学生や家計が教育機関に対して支払う教育に対する対価である学生納付金(学納金)のうち,授業を受けるための基本的な対価を指す。日本の国公立の教育機関においては,授業料は営造物の使用料とされている。私立の教育機関では,入学・修学等は利用者と設置者の契約関係とされる。授業料の範囲は,設置者や時代によっても異なっている。学納金には,授業料以外に入学金や施設整備費や実験実習費など,教育機関が提供するサービスに対する対価としてのその他の学納金などが含まれているが,学納金の大部分を授業料が占めるために,学納金と授業料を厳密に区別せず用いられることも多い。とくに国立大学では施設使用料や実験実習費などの学納金は徴収されておらず,入学金を除けば授業料と学納金はほぼ等しくなる。とくに第2次世界大戦前には入学金が少額であったため,授業料と学納金はほぼ同じ意味として用いられた。このように授業料と学納金の区別は実際には厳密なものではなく,授業料は授業に対する対価だけではなく,大学が提供するサービスも含むとみなされる場合が多い。
[各国の授業料]
[イギリス] イギリスの大学(授業料)はかつて無償であったが,1998年より授業料を導入し,ゼロから1000ポンドまでとされた(家計の所得により異なる)。さらに,2006年より最高3000ポンドに値上げされたが,この大幅な値上げが低所得層の教育機会に大きな影響を与えると考えられ,論争になった。その結果,最低300ポンドの大学独自給付奨学金(bursary)の創設を義務づけ,平で約1000ポンドが支給された。2011年より授業料はさらに3倍値上げされ,最高9000ポンドになっている。このようにイギリスは,授業料無償から急激に私的負担の重い状況に変化している。また授業料はすべてローンとなっており,卒業後に所得に応じて支払う制度となっている。なお,スコットランドでは授業料は徴収されていない。
[オーストラリアの大学(授業料)] オーストラリアは1989年に,高等教育貢献拠出金制度(オーストラリア)(Higher Education Contribution Scheme: HECS)というきわめてユニークな制度を導入した。HECSは授業料相当額の卒業後後払い制度で,実質的には無利子ローンである。しかし,高等教育を受けた者がその費用を一部負担する,すなわち貢献するという理念に基づいており,授業料や無利子ローンとは呼んでいない。HECSがユニークなのは,支払額を所得により決定する所得連動型返済であることと,表のように三つのバンドにより授業料相当額が異なり,その額は教育費用ではなく,将来の所得に対応して設定されていることである。たとえば,最も高いバンド3には教育費用が比較的低い法学(法律)や会計学や商学,経済学などの社会科学と,医学,歯学,獣医学など高費用の領域が含まれている。
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[アメリカ合衆国の大学(授業料)] アメリカの高等教育は多様性に富み,授業料についてもばらつきが非常に大きい。平で語るのは難しいが,全米教育統計局の公式統計によると,2015~16年度平で公立4年制大学では州内学生授業料約8800ドル,州外学生授業料約2万4000ドルとなっている。私立非営利4年制大学では約2万8000ドル,私立営利4年制大学では約1万6000ドル,公立2年制大学通学生約3000ドル,州外学生約7400ドルとなっている(Digest in Education Statistics 2017)。ただし,これは定価授業料であり,高授業料・高奨学金政策により,学生が実際に支払う授業料は大学独自給付奨学金(アメリカ)(institutional aid)によって大幅に割引(ディスカウント)されている。この割引率も大学による差が大きいが,2015年の私立大学平では約4割にも達している。また,連邦政府や州政府あるいは民間団体による給付奨学金などが充実しており,学生が実際に支払う授業料はさらに低くなっている。
[ドイツ] ドイツの大学(授業料)は州立がほとんどで,1960~70年代にすべての州で授業料無償制となっていた。しかし2005年1月に,全ドイツ一律に授業料無償を定めた連邦の大学大綱法は違憲であるとの連邦憲法裁判所の判決が下り,無償制から有償制への動きが起きた。一部の州では,長期在籍者や2度目の学修者(大学修了後に別の専攻への再入学者)あるいは外国人学生や聴講生から授業料を徴収しはじめた。標準修業年限に加えて4学期(2年)以上在籍する学生に,大半の州では1学期あたり500ユーロを徴収し,さらに一部の州では一般学生に対して授業料が導入されたが,額は500ユーロ以下でさまざまであった。しかし,2013年以降再び無償化の動きが起き,17年現在すべての州で無償となっている。また,授業料が高等教育への進学機会を阻害しないように,連邦奨学金制度とともに,各州が授業料融資を目的とした貸付制度を提供している。
[中国] 中国の大学(授業料)進学率は過去20年の間に驚異的な上昇を遂げ,2014年現在25%とマス段階に入っている。急激な高等教育の拡大は,高等教育の質の低下と授業料の高騰と教育機会の格差の拡大をもたらしている。授業料は,1980年代に企業からの委託学生などから徴収されはじめ,97年にはすべての学生から徴収することとなり,その後も高騰が続いた。これに対して中国政府は,国公立大学の授業料の上限を5000元と設定しているが,例外も多い。また高等教育の急激な拡大に学生支援制度の拡充は追いついていなかったが,急速に整備が進められている。中国では元来,優秀者に支給するという成績基準(メリットベース)による奨学金が主流で,学生への経済的支援は充実していなかった。しかし,1990年代に学生の経済的必要性に基づく(=ニードベース)助学金(中国)や助学ローンを導入し,2000年代後半には給付奨学金やローンをさらに強化している。
[韓国] 韓国の大学(授業料)は日本と同じように,私立大学が学生数で7割以上と大きな割合を占めている。大学進学率は2000年代前半に8割を超え,それ以降はあまり変わっていないものの,世界でも有数の大学進学率となっている。韓国の大学の学生納付金(学納金)は登録金(韓国)と呼ばれ,入学金と授業料と既成会費(期成会費とも)からなる。登録金は国立大学では既成会費の比重が大きいなど,大学によりやや差は見られるが,ほとんどの大学で上記の三つの学納金を徴収している。登録金はソウル地区の国公私立大学で他の地域よりかなり高くなっており,私立大学では800万ウォン,国立大学でも600万ウォン以上徴収している大学もある。
韓国では国公立大学を含め,登録金の設定は大学に決定権がある。2000年代前半に大学登録金の高騰が続き,大きな社会問題となった。これに対して,ソウル市立大学の登録金半減を公約とした候補が2012年に市長に当選し,登録金を半減した。この動きはほかの大学にも波及してきている。高騰する登録金に対し,授業料減免制度以外の奨学金(韓国)制度は立ち遅れていたが,2008年から大幅な奨学金制度の改革が行われ,給付奨学金や所得連動型ローンが導入された。政権交代にともない,高等教育政策が激しく変化するのが韓国の特徴である。
[授業料の比較] このように多くの国では授業料と給付奨学金はセットであり,授業料単独で比較すると誤ることに注意が必要である。とくに高授業料・高奨学金政策の場合には,定価授業料ではなく,純授業料を見る必要がある。
著者: 小林雅之
参考文献: 広田照幸ほか編『シリーズ大学3 大学とコスト』岩波書店,2013.
参考文献: 小林雅之「家計負担と奨学金・授業料」,日本高等教育学会編『高等教育研究』第15集,2012.
参考文献: 小林雅之編著『教育機会等への挑戦―授業料と奨学金の8カ国比較』東信堂,2012.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
教育を受ける対価として教育機関に支払うべき使用料。江戸時代の幕府の直轄学校および各藩の藩校の教育は,国家あるいは藩のためのものと考えられ,教育を受ける個人から授業料を徴収することはなかった。福沢諭吉はこれを沿襲の弊とし,〈身を立るの財本〉すなわち〈国民の私の教育〉の性格を強調して,授業料の支払を積極的に意義づけた。そこには,授業料の支払によってだれもが教育の機会を得られるようになるとの把握があり,身分的特権的な教育制度を打破し,近代的な教育制度をうちたてようとの主張が表明されていた。この主張は1872年(明治5)の学制の中に反映されている。これとは対照的に85年初代の文部大臣となった森有礼は,国家に対する国民の教育義務の一部として,義務教育における授業料の支払を課した。19世紀末から労働運動の高揚とともに無償教育の要求が登場し,雑誌《労働世界》は〈教育は人類社会の公有物なり,何人と雖(いえど)も之(これ)を私すべからず〉と主張,西川光二郎は授業料徴収が労働大衆の教育機会を妨げ,教育を〈一商品たらしめて〉いると批判した。日本において義務教育学校の授業料が廃止されたのは1900年の小学校令改正以降である。
なお,国立大学における授業料は,〈授業料〉とは称しているが,その現行水準は授業の対価としての実質を伴っていない。国立大学協会は国立大学の授業料について,〈大学の施設およびサービスを有効に利用すべき社会的責任を遂行する意思を定期的に確認するために徴収される“使用料”〉とする見解を公表している。
執筆者:黒崎 勲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…公教育における教育費負担の原理としては,教育のもたらす利益を公的なもの(社会全体の政治的経済的文化的発展への寄与)と私的なもの(個人の生涯所得の増加)とに二分し,私的利益に対応する部分は受益者である学生生徒およびその家庭の負担とすべきであるという考え方(受益者負担主義)と,教育を受ける権利の保障および教育の機会均等の実現のために学校教育費と社会教育費のすべてを公費負担とすべきであるという考え方(無償教育=公費負担主義)がある。日本国憲法26条は〈義務教育は,これを無償とする〉と規定しているが,無償の範囲が義務教育の授業料不徴収にとどまるか否か,高等教育の教育費負担のあり方に対してはいかなる意義を有するのかについて広く見解が分かれている。 教育費の存在はきわめて古くから見いだされ,たとえば前4世紀のギリシア社会において弁論術を教えるソフィストたちの授業料が高いことが問題になっている。…
※「授業料」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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