星神社(読み)ほしじんじや

日本歴史地名大系 「星神社」の解説

星神社
ほしじんじや

[現在地名]北川村木積

木積こつも集落の東方、デヌケ山の山中鎮座祭神は天御中主命・高皇霊神・神皇霊神。北川郷のうち木積・西谷にしだに長山ながやまそううえ柏木かしわぎの五集落の鎮守とされ、三社妙見(二社妙見三社牛頭天王とも)とよばれた。旧郷社。

神仏分離以前は近くに天徳山高法こうほう寺という寺(本尊観音菩薩)があったが、廃寺となり以後通夜堂とされたが焼失。その後観音堂のみ再建され、本尊妙見菩薩を安置した。現在星神社では偶数年の正月八日に弓祭(県指定無形民俗文化財)が執行されるが、地元ではこれを高法寺の弓祭と称している。


神社
ほしつじじんじや

[現在地名]男鹿市北浦湯本

湯本ゆもとの小丘陵上にあり、杉木立に囲まれて社殿が建つ。祭神は天御中主神・宇迦之御魂神など。旧村社。かつては妙見大菩薩を安置し、妙見みようけん堂と称され村の鎮守であった。坂上田村麻呂建立という伝説がある。「絹篩」によれば、境内二九〇間四方、四月と八月の一八日に祭礼が行われていた。

漁労や舟頭を業とする男鹿の村人は北辰を神化した妙見信仰に厚く、別当の修験常楽院は湯本はじめ東西十数ヵ村の漁村かすみとしていた。


星神社
ほしじんじや

[現在地名]土佐山田町本村

集落の東、西を後入ごうにゆう川、東を稲葉いなば谷によって限られる佐岡東さおかひがし台地北方山際に鎮座する。祭神は天御中主神・高御産巣日神・神産巣日神。旧郷社。

「南路志」に「三体妙見宮、社地八代、社人長太夫、別当楠目村吉祥寺、祭礼九月十九日」とあり、柳瀬貞重筆記を引いて、佐岡村住の吉川甚吾の先祖が京都よりこの地に移住した折、屋敷の後ろに、自身が背負って来た神体を祀ったと記す。


星神社
ほしじんじや

[現在地名]西区上小田井一丁目

主神大己貴命に天香香脊男神・牽牛織女配祀する。旧村社。江戸時代の諸書に、星ノ宮・星ノ社・星大明神社と記し、古来、眼病者の信仰が厚い。当社の鎮座地の字が坂井戸さかいどであったところから、「延喜式」にみえる「坂庭さかにはの神社」であると天野信景が主張し、神社側としても度度寺社奉行所へ訴えているが、受入れられるところとはならなかった。


星神社
ほしじんじや

[現在地名]岩井市神田山 下

神田山かどやま集落南西端、菅生すがお沼を望む台地に鎮座。祭神磐裂命・根裂命。後に経津主命を配祀。神田山の土豪名越氏の氏神と伝える。名越氏は応永年間(一三九四―一四二八)に土着し、後に星神社を奉じた。万治年間(一六五八―六一)野田氏が横土手の請負築造の際に当社に祈願して成就したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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