シャルル[7世](読み)シャルル

百科事典マイペディアの解説

シャルル[7世]【シャルル】

フランス国王(在位1422年―1461年)。シャルル6世の子。勝利王とも。1420年トロアの和約で王位継承権を英国王ヘンリー6世に奪われたが,アルマニャック派に助けられて英国,ブルゴーニュ派と対抗。1429年ジャンヌ・ダルクによるオルレアン解放後ランスで戴冠(たいかん)。1453年カレー以外の全土から英軍を駆逐して百年戦争を終結。ガリカニスムの確立,戦後財政改革,常備軍設置などにより王権を強化して国民国家への道を開いた。
→関連項目ルイ[11世]

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世界大百科事典 第2版の解説

シャルル[7世]【Charles VII】

1403‐61
バロア朝第5代のフランス国王。在位1422‐61年。勝利王le Victorieuxと呼ばれた。シャルル6世の五男。母イザボーにまつわる出生の疑惑,親英派のブルゴーニュ公ジャン暗殺の嫌疑,トロアの和約による王位継承権からの疎外などの悪条件から,治世当初は非合法の王として,ブールジュを拠点に,ギュイエンヌを除く南フランスを統治するのみであった。1429年,ジャンヌ・ダルクの奇襲により,イギリス軍に包囲されていたオルレアンが解放され,同年ランスでフランス国王として正式に戴冠された。

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世界大百科事典内のシャルル[7世]の言及

【ジャンヌ・ダルク】より

… 百年戦争も後半に入って,フランス王国は再びイギリス軍の侵攻を迎えた。ブルゴーニュ公家と結託したイギリス王家は北フランスを支配し,正統のフランス王シャルル7世は南フランスに退いて,圧倒的に優勢なイギリス王家の軍事力の前に,自暴自棄と無為の生活を送っていた。そこに神の少女ジャンヌが出現して神意を伝え,シャルルを励まし,兵士たちを勇気づけて,オルレアンを包囲したイギリス軍を撃破した(1429)。…

【パリ】より

…実際,市内の建築の約80%が1948年以前に建設されたものであって,現代のフランスを理解するうえでも,ニュータウンを見のがすことはできない。 なお,空港は市の南14kmにあるオルリー空港と,北東25kmにあるシャルル・ド・ゴール空港がある。また,1994年開通のユーロトンネルにより,パリ~ロンドンは約3時間で結ばれることになった。…

【百年戦争】より

…同家によるフランドル領有は,従来の国際関係の様相を大きく変えた。加えてフランス王シャルル6世(在位1380‐1422)の精神疾患は,王政をブルゴーニュ公ほか親族諸公の後見にゆだねた。フランドルの君主としてのブルゴーニュ公初代フィリップ(大胆公)は親英的政策をもって王政を牛耳り,王弟オルレアン公ルイと対立する。…

【ブールジュ】より

…百年戦争中には,1420年のトロア条約により王太子の位を廃された。のちのシャルル7世が,パリからこの地に避難し,〈ブールジュの王〉といわれた。また彼は38年に,ガリカニスムの成立を告げる〈ブールジュ国事詔書〉をこの地で出した。…

※「シャルル[7世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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