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朝鮮音楽 ちょうせんおんがく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朝鮮音楽
ちょうせんおんがく

朝鮮音楽は古代の祭典儀式から始り,古くから中国音楽の影響を受けることが多かったが,それをよく消化吸収して朝鮮民族独自の特質をもつ音楽を形成した。その特質は,特に,躍動的で変化に富んだリズムや,力強く,ときには哀調を帯びた歌の旋律によく現れている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうせんおんがく【朝鮮音楽】


[特徴]
 伝統音楽見られる顕著な特徴は,独特のリズム感と旋律装飾法である。強弱アクセントの明確な3分割リズム,または3拍子系の拍節法(6/8,9/8,12/8拍子など)を基本とするリズム周期(チャンダンと呼ぶ)によって楽曲が構成され,旋律の主要音は,一種のビブラートや曲線的な装飾音がつけられる。このような特色は,民謡から郷土芸能の音楽,巫楽そして宗教音楽や芸術音楽にいたるまで,その度合は異なるが,共通してあらわれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

朝鮮音楽
ちょうせんおんがく

朝鮮半島は、中国の楽器制度や音楽理論の影響を受けながらも、つねにそれら外来音楽の郷楽化(自国化)を推し進め、隣接の中国や日本にはみられない三拍子系統の変化に富んだリズム感や哀調を帯びた旋律線、それに楽器や発声法に認められる低音志向など、独自の音楽文化を形成し、高句麗(こうくり)・百済(くだら)・新羅(しらぎ)の三国楽は、日本に多大の影響を及ぼした。[志村哲男]

歴史


三国時代以前
この時代の音楽に関する記録は、中国の史書『三国志』(3世紀後半成立)の「魏書東夷(ぎしょとうい)伝」にみられる。三韓時代の馬韓(ばかん)では、農耕に際して鬼神を祭り歌舞飲酒する習俗があり、古代諸部族国家の間で盛んに行われ、扶余(ふよ)では迎鼓(げいこ)(わい)では舞天、高句麗では東盟とよばれていた。これらはシャーマニズム的要素の濃いもので、その音楽は、打楽器を中心に踊る今日の農楽の起源と考えられる。また、楽浪(らくろう)郡などの漢の四郡には漢文化が流入し、琴(きん)・笛(てき)・鼓(こ)などの楽器も伝来していたことが、安岳(あんがく)古墳などの壁画によって推察される。[志村哲男]
三国時代(4世紀~7世紀中期)
高句麗・百済・新羅が鼎立(ていりつ)したこの時代は、中国との交流が盛んになるが、三国がそれぞれ特色をもちながら発展した。朝鮮に現存する最古の歴史書『三国史記』によると、高句麗では王山岳(おうさんがく)が中国の琴をもとに玄琴(げんきん)(コムンコ)をつくり、この楽器のために100余曲を作曲したとある。玄琴は代表的な朝鮮の弦楽器で、この原型と思われるものが安岳古墳や舞踊塚古墳(中国吉林(きつりん)省集安市通溝)の壁画に描かれている。高句麗の音楽は三国のなかでももっとも整ったもので、隋(ずい)代・唐代には中国に朝献する際に献上され、高麗伎として九部伎・十部伎にも編入された。桃皮篳篥(とうひひちりき)、義觜(ぎし)笛などの特有の楽器のほか、箜篌(くご)、琵琶(びわ)など14種の楽器があった。
 百済の音楽は、箜篌、箏(そう)、竿(う)(ち)、鼓(こ)などの楽器を使用し、『日本書紀』記載の百済楽人の交替記録によって、6世紀にはすでに日本に伝わっていたことがわかる。そして612年(推古(すいこ)天皇20)には百済の味摩之(みまし)が、中国の呉(ご)の国で習った伎楽を日本に伝え、奈良の桜井で少年たちに教授した。
 新羅楽は、伽(かやきん)と舞が中心であった。この伽琴は、伽(加羅)国の嘉実王(かじつおう)がつくり、楽師于勒(うろく)に命じて12曲を作曲させたが、同国の新羅併合(562)により于勒は新羅に投じ、新羅を通じて日本に伝来したため新羅琴(しらぎごと)とよばれ、現在も正倉院宝物として保存されている。以上の三国の音楽は日本にも渡来し、大宝令(たいほうりょう)で定められた雅楽寮(うたまいのつかさ)で、国風歌舞や唐楽とともに演奏された。[志村哲男]
統一新羅時代(10世紀前期まで)
国家統一とともに三国の楽も統一され、音楽をつかさどる官庁として音声署が設置された。『三国史記』によれば、三竹(大・中・小―管楽器)、三弦(玄琴・伽琴・琵琶―弦楽器)、拍板、太鼓の楽器を用い、唐の楽調名や舞人の衣装制度を採用して新羅楽は充実していった。また、西域(せいいき)伝来の楽舞も行われ、新羅末期の文人崔致遠(さいちえん)(857―?)の『郷楽雑詠五首』には、日本の舞楽『蘭陵王(らんりょうおう)』に該当すると思われる「大面」などの名もみえる。7、8世紀には、梵唄(ぼんばい)(声明(しょうみょう))やその他の仏教楽舞、剣器舞などもつくられた。[志村哲男]
高麗時代(14世紀後期まで)
この時代の音楽は雅楽、唐楽、郷楽(きょうがく)(俗楽)に区分される。雅楽では、1116年(睿宗(えいそう)11)宋(そう)の徽宗(きそう)から大晟(たいせい)雅楽と編鐘・編磬(へんけい)(ぎょ)(しゅく)などの雅楽器が贈られ、高麗の宗廟(びょう)のほか、圜丘(えんきゅう)・社稷(しゃしょく)・先農や文宣王(孔子)などの祭祀(さいし)音楽として用いられた。末期には蒙古(もうこ)襲来によって楽工が四散し雅楽が衰微したため、恭譲王(在位1389~1392)のときに雅楽署を設け、雅楽の整備に努めた。唐楽としては、この時期に宋(そう)の詞楽が伝来した。『高麗史』の「楽志」には43編の詞楽の歌詞が記載されているが、そのうち『洛陽春(らくようしゅん)』『歩虚子(ほきょし)』の二曲が現在まで伝承されている。郷楽は、新羅の歌曲形式の郷歌が消滅し、高麗独特の歌曲形式が出現、間奏や後奏を伴う大規模な『青山別曲(せいざんべっきょく)』『西京(さいきょう)別曲』などの多くの歌曲がつくられた。また、新羅楽の三弦と三竹に杖鼓(じょうこ)、奚琴(けいきん)などの楽器が加えられて多彩な管弦合奏が行われるようになり、民間では仮面劇や人形劇も現れた。[志村哲男]
李朝時代(1910年まで)
これまで宮廷貴族が音楽の中心であったが、李朝になると新しい民俗音楽が活発となり、民族色を濃くしていった。1392年(太祖1)雅楽署と典楽署が設置され、文廟(孔子廟)の祭儀を整え、儒教の礼楽思想に基づいて雅楽がもっとも重視され、祭礼用雅楽譜も制定された。とくに世宗(在位1418~1450)のときには東アジア最初の定量楽譜である井間譜(せいかんふ)が創案され、また朴(ぼくせん)(1377―1458)は唐代雅楽制度に倣って宮中雅楽の制度を整えた。従来の郷楽や鼓吹楽に基づき、『定大業(ていだいぎょう)』『保太平(ほたいへい)』といった組曲形式の新しい郷楽がつくられたが、これはのちに宗廟(李朝歴代王の廟)の祭礼楽にも採用され、現在に至っている。また『竜飛御天歌(りゅうひぎょてんか)』などの歌曲がつくられ、これにつける新楽曲として『致和平(ちわへい)』『与民楽(よみんらく)』などが作曲され、これらはしだいに純器楽曲となった。もう一つの特筆すべきことは、1493年(成宗24)勅命により成俔(せいけん)らによって『楽学軌範』が編纂(へんさん)されたことである。これは朝鮮最高の楽書であり、朝鮮音楽研究に不可欠の重要な文献である。
 その後は、壬辰倭乱(じんしんわらん)(文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役、1592~1598)と丙子胡乱(へいしこらん)(女真族の侵入、1636~1637)の外敵の侵入により音楽も衰退し、雅楽の規模も縮小された。管絃(かんげん)伴奏の歌曲(カゴク)は18世紀以後に盛んになり、そのほか歌曲から派生した時調(シジョ)などの声楽曲が現れた。他方、庶民の音楽として、18世紀中期にはシャーマンの音楽である巫歌(ふか)からパンソリ(唱劇)という語物(かたりもの)音楽が生まれ、『春香伝(しゅんこうでん)』『沈清伝(ちんせいでん)』などの有名な物語が現在も愛好されている。また19世紀末には、シャーマンの歌舞の伴奏音楽シナウィ(器楽合奏)から各楽器が独立し、伽琴散調(サンジョ)や玄琴散調の独奏曲が生まれ、これはもっとも芸術性の高い民俗音楽となった。[志村哲男]
現代(1910年以降)
韓国併合以後、朝鮮総督府の植民地政策は音楽・芸術にまで及び、雅楽は滅亡に瀕(ひん)したが、李王職雅楽部が設置され、文廟と宗廟の祭礼楽のみが残った。第二次世界大戦後、国土は南北に分断されたが、北の北朝鮮では民族芸術劇場の調査研究室や民族音楽研究所で、南の韓国(大韓民国)では韓国国立国楽院や各音楽大学の国楽科などを中心に、伝統音楽の研究や保存、その伝承に力を入れている。[志村哲男]

音楽的特徴

『アリラン』や『トラジ』などの民謡で代表されるように、朝鮮音楽のリズムは三拍子系統のものが多い。長短(チャンダン=リズム・パターン)が楽曲のリズムの基本になり、組曲形式の正楽(せいがく)や散調の音楽においては、しだいに早まる長短の変化の妙と、弄弦(ろうげん)・揺声(ようせい)とよばれるビブラートや装飾音が旋律に微妙な変化をつけ、朝鮮音楽独特の雰囲気をつくりだす。音階は五音音階が主で、平調(へいちょう)と界面調(かいめんちょう)の二旋法がある。[志村哲男]
『張師著『韓国文化選書9 韓国の伝統音楽』(1984・成甲書房) ▽草野妙子著『アリランの歌』(1984・白水社) ▽三谷陽子著『東アジア琴箏の研究』(1980・全音楽譜出版社) ▽岸辺成雄著『古代シルクロードの音楽』(1982・講談社)』

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