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曲水の宴 きょくすいのえん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

曲水の宴
きょくすいのえん

平安時代に朝廷や公家の間で行なわれた年中行事の一つ。「ごくすいのえん」「めぐりみずのとよのあかり」ともいう。曲水は,山麓,樹林,庭園を曲がりくねって流れる水。3月上巳または 3月3日の桃の節供に,参加者各自が曲水に臨んで着座し,上流から流されるが自分の前を通り過ぎる前に詩歌を詠じ,杯を取り上げて酒を飲み,別堂で宴を開いて詠んだ歌を披講した。『日本書紀』のなかで顕宗天皇1(485)年3月上巳の条に後苑で行なわれたと記されているのが初見。宮廷行事としては,平城天皇の大同3(808)年に一時停止されたあと,村上天皇康保3(966)年に復活し,貴族の邸宅でも開かれるようになったが,戦国時代には行なわれなくなった。今日では,京都府京都市伏見区の城南宮で 4月29日と 11月3日に,江戸時代に描かれた京都御所の江戸時代の杉戸絵をもとに再現されているほか,福岡県太宰府市太宰府天満宮で 3月第1日曜日に,天徳2(958)年に太宰大弐の小野好古によって始められたと伝えられる曲水の宴があり,岩手県平泉町毛越寺(5月第4日曜日)などでも催されている。

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デジタル大辞泉の解説

きょくすい‐の‐えん【曲水の宴】

昔、宮中や貴族の屋敷で陰暦3月3日に行われた年中行事の一。庭園の曲水に沿って参会者が座り、上流から流される杯が自分の前を通り過ぎないうちに詩歌をよみ、杯を手に取って酒を飲んでから杯を次へ流すという遊び。もと、中国で行われたもの。曲宴。曲水(めぐりみず)の豊(とよ)の明かり。ごくすいのえん。 春》

ごくすい‐の‐えん【曲水の宴】

きょくすいのえん(曲水の宴)

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百科事典マイペディアの解説

曲水の宴【きょくすいのえん】

中国,隋唐のころ貴族や文人の間で流行した習俗。3月3日の上巳(じょうし)に郊外や庭苑の水辺に出,招魂・祓除(ふつじょ)を行い,流水酒杯を浮かべ,一定地点(自分の前など)に流れ着くまでに詩をよみ,宴遊した。

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世界大百科事典 第2版の解説

きょくすいのえん【曲水の宴】

中国では,陰暦3月上巳の日に禊(みそぎ)をし,汚れをはらい水に流す習俗があった。のちには流れに臨んで宴を開き,杯を浮かべ,その杯が自分の前を流れすぎないうちに詩を作り,詩ができなければ罰杯を飲まされるという遊びに発展した。353年(永和9)東晋の諸名士が山陰(紹興)の蘭亭に集まって,この遊びに興じたことが,そのとき書かれた王羲之の《蘭亭序》とともに後世有名となり,年中行事として固定した。また上巳の日も3月3日ということになった。

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大辞林 第三版の解説

きょくすいのえん【曲水の宴】

平安時代、朝廷で、三月三日の上巳じようしの節句に行われた遊宴。曲水のほとりの所々に参会者が座り、上流から流される杯が自分の前を通過しないうちに詩歌を作り、杯を取って酒を飲み、次へ杯を流す。終わって宴を設け、それぞれの詩歌を披露した。もと中国で行われていたもの。曲水。曲宴。ごくすいのえん。めぐりみずのとよのあかり。 [季] 春。

ごくすいのえん【曲水の宴】

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世界大百科事典内の曲水の宴の言及

【曲水の宴】より

…【福本 雅一】
[日本]
 〈ごくすいのえん〉ともいう。中国から入った3月上巳の水辺の祓および曲水の宴は,日本でも奈良・平安時代に盛んにおこなわれ,曲水の宴のために宮廷や貴族の邸宅の庭には池の畔に曲溝が造られた。3月3日が常例となり,曲水流觴(りゆうしよう)が終わって,さらに宴が開かれ,文人各人の詩(和歌)を披講した。…

※「曲水の宴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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