改訂新版 世界大百科事典 「ユリ」の意味・わかりやすい解説
ユリ (百合)
lily
Lilium
ユリ科ユリ属Liliumに属する植物の総称。観賞価値の高いものが多く,単子葉植物中,最も大きな花をつけるもの,強い芳香を放つものを含む。洋の東西を問わず,古来より観賞用,薬用,ときに食用として利用されてきた。ユリの名は,大きな花が風に〈ゆる〉,あるいは球根の鱗片が〈より〉重なるところから変じたものといわれ,漢字の百合も多くの鱗片の重なりぐあいからきたといわれる。
形態と分類
地下部に葉の変形した肉質の鱗片とその中心の短縮茎からなる球根(鱗茎)を形成し,ふつうその上下から根を出す。茎は直立または湾曲し,線形~楕円形の葉を互生または輪生する。花は(複)総状花序につくが,穂状花序状,散形花序状にみえるものもある。萼片と花弁とが同質同形で,花被片は6枚,おしべは6本,めしべは1本で,柱頭は浅く3裂する。葯は花糸の端にT字状につく。花色にはフラボノール系色素による白,カロチノイド系色素による黄,橙,アントシアニン系色素による桃,赤などがある。園芸的には耐寒性秋植え球根の一つであるが,一般に春,茎が伸びるときに花芽分化を行い,初夏~秋にかけて開花,結実して蒴果(さくか)をつくる。
ユリ属には現在までに約96種が知られ,すべて北半球の亜熱帯~亜寒帯に分布している。北アメリカに25種,ヨーロッパに12種,アジアに59種あり,日本にはそのうち15種が数えられるが,とくに観賞価値の高いものが多く,世界的にユリの原産地として有名である。現在,一般に定着しているユリ属の分類法はウィルソンE.H.Wilsonの分類(1925)に基づくもので,花の形態によりテッポウユリ亜属Leucolirion(筒状花,横向き咲き,まれに下・斜め上・上向き咲き),ヤマユリ亜属Archelirion(漏斗状花,横向き咲き),スカシユリ亜属Pseudolirion(杯状花,上向き咲き),カノコユリ亜属Martagon(鐘状花,下向き咲き)の4亜属に分けられている。ユリ属の染色体数はオニユリ(三倍体)を除き,基本的にすべて二倍体で2n=24。
種類により栽培適地が異なるが,概して水はけがよく,かつ適湿を保つ膨軟で肥沃な土壌を好む。上根が発生すること,無皮鱗片(球根が外皮に覆われていない)であることから,直射日光の強い乾燥地を嫌う。したがって植栽はやや深植えとし,根もとに敷きわらなどのマルチングを施すのがよい。テッポウユリ,オニユリ,スカシユリ,ヒメユリなどは日当りのよい所,ヤマユリ,ササユリ,オトメユリ,タケシマユリなどは半陰地を好む。繁殖は実生のほか,木子,鱗片,珠芽(むかご)などによる。
利用
日本におけるユリの記述は,すでに《古事記》や《日本書紀》にあらわれ,《万葉集》以後の文学や美術にもユリをめでたものが多く,古くから人々に愛されてきた花であることがわかる。しかし栽培がやや難しいことなどから,観賞の歴史に比べて栽培・品種改良の歴史は短く,園芸花卉(かき)として広く扱われるようになったのは江戸時代後期になってからである。ヨーロッパでも古く紀元前より人とのかかわりが深く,とくに純白のマドンナ・リリーL.candidum L.(英名Madonna lily,Annunciation lily,Lent lily)はキリスト教が広がるにつれ,これと深く結びつき,処女マリアの貞節,純潔の象徴となり,キリスト教の儀式,祭日の聖花として使われてきた。観賞用としての用途のほか,東アジア地域では球根に苦みのない種類が食用として利用されてきた。オニユリ,コオニユリ,ヤマユリ,ハカタユリ,タケシマユリなどが食用に適するが,日本ではおもに生の鱗片を高級料理に用い,中国ではこれをゆでて乾燥したものを用いる。オニユリの場合,その成分は炭水化物15%,タンパク質,脂肪それぞれ3%程度である。またユリは薬草としての利用価値があり,洋の東西で古くから珍重されてきた。鱗片は火傷,はれものを散らす痛み止め,去痰(きよたん)剤,利尿剤としての効果があるとされ,葉,花,種子などとともに全草が薬用として使われた。
種類
おもなユリの種類には以下のものがある。テッポウユリL.longiflorum Thunb.(英名white trumpet lily,Easter lily)は花型がかつてのらっぱ銃に似ているところからつけられた名で,長さ15cmほどで純白色。ほのかな芳香を漂わせる。ユリの代表的な種類で,奄美・沖縄諸島などに自生する。ヨーロッパやアメリカでは19世紀以降,復活祭用としてマドンナ・リリーにとってかわり,クリスマスや冠婚葬祭になくてはならない花となっている。日本でも促成切花をはじめ,鉢植えや庭園植え用として一年を通じて栽培される。タカサゴユリL.formosanum Wallaceとの交雑による新テッポウユリも出回っており,これは実生から1年以内に開花する。ササユリL.japonicum Thunb.ex Houtt.(英名Japanese pink lily)は美しいピンクの花色をもつ日本特産のユリで,和名はササによく似た,光沢のある葉からきている。日本の古文献に現れるユリの多くは,このユリと考えられる。花は漏斗状,少数の葉を散生し,優雅で清楚(せいそ)な感じを与える。関西を中心に分布するが,福島,山形,新潟の丘陵~高山帯には,よく似たオトメユリL.rubellum Baker(英名rosy lily)が分布している。ヒメサユリとも呼ばれ,ササユリよりやや小型であるが,ユリのうちでは最も早咲きで,東京付近では5月上・中旬に咲く。リーガル・リリーL.regale Wils.(英名royal lily,regal lily)は中国四川省の高地に産するが,栽培がひじょうに容易で,ウイルス病にも強い。紫褐色を帯びた白色,らっぱ型の花を開くが,ローヤル・ゴールドcv.Royal Goldという全面黄色の園芸品種もある。自家受粉で容易に種子が採れ,実生も容易。ヤマユリL.auratum Lindl.(英名golden-banded lily,Japan lily)は日本の特産で東北~関西地方の山地に分布する。ユリの王者ともいうべきもので長さ二十数cmという巨大な広漏斗状花を開き,その強烈な香りは密室ではむせかえるほどである。白色地に弁央に淡黄条が入り,多数の斑点がつく。変種のサクユリvar.platyphyllum Bakerは伊豆諸島に分布し,ヤマユリよりさらに大きく肉厚の花を開く。イワトユリL.maculatum Thunb.はスカシユリとも呼ぶが,花被片の基部が細くなって花が透けるからである。本州中部以北の海岸近くに自生するが,北海道には変種のエゾスカシユリvar.dauricum (Ker-Gawl.) Ohwiが分布している。やや大柄な杯状花で,径12~14cm,橙赤色地に多数の斑点が入る。多くのスカシユリ園芸品種群のおもな交配親と考えられている。ヒメユリL.concolor Salisb.(英名star lily)は小型の花をもつ繊細なユリで,本州,四国,九州,および中国大陸にかけて分布する。古くから栽培され,切花や鉢物に利用される。星形,上向き咲きで径6~8cm。朱赤色のほか,黄色花もある。葉は細く狭披針形~線形。カノコユリL.speciosum Thunb.(英名show lily,brilliant lily)は四国,九州,台湾北部,中国江西省に分布し,とくに鹿児島県の甑(こしき)島は自生密度が高い。七~十数輪の花をつける。白地に紅色の斑が入るが,純白色の変種もある。花被片は強く反り返る。オニユリL.lancifolium Thunb.(英名tiger lily)はおもに食用として利用されてきた種類で,〈鬼百合〉はその強壮な性質にちなんでつけられた。現在は日本全土に分布しているが,元来は古く中国から食用作物として伝来したものらしい。葉腋(ようえき)に多数のむかご(珠芽)をつけ,これによる繁殖が容易である。盛夏のころ,1茎に20輪近くの中型,橙色の花をつける。花被片は大きく反り返る。よく似たコオニユリL.leichtlinii Hook.f.var.maximowiczii (Regel) Baker(英名maximowicz's lily)は二倍体で,通常むかごを生じない。オニユリと同様,日本全土に分布,朝鮮にもある。またクルマユリL.medeoloides A.Gray(英名wheel lily)もユリ属のものである。なお,クロユリやウバユリはユリの名がついてはいるが,別属の植物である。
ユリの種間交雑は亜属間でも多く行われ,多様な花型をもつ交雑品種が生み出されている。おもなグループに次のようなものがある。(1)アジアティック・ハイブリッドAsiatic Hybrids イワトユリ,エゾスカシユリ,オニユリなど,おもにアジア原産のユリで,花色がカロチノイド色素からなるユリどうしを交雑したもの。花は上向き~下向きで反り返るものまでを含む。代表的な品種にスカシユリ類,エンチャントメントEnchantmentなどがある。(2)オリエンタル・ハイブリッドOriental Hybrids ヤマユリ,カノコユリ,ササユリ,オトメユリなどの交雑によるもので,花型は筒状~扁平で反り返るものまでがある。大型で芳香の強いものが多い。品種にジャーニス・エンドJourney's End,レッド・エースRed Aceなどがある。(3)オーレリアン・ハイブリッドAurelian Hybrids おもに中国原産の,リーガル・リリー,リリウム・サルゲンティアエL.sargentiae Wilsonなどの筒状花のユリ,およびキカノコユリの交雑によるもので,筒状~扁平な星状,反り返るものまでを含む。高性で強健なものが多い。
執筆者:浅野 義人
象徴,伝承
バラとならんでユリは古くから多くの国で知られていた。ギリシア神話によると,アルクメネは夫の留守にゼウスとひそかに契り,ヘラクレスを生む。ゼウスの妃ヘラは夫の不実を知り,そのためこの子を憎んだ。ところでゼウスはたくましいわが子に不死を与えるため,ヘルメスをつかって幼児ヘラクレスをヘラの寝ているところへやり,その乳を飲ませた。ヘラクレスは猛烈な勢いで乳を吸ったのでヘラは目をさました。ヘラはこれに気がつくと腹を立て,手荒く乳房を引きはなした。その拍子に乳がほとばしって天と地に散った。前者が天の川になり,地上に滴ったところからユリが生えたという。ローマ人も女神ユノ(ギリシアのヘラ)の聖花としてこれを賛美し,希望のシンボルであると同時に王位継承者の印ともなった。古代ローマの貨幣の多くにユリは〈ローマ民衆の希望〉という銘といっしょに刻印されている。
ユリはその楚々とした姿,とりわけ清らかなその白い色のため古来尊ばれた。古代イスラエルではユリは純潔と清らかさのシンボルとされ,《雅歌》など旧約聖書中にも多く言及されている。ユリを純潔のシンボルとすることはキリスト教もそっくり受け継いでいる。中世に白ユリは純潔と処女性の宗教的シンボルとされ,とくに聖母マリアの持物(アトリビュート)になった。絵や彫刻にそれが多く見られるだけではない。カトリックの国では祭日にマリア像がユリで飾られるのが普通である。ユリはまた,ドイツの中世初期に薬用植物として修道院の庭によく植えられた。ギリシアでも婦人病の薬とされたが,ドイツでもユリ根を食べるとお産が軽くなるといわれる。スロバキア人の間でもユリ根を刻んで煮たものは陣痛をやわらげるといってよく利用された。
さて,ユリはフランスのブルボン家の紋章になっているが,その由来はこうだ(ただしブルボン家の紋花fleur-de-lisをユリではなくアイリスと解する説もある)。フランク王家の開祖クロービス(在位481-511)がアラマン族と戦い,苦戦したときのことである。味方は敵の攻勢を支えきれず危うく敗走しそうになった。彼は熱心にイエスに祈り,もしも自分が勝利者としてこの戦いを終えることができたらキリスト教徒になることを約束した。すると天使が現れ,ユリを渡してこれを武器として子孫に伝えるようにと指示した。するとクロービス軍の士気はにわかに上がり,果敢な抵抗の末アラマン族を敗退させた。クロービスは感謝の心から多くのフランク人とともに洗礼を受けた。以来ブルボン家は白ユリを尊び王家の権力の印がユリで飾られることになった。1197年に初めてフランスの王家の紋章としてユリが登場したとされ,ルイ9世は十字軍遠征の際に三つのユリでその旗と紋章を飾った。
ユリは上にのべたように純潔,謙虚さ,やさしい心,美のシンボルである反面,死,悩み,心痛のシンボルでもある。ドイツでは墓地のユリは,生きている者への死者からの挨拶だとか,無実で死んだ者の復讐(ふくしゆう)を告げるものだとかいわれる。
執筆者:谷口 幸男
ユリ科Liliaceae
単子葉植物の中では大きな科の一つで,約250属3500種を含む。全世界に広く分布するが,温帯から亜熱帯に多く,林床の日かげから乾燥した砂漠地帯まで,いろいろな生態環境に適応,放散的に分化している。単子葉植物の中では最も基本的な花の構造をもっており,アヤメ科,ラン科,サトイモ科,イグサ科など他の多くの科がユリ科から派生したと考えられている。
草本,まれに木本(アロエの仲間など)。葉は通常互生し平行脈をもつが,サルトリイバラ属やエンレイソウ属では網状脈が発達する。地下茎には鱗茎となるもの(ユリ属など),球茎となるもの(ネギ属など),長い匍匐(ほふく)茎となるもの(チゴユリ属など)などいろいろな形態がある。花は3枚ずつの外花被と内花被をもち,おしべは6本で,子房は3室である。通常,子房上位で側膜胎座。果実は蒴果または液果。シュロソウ属やチシマゼキショウ属では蒴果を構成する3枚の心皮の合着が不完全で,心皮の縫合面にそって果実が裂ける。この性質からユリ科の中で最も原始的な属とみなされている。
美しい花をもち,観賞用に栽培される植物が多い。ユリ属,チューリップ属,ヒアシンス属,アガパンサス属,ムスカリ属,キスゲ属,ギボウシ属,カタクリ属,スズラン属などはその代表的なものである。とくにチューリップ属では人工交雑による品種の育成がすすんでいる。オモトやハランのように観葉植物として栽培化されたものもある。ネギ属は多くの食用植物を含んでいる。ネギ,ニラ,アサツキ,ノビル,リーキは蔬菜(そさい)として利用され,タマネギ,ラッキョウ,ニンニクは球茎を食用とする。キジカクシ属のアスパラガスは若い茎を食用とする。このほかキスゲ属,ギボウシ属などのように山菜として食用とされるものもあるが,作物として栽培化されるにはいたっていない。薬用植物としてはアロエが著名で,広く栽培され民間薬として利用される。このほかユリ科ではイヌサフラン(コルキカム),カイソウ(海葱),シュロソウ属(藜蘆(れいろ)),バイモ,ジャノヒゲ(麦門冬),サルトリイバラ属(土茯苓)などが薬用植物として広く利用される。
執筆者:矢原 徹一
ユリ (ゆり)
日本音楽における装飾的技法,あるいは,その旋律の称。揺,由里,淘とも書く。声にも楽器にも存在する。ただし,イロ,フリ,ツキなどの名で呼ばれる装飾技法などとの区別は,かならずしも明確ではない場合がある。しかし,ナビキとかギンなどというビブラートとは,はっきり違うといってよい。つまり,ユリは,直接的に音高を波状に進行させるものであり,かつ,多くの場合,最小単位が確定していて,一つ,二つ,三つなどと数えることができる装飾技法なのである。ユリはまた,一つの分野の中でも,何通りもの唱法,奏法に細分されたり,ほかの技法と結合したりするので,旋律そのものと,それらの名称との相関関係は,いっそう複雑になる。
雅楽では,ユリの語をあまり多用しないが,管楽器に由(ゆる)があり催馬楽(さいばら)に容由(ようゆ)/(ようゆう)がある。この容由は,入節(いりぶし)との区別がややあいまいである。声明(しようみよう)では,多くの流派でユリを用い,もっとも代表的な旋律型となっていて,ユリを用いないところをわざわざ〈スグ〉と明記しなければならないほどである。各種のユリに細分し,それぞれ固有の名称を与えるのがもっとも目立つのもこの分野といえよう。平曲や謡(うたい)でも各種のユリが区別されるが,とくに謡の場合は,実際の旋律と名称との対応関係が,流派によって異なることがあるので注意が必要である。狂言謡には,小歌という謡を特徴づける特別なユリがある。また能の笛(能管)には,クリという謡事の末尾で,謡の本ユリなどにあわせて吹くユリがある。
三味線音楽では,古浄瑠璃にユリ,ツキユリ,三ツユリ,七ツユリ,本ユリなどの語があり,これらが現在の義太夫節,一中節,河東節などに受け継がれ,それぞれ独自に発展している。ただし,これら現在の浄瑠璃のユリは,かなり規模が大きく,旋律の形も単純な波状ではないし,一ツユリを3回繰り返すのが三ツユリ,7回繰り返すのが七ツユリなどというものでもない。地歌(じうた)の三味線では,スリの技巧を反復するものをユリという場合があり,箏では,撥弦(はつげん)後の余音を,左手の押シ手によって上下させる技法をユリイロなどと称している。
執筆者:蒲生 郷昭
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