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パウエル Powell, Anthony (Dymonk)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パウエル
Powell, Anthony (Dymonk)

[生]1905.12.21. ロンドン
[没]2000.3.28. サマセット
イギリスの小説家。 E.ウォーを思わせる風刺のきいた処女作『午後の男たち』 Afternoon Men (1931) ほかを出版後,一時期ジャーナリズムに関係した。『育ちの問題』A Question of Upbringing (51) に始り『ひそやかな調べを聞きつつ』 Hearing Secret Harmonies (75) に終る全 12巻の連作小説「時間の音楽」 The Music of Timeは,逸話をつなげて上流階級の没落過程を描き,その時代を浮び上がらせるというプルースト風の大河小説で,イギリスの伝統的風俗小説の強みを遺憾なく発揮した大作である。

パウエル
Powell, Bud

[生]1924.9.27. ニューヨーク
[没]1966.8.1. ニューヨーク
アメリカのジャズ・ピアニスト。音楽愛好家の家に生れ,15歳で楽団に入り,1940年代なかばにモダン・ピアノの第一人者となった。しかし麻薬に健康をむしばまれて入・退院を繰返した。 1959年にはパリに移住してクラブなどで演奏した。

パウエル
Powell, Cecil Frank

[生]1903.12.5. ケント,タンブリッジウェルズ
[没]1969.8.9. イタリア,コモ
イギリスの実験物理学者。ケンブリッジ大学を終えて,キャベンディッシュ研究所で研究したのち,ブリストル大学助手 (1928) ,同大学教授 (48) 。 1939年から 45年にかけて宇宙線測定用の高感度写真フィルムを開発,これをアンデス山脈,ピレネー山脈,アルプス山脈などにある高地観測所ならびに気球による宇宙線観測に用い,47年π中間子の存在と,それが分裂してμ粒子とニュートリノになることを明らかにした。これにより 50年ノーベル物理学賞を受賞した。

パウエル
Powell, John Wesley

[生]1834.3.24. ニューヨーク,マウントモリス
[没]1902.9.23. メーン,ヘーブン
アメリカの民族学者,地質学者。南北戦争北軍に従軍したのち,1865年にウェズリアン大学の地質学教授と博物館長を兼任。 67年からロッキー山脈の調査を始め,69年にはグランドキャニオンを小舟で横断。スミソニアン・インスティテューションに民族学研究所を創設,北アメリカインディアンの言語を比較分析した。 70年に国立ロッキー山脈地理・地質学測量部を創設,79年にアメリカ民族学局長,81~92年には地質学局長をつとめた。主著は"An Introduction to the Study of Indian Languages" (1877) ,"Canyons of Colorado" (95) など。

パウエル
Powell, Enoch

[生]1912.6.16. バーミンガム
[没]1998.2.8. ロンドン
イギリスの政治家。フルネーム John Enoch Powell。イギリスの非白人系移民をめぐる発言で物議をかもしたこと,ヨーロッパ経済共同体 EEC加盟に反対の立場をとったことで知られる。ウェールズに祖先をもつ教師の両親の間に生まれた。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで学び,25歳のときにオーストラリアのシドニー大学でギリシア語教授となった。第2次世界大戦中はイギリス陸軍に従軍し,一兵卒から准将にまで昇進した。1950年保守党下院議員となり,いくつかの小さな役職を経て 1960~63年保健大臣を務めた。1968年,イギリスに押し寄せたインド,パキスタン,アフリカ,西インド諸島などからの移民が,イギリス連邦の市民権を根拠にイギリスの市民権を主張している問題を取り上げ,移民の流入は人種間に血みどろの戦いを引き起こすだろうと非難,本国への自主的な帰還を求めた。この発言はのちに「血の川演説」と呼ばれ,これが原因となりパウエルは影の内閣(シャドー・キャビネット)から追放された。1974年から引退する 1987年まで北アイルランドのアルスター統一党選出の下院議員として活動した。"Common Market: The Case Against"(1970),"Joseph Chamberlain"(1977),"A Nation or No Nation?: Six Years in British Politics"(1979)など,歴史書を含む多数の著作がある。

パウエル
Powell, Colin Luther

[生]1937.4.5. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の軍人,政治家。ニューヨーク市立大学在学中の 1958年に陸軍に入隊。2度にわたりベトナム戦争に従軍し,1971年ジョージ・ワシントン大学で経営管理学修士号を取得。ホワイトハウス内の行政管理・予算局 OMBで働き,その後国防省で数々の職務を経験した。レーガン政権下の 1987~89年,ホワイトハウスの国家安全保障問題担当大統領補佐官を務め,ブッシュ政権下の 1989年統合参謀本部議長に就任。軍人の最高位であるこの地位についたのは黒人としては初めてであり,また陸軍士官学校,海軍兵学校を経ずに昇進したのも異例であった。 1989年のパナマ紛争,1990~91年の湾岸戦争では辣腕をふるい,国民の人気を集めた。 1993年退役。 2001年ジョージ・W.ブッシュ政権の国務長官に就任し,2005年まで務めた。

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百科事典マイペディアの解説

パウエル

米国のジャズ・ピアノ奏者。1940年代のバップ世代の一人。1943年―1944年にクーティ・ウィリアムズ楽団に在籍。後に,ニューヨークの進歩的なジャズ・ミュージシャンたちとの共演を通じて,バップのスタイルをモダン・ジャズのピアノにおいて開花させた。

パウエル

英国の物理学者。ケンブリッジ大学を出て,1948年ブリストル大学教授。1936年ごろから原子核乾板の改良に努め,これを使って中性子の陽子による散乱を研究。のちC.M.G.ラッテス,G.S.P.オキアリーニらと宇宙線粒子の研究に移り,高粒子密度の特殊乾板を用い,アンデス,ピレネー,アルプス等の山頂で組織的に宇宙線を観測。

パウエル

米国の地質学者,人類学者。ニューヨーク生れ。南北戦争で北軍に参加。イリノイ大学教授。北米インディアン各種族の言語を分類。コロラド川の探検は有名で,河川の浸食作用について〈浸食基準面〉の考えを明らかにした。

パウエル

アメリカの軍人,政治家。ニューヨーク生れ。ニューヨーク市立大学とジョージ・ワシントン大学を卒業。1958年陸軍入隊,ベトナムと韓国に勤務。1977年‐1981年国防副長官補佐官,1983年‐1986年国防長官補佐官,1987年‐1988年R.W.レーガン大統領の国家安全保障問題担当補佐官。

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世界大百科事典 第2版の解説

パウエル【Bud Powell】

1924‐66
バド・パウエルとして知られるアメリカの黒人ジャズ・ピアニスト。本名Earl Powell。モダン・ピアノのパイオニア。ニューヨークの音楽的な家庭に育ち,幼時からクラシックを習い,高校を中退してプロとなった。最初アール・ハインズとアート・テイタムを手本としたが,1941年ころハーレムのクラブに出入りしているうち,セロニアス・モンクのプレーから多くの示唆をうけ,ビバップイディオムに基づく革新的なピアノ・スタイルを創造して注目を浴びた。

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大辞林 第三版の解説

パウエル【Powell】

〔Bud P.〕 (1924~1966) アメリカのジャズ-ピアニスト。バップ-イディオムに基づく革新的な演奏で、モダン-ジャズ-ピアノのスタイルを完成した。
〔Cecil Frank P.〕 (1903~1969) イギリスの物理学者。高速の荷電粒子にも感光しうる原子核乾板を考案、宇宙線粒子の観測によって湯川秀樹が予言した π パイ中間子の存在を確認したほか、 μ ミユー粒子や多くの重い中間子を発見した。

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