生体の生命維持のために必要なカロリーの供給不足状態を飢餓という。食物摂取不足などによって、本来必要とされるカロリーを十分に供給することができなくなると、生体は自己を構成する要素を、おもに脂質を分解させて補うことになる。飢餓は低栄養状態とも称することができるが、かりに必要なカロリーは供給されていても、必須(ひっす)アミノ酸やビタミンなどの特定の物質が欠乏している場合があり、これは別に栄養失調とよばれる。成人は基礎エネルギーとして1日1500~1800キロカロリーを必要とし、運動時あるいは寒冷下では約2倍、激しい運動時には約3倍のカロリーを要する。低栄養状態の原因としてもっとも重要なのはタンパク質の不足である。タンパク質は生体を構成する要素であるばかりでなく、代謝調節に必要な酵素も形成しているので、生体内のタンパク質の3分の1以上が消費されると、生命の維持は不可能とされている。ビタミンが欠乏すれば種々の疾病を生じるが、疾病によっては、あるビタミンの必要量をさらに増すことになるものもある。無機物質の欠乏も種々の疾病の場合にみられる。飢餓が長期間に及ぶと、カロリー、タンパク質、ビタミン、無機質の不足をきたし、代謝調節を維持することができなくなり、種々な症状が合併した低栄養状態となる。病理学的には、慢性の栄養不足によるアルブミン(タンパク質の一種)の欠乏によって生ずる浮腫(ふしゅ)を飢餓浮腫とよんでいるが、これは、アルブミン減少のために、血漿(けっしょう)の膠質(こうしつ)浸透圧が低下してできるものと考えられている。この病状は、敗戦直後の日本で、栄養失調症の症状として多くみられたものである。また、飢餓のために全身の組織、臓器の萎縮(いしゅく)がおこるが、脂肪組織、筋に著明で、臓器では脾臓(ひぞう)の萎縮が目だち、さらに血鉄素(ヘモジデリン)の沈着が認められる。
[渡辺 裕]
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…生体は,生命維持に必要なエネルギーを食物の摂取によって得ているが,なんらかの理由で持続的に摂取エネルギーが不足すると,自身の組織構成成分が漸次分解され,体重が減少する。このような状態を飢餓hunger(starvation)といい,それによる死を飢餓死または餓死という。飢餓には食物をまったく摂取しない完全飢餓(水だけ摂取する場合を含む)と栄養の不足または失調による不完全飢餓があり,完全飢餓では,初期のエネルギー補給は筋肉や肝臓に蓄えられているグリコーゲンで行われるが,グリコーゲン消費後も脂肪によって持続的なエネルギーの補給が行われ,ついにはタンパク質も分解される。…
…電子顕微鏡で見ると,細胞体のほとんど全部を占める脂肪滴が特徴的で,その間に少量の粗面小胞体,ミトコンドリア,貧弱なゴルジ装置がみられる。飢餓に陥ると脂肪がなくなり,繊維芽細胞と似た細胞になってしまうが,脂肪細胞の母細胞は一般の繊維芽細胞ではなく,特別に脂肪細胞に分化すべく運命づけられた細胞と考える人が多い。脂肪芽細胞という名称もあるが,細胞の形態だけから脂肪芽細胞と繊維芽細胞を区別することはできない。…
…アルブミンの減少をきたす原因としては摂取の不足と排出過剰とがある。前者は飢餓や栄養吸収障害によるもので,戦時中にみられる戦争水腫,全身衰弱状態にみられる悪液質水腫がある。後者は腎臓疾患などで尿中にタンパク質,とくにアルブミンが異常に大量に排出されておこる。…
※「飢餓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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