移行期間をかけて新制度へ徐々に切り換えていく。
94年の改正では,サラリーマンの年金の支給開始年齢は,2001年から2013年の間に,段階的に65歳に引き上げられることになった。ただし,45年の加入期間があれば,65歳以前でも受給できる。
欧米では,公的年金を補足する企業年金はどの国でも広く普及し,国もその普及発展を育成する方策をとり,従業員の受給権を保護する措置を講じている。日本では,企業の退職給与は伝統的に一時金であったが,1961年の税制改正による適格退職年金,厚生年金保険法改正による66年からの厚生年金基金の発足によって,急速に普及しはじめた。大企業では大多数,中小企業でも相当数が,退職金の全部または一部を企業年金に切り換え,あるいは退職金とは別途に企業年金を設けている。適格退職年金も厚生年金基金も積立方式の運営で,積立金の運用は生命保険会社,信託銀行等にゆだねられる。
日本の企業年金の特徴は,終身年金よりも有期年金の多いことで,10年年金が圧倒的に多い。また,年金に代わる一時金選択を認めるのが普通で,実際にも一時金で受給する者がきわめて多い。企業の採用の動機も,年金の支給よりも,退職金の資金積立てを目的としたものが多い。厚生年金基金は終身年金であることが要件とされ,一般に10年または15年の保証期間が付されている。
個人が老後に備える方法として,個人年金も普及が進んでいる。年金には,生涯にわたり支給される終身年金と,一定期間だけ支給される有期年金とがある。生命保険会社や郵便局は終身年金を取り扱い,銀行や信託の年金は有期年金である。年金の額は,支給の全期間にわたり同額の定額年金と,支給開始後に継続的に金額の増える逓増年金とがある。また,掛金の払込方法は,一定期間にわたり定期的に積み立てるものと,一時払で所定の掛金を支払うものとがある。さらに,掛金の払込みを終了してからすぐに年金の支払われる即時年金と,一定期間を据え置いてから支給される据置(すえおき)年金とがある。
→公的扶助
執筆者:村上 清
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