建物や敷地などの周囲を囲むように作られた工作物や植栽で,材料,形式によって多くの種類がある。塀もほぼ同じ意味で使われ,築地(ついじ)は築地塀あるいは築垣(ついがき)とも呼ばれた。一般に,板塀や土塀のように表面が連続して平滑な面をなすものを塀,間隙の多いものを垣と呼ぶ傾向がある。柵も垣の一種であるが,角材や丸太をまばらに建てて,横木で連結したものを指して多く使われる。全く同一のものを,場合によって,垣,塀,あるいは柵と呼ぶことも少なくない。
日本における木造の垣の古い形式は,伊勢神宮の神殿の周囲に見られる。最も内側にあるのは,厚板を密に縦に並べた〈瑞垣(みずがき)〉,つぎは角材を柵状に組んだ〈内玉垣〉,さらに丸太を柵状に組んだ〈外玉垣〉があり,最も外側に板塀状の〈板垣〉がある。先端を三角形にとがらせた厚板を密に縦に並べた瑞垣は,春日大社などで用いられ,また中世の絵巻物にも多く描かれているので,古い時代の神社では非常に多く用いられたと考えられる。しかし神社でも,寺院建築の回廊の影響を受けて,壁面に格子をはめこみ,上に屋根をかけたものがしだいに多く用いられるようになり,これは瑞垣,玉垣,あるいは透塀(すきべい)と呼ばれる。古代の宮城や寺院の周囲の垣には築地が多く用いられた。これは当時は築垣あるいは大垣と呼ばれたが,枠を組んで土を層状に突き固めた上に屋根をふくもので,大陸伝来の技術である。平安時代から鎌倉時代にかけての貴族住宅の様式である寝殿造では,敷地の周囲に築地をめぐらすほか,建物の周囲や庭の仕切りに多くの種類の垣が用いられた。そのうち,檜垣(ひがき)はヒノキの薄板を網代(あじろ)のように編んだものを木製の枠に張ったもの,透垣(すいがき)は割竹を縦に編むように木製の枠に張ったもので,立蔀(たてじとみ)(格子に薄板を張ったもの)とともに建物の近い周囲に多く用いられた。そのほか中世の武士や庶民の住いなどでは,枝つきの木を人字形に組んだ鹿垣(ししがき)や柴垣,竹を編んだ垣,木枝や竹を格子状に組んだ籬(まがき),種々の樹木を植えた生垣(いけがき)が多く用いられた。
江戸時代の城下町につくられた武家屋敷でも,屋敷の周囲には,築地のほかにいろいろな生垣が用いられた。生垣に用いられた樹木の種類は非常に多いが,イヌマキ,ヒイラギ,スギ,モチノキのような常緑樹が好まれ,各種の竹も多く植えられた。ムクゲも花の美しさと栽培が容易なために多く用いられた。農家の屋敷の周囲にも生垣があったが,一般に都市の生垣よりも丈が高くつくられて防風の役目を兼ねることが多く,それを枝堰(しせき)と呼ぶことがある。農村にはまた,馬の放牧地の境の垣である馬塞(ませ)や,猪や鹿の害を防ぐために耕地の周囲にめぐらす鹿垣があった。垣の意匠の著しい発達は,桃山時代以降の茶室や数寄屋造の普及とともに見られ,これらは主に竹や樹木の細枝を材料として,自然らしさと意匠の洗練を目的としたもので,桂垣(かつらがき),建仁寺垣,矢来垣,光悦垣など,多くの種類がある。桂離宮の周囲に用いられている竹垣のように,生きたままの竹の幹を折り曲げて編むようなものもあった。袖垣(そでがき)は建物に接してつくられる小規模な垣で,竹や木枝を材料とする。
一方,恒久的な材料を用いる垣としては石垣や石柵がある。石材を用いずに土を土手状に敷地の周囲に積んだものも城郭や寺院などに多く用いられたが,これらは一般に土居(どい)または土塁(どるい)と呼ばれることが多く,そのなかで芝を植えて崩れないようにしたものを芝垣(しばがき)と呼ぶこともあった。以上のように,垣の本来の目的は,ある場所を囲って,人や獣の侵入,のぞき見,風害などを防ぐことであるが,神聖な場所を囲う場合や,美観を主にする場合もある。したがって,日本の垣根の名称には,材料や形式を指示するもののほかに,神聖なものを意味する場合や,美称であるものがかなり多い。瑞垣,玉垣,斎垣(いがき)/(いみがき)は,神社・寺院・墓地などに用いられる垣で,特定の形式を指すものではない。日本以外の地域でも,その風土や歴史に従って多くの形式の垣が見られる。ヨーロッパの都市の城壁も,中世では木柵と土塁を併用したものが多く,たとえばイタリアのミラノでは14世紀に石造の城壁に取り替えられたが,オランダなどではルネサンス以後も木柵をめぐらした都市が見られた。一般的にいえば,日本の垣の特色は,木材や竹材を主な材料として,非常に洗練された多様な形式を発達させたことと,生きた樹木や竹類を用いた生垣を非常に愛好することにあると考えられる。
執筆者:大河 直躬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
宅地や土地、庭園などをくぎるため地上に設けられる工作物。塀では人の侵入を拒否し、見通しは完全に妨げられているのに対し、垣では人が侵入のできる場合が多く、見通しもまたしばしば可能である。塀では木、土、石がおもな材料であるが、垣ではタケ、シバ、ハギ、掘立て柱などを用いる。元来、垣とは、伊勢(いせ)神宮などの神社にみられる玉垣、瑞垣(みずがき)のように聖域の区画を目的としたものだが、室町時代から桃山時代にかけ、現在のように広く一般的に用いられるようになった。
[中村 仁]
垣の種類はきわめて多い。その果たす機能で分けると、内垣(庭園内などで地面のくぎりに用いる)、外垣(宅地の外周に設け、境界にする)、袖垣(そでがき)(目隠し、区画などに用いる)の3種類になる。外垣は囲垣(かこいがき)ともいい、高く堅固につくられているが、内垣(仕切り垣とも境垣(さかいがき)ともよばれる)は比較的低い。袖垣は書院造などでは高くて長いが、平屋造では低く簡易につくられている。今日の日本の庭内に用いられている垣は、おおむね、茶庭用に茶匠や庭師が案出したのを受け継いでいる場合が多く、その用途も構造も一様ではない。
たとえば、袖垣の一つの網代垣(あじろがき)は、柱巻きをハギ、中の網代もハギで編み、高さを約5尺5寸(1尺は約30.3センチメートル)、幅を2尺5寸とする。しかし、片袖菱垣(ひしがき)では、柱巻きはクロモジ、中の菱はクロモジの枝で組む。片袖蓑垣(みのがき)では、クロモジを束ねて結び、下部は角割り四つ目を結ぶ。建物との取り付け柱に皮付きクヌギ丸太を用いることから、数寄屋(すきや)建築の居間や寄付(よりつき)にふさわしいとされている。また、糸捲(いとまき)袖垣は、クロモジの太い枝を親骨として蕨(わらび)縄で巻き付けるもので、高さ4寸5分、幅1尺5寸余を基準とする。
このほか垣は、種々の材料を用いて構成されている。石材を用いた石垣、樹木を並べ植えた生け垣、およびタケ材を編んだ竹垣に分けられる。石垣は、古くから城壁などとして使われており、長年の風雪にも耐え現存している例もある。生け垣には、刈り込みに適したボケ、ツツジ、サツキ、ジンチョウゲなどの花木や、つる性のバラなどが用いられることが多い。竹垣には、さまざまな形式のものが考案されており、日本独特の情緒を醸し出すのに寄与している。
竹垣でもっとも有名なのは京都の桂離宮(かつらりきゅう)にみられる桂垣である。これは、ハチクの枝と先のとがった二つ割りとで表裏から組み合わせたもので、外から見て美しいうえ、外側に対する防衛にも役だつ。このため宅地の外周のほか、庭園の周囲や中仕切りなどにも多用される。とくに桂離宮の桂垣は、自然のまま大地から生えたタケを曲げて槍(やり)形にしたものとして珍しい。
もっとも一般的な竹垣に四つ目垣と建仁寺垣(けんにんじがき)がある。四つ目垣は、柱(スギ丸太)を一定間隔で直立させ、それに横木(胴縁(どうぶち))を当て、そこへ立子(たてこ)(マダケの丸竹)というタケ材を直立させ、棕櫚(しゅろ)縄で結束したもので、胴縁を3段にする三通りから五通りまであるが、三、四通りが一般的である。胴縁の割間(わりま)(間隔)は通常、最上段を1.5、最下段を0.5、その間を1の比率で割り付ける。ほかに、上から1段目と2段目の胴縁間隔を基準に、立子の上部を2.5倍に残した江戸間割、1.5倍に残した京間割もある。
一方、建仁寺垣は、長い垣に用いられ、四つ目垣よりもはるかに手がこんでいるため、費用は高くつく。両端の留柱(とめばしら)、その中間の間柱(まばしら)に胴縁を4~5段ほど横に留め、マダケを半分に割った幅3センチメートル程度の立子を用い、すきまなく並べる。その上にさらにマダケを半分に割った押縁(おしぶち)を胴縁にあわせ、棕櫚縄で結束する。立子の上部には、タケを半分に割った玉縁(たまぶち)というものを雨よけとしてのせ、結束する。
このほか、檜垣(ひがき)、鉄砲垣、黒文字垣、大徳寺垣、矢来垣(やらいがき)、光悦垣、龍安寺垣(りょうあんじがき)、銀閣寺垣などがある。
[中村 仁]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…木,竹,土,石,煉瓦,コンクリートなどを用いて構築し,人や動物の侵入を防ぎ,あるいは見通しを妨げ,ときには防火・防音の役割も果たす。元来は屛の字を用い,蔽(おおい)の意で,門の内または外に目隠しのために建てた垣をいった。また,特に板塀を指すこともあった。…
※「垣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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