サンスクリットのニルバーナnirvāṇaをなまった俗語からの音写語と考えられ,そのほか泥洹(ないおん),泥曰(ないおつ),などとも表記される。〈吹き消された〉ことという意味に起源する語で,本来は生命の火が吹き消された状態,すなわち〈死〉を意味するので,滅度(めつど),寂滅(じやくめつ)などと訳された。この語は,仏教では最初釈迦の死を意味したところから,後になって〈迷いの燃えさかる火を完全に消し,悟りに入った境地〉という解釈がつけ加えられた。したがって,〈涅槃に入る〉という言葉は死ぬことのほか,悟りに入ることを意味している。死を意味した涅槃が悟りの意味に用いられるようになると,迷いを断って悟りの境地に達しても,肉体が生存している期間を区別する必要があり,これを〈有余涅槃(うよねはん)〉といい,肉体の消滅した以後の状態を〈無余涅槃(むよねはん)〉と呼ぶようになった。釈迦がクシナガラにおいて涅槃に入る(死ぬ)前後の状況を詳しく説いたのが,漢文《長阿含経》中の《遊行(ゆぎよう)経》,およびパーリ語経典中の《大涅槃経Mahāparinibbāna-suttanta》などである。これらのとくに漢訳の経典に基づいて広く描かれたのが〈涅槃図〉で,そのなかには釈迦の涅槃をめぐるさまざまな伝説が描き加えられている。また,大乗経典中には同じような名称の《大般(だいはつ)涅槃経》が存在するが,その内容は上記の2経とはまったく異なり,〈仏身常住(ぶつしんじようじゆう)〉(悟りを開いた仏の身体は法として永遠に存在する),〈悉有仏性(しつうぶつしよう)〉(すべての人間は仏となりうる可能性を有している)などを強調している。したがって,この《大般涅槃経》は釈迦の涅槃についての直接的な記事はほとんど含んでいない。《大般涅槃経》を主たるよりどころとして中国で立てられたのが涅槃宗であるが,隋代以後,天台宗が盛んとなるにつれて,それに吸収された。しかし,宗派として涅槃宗の根本経典であるにとどまらず,《大般涅槃経》は以後の中国・日本の諸宗派の教義に大きな影響を与え,すべての人間が悟りうる,あるいは救われることの理論的根拠を示している。
執筆者:井ノ口 泰淳
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仏教術語。智慧(ちえ)を磨き修行を積んで、迷いや煩悩(ぼんのう)や執着を断ち切り、悟りに到達して、いっさいの苦・束縛(そくばく)・輪廻(りんね)から解放された最高の境地をいう。パーリ語のニッバーナnibbānaの音写、サンスクリット語ではニルバーナnirvāaという。原語は「(炎が)消えて滅びた(状態)」を意味し、ちょうど風が炎を吹き消すように、燃えている煩悩の火が悟りによって消滅し、すべての苦悩のなくなった状態をさす。そのとき、寂静(じゃくじょう)な最上の安楽の境地が実現する(「涅槃寂静」という)。したがって「永遠の平安」「完全な平和」「絶対の安らぎ」とも訳す。釈迦(しゃか)がこれを体得して人々に説き、また仏教と同時代におこり栄えたジャイナ教も、この語を同様の意味で用いた。
仏教の発展とともに、一種の分析が涅槃にも加えられ、修行者がどれほど努力しても、到達しうる境地は、この世に生存して肉体を維持している限り、不完全な涅槃(有余(うよ)または有余依(うよえ)涅槃)であって、死後に初めて完全な涅槃(無余または無余依涅槃)に至ると考えられた。大乗仏教においては、涅槃という特別の境地が実在するという考えを排し、涅槃そのものは有でも無でもなく空(くう)であり、日常の生活のなかにその実現を目ざした(生死即(しょうじそく)涅槃)。
なお、釈迦の入滅(肉体の死)はとくに「完全な涅槃」(般涅槃(はつねはん)、パリニッバーナparinibbāna、パリニルバーナparinirvāa)とよび、普通の人の死と区別される。
[三枝充悳]
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仏教徒のめざす,釈尊(しゃくそん)(ブッダ)が到達した悟りの完成した境地。サンスクリット語のニルヴァーナとは「吹き消された」の意味で,生死に迷い苦しむ世界を超える知恵を得て,煩悩(ぼんのう)の炎が消え,心身の安定した静寂の状態に達したこと。部派仏教においては,阿羅漢(あらかん)となった人が解脱(げだつ)とか菩提(ぼだい)という悟りに達するとされ,また,釈尊が生前に得た悟りの境地を有余依(うよえ)涅槃と呼び,没後に肉体を失った時点での境地である無余依(むよえ)涅槃と区別する。大乗仏教では,常,楽,我,浄の四徳を具えた積極的な理想の境地とされ,法身(ほっしん),法性(ほっしょう),真如(しんにょ)などが同義語とされる。のちに意味が転じて,人の逝去,他界を「入涅槃」とか「入滅(にゅうめつ)」というようにもなった。
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…そのためには,この世の〈苦〉の真相とその克服法についての真実(サティヤsatya,〈諦(たい)〉)の知(ビドゥヤーvidyā,〈明(みよう)〉)を得なければならないとする。その真実の知を仏教では悟り(ボーディbodhi,菩提(ぼだい),覚(かく))といい,それを得た人をブッダbuddha(仏陀,覚者)といい,悟りの境地をニルバーナnirvāṇa(涅槃(ねはん))という。 仏教以降に出た諸派の解脱観については,たとえばサーンキヤ学派,ヨーガ学派は,自己の本体であるプルシャpuruṣa(純粋精神)を,身体(ふつうの意味での意識も含む)や外界など物質的なものから完全に区別して知ること(区別知,ビベーカviveka)によって,純粋精神が物質的なものから完全に孤立すること(独存(どくそん),カイバルヤkaivalya)が解脱であるとし,ベーダーンタ学派は,自己の本体であるアートマンātman(我(が))が実は宇宙の本体であるブラフマンbrahman(梵)と同一であると明らかに知ること(〈明〉)によって解脱が得られるとするが,いずれにしても,真実の知によって解脱が得られるとする点では,基本的に上述の仏教の考え方と軌を一にする。…
…業を引きずり苦しみの輪廻世界をさまよう霊魂がやすらぎの境地(ニルバーナnirvāṇa。〈涅槃〉)あるいは解脱(モークシャmokṣa)を得ようと望むならば,すでに付着した業物質の除滅(ニルジャラーnirjarā)と新たな業物質の流入の防止(サンバラsaṃvara)が必要となる。業が完全に取り除かれたときにのみ,霊魂は本来の上昇性を取り戻して一気に世界の頂きにまで達し,そこで完成者として永遠に休息することができる。…
…釈迦はこうして45年間,教化に努めた後,80歳にしてクシナガラの地で死去した。これを入滅(般涅槃(はつねはん))という。遺骸は信者たちの手で火葬され,遺骨は信者たちに分けられ,塔(ストゥーパ,舎利塔,仏塔)にまつられた。…
※「涅槃」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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