翻訳|adrenaline
副腎髄質ホルモン(ふくじんずいしつほるもん)としての作用をもつカテコールアミン(神経伝達物質。脳、副腎髄質および交感神経に存在する生体アミンの総称)の一種。1901年(明治34)に高峰譲吉が副腎髄質adrenal medullaから分離した塩基性物質。分子式はC9H13O3Nで、ホルモンとしては最初に分離精製、結晶化された。エピネフリンepinephrineともよばれ、医薬品ではエピレナミンという。天然に存在するのは左旋性のL型で、有機合成された右旋性D型のものより15倍も生理活性が強い。メチル基のないノルアドレナリン(ノルエピネフリン)は副腎髄質以外の組織からも分泌されるが、その活性はアドレナリンよりも弱い。どちらもカテコールの誘導体であるため、カテコールアミンと総称される。
アドレナリンは生体内でチロシンから、ドーパ(DOPA。ジオキシフェニルアラニン)、ドーパミン、ノルアドレナリンを経て生合成される。分解は、ヒドロキシ基がメチル化され、生理活性を失ってからアミン酸化酵素により行われる。副腎髄質と脳以外の組織に含まれるアドレナリンはその組織中で生合成されたものではなく、ほとんど血中のアドレナリンを取り込んだものである。血漿(けっしょう)中ではアドレナリンの70%は硫酸塩に抱合(結合)している。硫酸抱合体は不活性でそれらの機能はわかっていない。アドレナリンは白色粉末で、酸化されると褐色になる。
副腎髄質から分泌されたアドレナリンはホルモンとして血中に入り、標的細胞膜に存在するアドレナリン受容体に結合する。一方、アドレナリン作用性神経終末から神経伝達物質として遊離されたものはシナプス間隙(かんげき)を拡散して、シナプス後膜に存在するアドレナリン受容体と結合する。活性化された受容体は細胞内情報伝達系を介して、標的細胞にさまざまな生理反応を誘発する。
アドレナリン受容体にはα(アルファ)受容体とβ(ベータ)受容体の2種があり、αにはα1およびα2にそれぞれ3分子種が、βにはβ1、β2に加えてβ3が存在する。α1受容体はシナプス後性α受容体で、末梢では効果器に存在する。α1受容体が刺激されると血管平滑筋が収縮する。α1選択的拮抗薬プラゾシンは高血圧治療薬として使われる。α2受容体はアドレナリン作動性神経のシナプス前膜にあってノルアドレナリンの神経終末からの遊離を阻止する。β1受容体は心筋、脂肪細胞膜に存在し、心機能や脂肪分解を促進する。β2受容体は肺、肝臓、平滑筋に存在し、平滑筋弛緩やグリコーゲンの分解をおこす。β3受容体は脂肪細胞、心筋、血管平滑筋に存在し、刺激によってリパーゼの活性化を誘発し、脂肪を加水分解する。
医薬品としては交感神経興奮剤、血管収縮剤、血圧上昇剤として使われ、出血を止め、気管支喘息(ぜんそく)の発作を抑える。注射剤、塗布剤、スプレー剤などがある。繁用すると、不安、頭痛、心悸亢進(しんきこうしん)、不眠などの副作用が現れる。
[小泉惠子]
『日本生化学会編『新 生化学実験講座9 ホルモン2 非ペプチドホルモン』(1992・東京化学同人)』▽『飯沼和正・菅野富夫著『高峰譲吉の生涯――アドレナリン発見の真実』(2000・朝日新聞社)』▽『宮崎瑞夫編『薬物受容体と疾患――薬物治療の理論と実際』(2002・医薬ジャーナル社)』▽『植松俊彦他編『シンプル薬理学』改訂版(2004・南江堂)』▽『田中千賀子他編『NEW薬理学』(2007・南江堂)』
高峰譲吉によって結晶形として得られた最初のホルモン。エピネフリンepinephrineとも呼ばれ,芳香族アミノ酸から生成されるアミン類であるカテコールアミンcatecholamineの一つ。1896年,イギリスのオリバーG.OliverとシェーファーE.A.Schäferらは副腎から血圧上昇物質を抽出,これをエーベルJ.J.Abelがベンゾイル化合物として単離し,エピネフリンと命名した。1901年,高峰譲吉とアルドリヒT.B.Aldrichが相前後して結晶化に成功,高峰はこれをアドレナリン(当時,特許名)と命名した。さらに04年,シュトルツF.Stolzがラセミ体のdl-アドレナリンの合成に成功し,08年,フレッヘルFlächerがd-体とl-体の二つの光学異性体の分離に成功した。
分子式C9H13O3N。融点212℃,無臭の白~灰白色の結晶性粉末で,水にきわめて溶けにくく,エチルアルコール,クロロホルムなどの有機溶剤にもほとんど溶けないが,塩類は水に溶けやすいので,塩酸塩や酒石酸塩として使われる。水溶液はアルカリ性できわめて不安定で,速やかに酸化されて赤色,さらに褐色に変色し,沈殿を生じるが,酸性では安定で,pH3.2~3.6で最も安定となる。アドレナリンは空気中では褐色に変わる。哺乳類では,アミノ酸の一種のl-チロシンから副腎でl-アドレナリンが合成,貯蔵され,交感神経節前繊維の興奮で血中に分泌される。
アドレナリンは細胞膜にある受容体(レセプター。αとβがあり,それぞれα1,α2,β1,β2に分けられる)を介して作用する。(1)循環器への作用 β1レセプターを介して心筋収縮力を強め,心拍出量を増大し,心筋の興奮性を増す。著しいときには不整脈をひき起こす。血管に対してはβ2レセプターを介して作用し,皮膚,粘膜,内臓領域の小動脈を収縮させ,骨格筋,肝臓,心臓の血管では拡張作用をもつ。一般に血圧を上昇させるが,大量の場合は収縮期,拡張期血圧ともに上昇させ,小量では拡張期血圧は上昇させない。(2)平滑筋への作用 β2レセプターを介して気管支平滑筋を弛緩させる。それによって気管支は拡張し,呼吸量は増大する。その他の平滑筋への作用としては,消化管平滑筋を弛緩させて消化管運動を抑制するほか,皮膚の立毛筋収縮による鳥肌,瞳孔散大筋の収縮による散瞳などがある。(3)代謝への作用 肝臓,筋肉のグリコーゲンを分解して血中にブドウ糖を送り出して血糖を上昇させ,脂肪細胞に作用して脂肪を分解し,血中遊離脂肪酸の濃度を上昇させる。また酸素消費量も増加させる。
アドレナリンは血液脳関門を通過しない。また,アドレナリンの作用は交感神経が興奮したときの効果ときわめてよく似ているところから,かつては交感神経の興奮に際して神経終末からアドレナリンが遊離されるものと考えられたことがあり,アドレナリン作動性神経adrenergic neuronという語が生まれた。その後,交感神経終末から興奮を伝達する物質として遊離されるのはノルアドレナリンであることが明らかとなったが,アドレナリン作動性という言葉は現在も広く使われており,伝達物質としてノルアドレナリンないしアドレナリンを放出する神経をアドレナリン作動性神経と呼ぶ。アドレナリンの薬理作用は一過性である点に特色がある。これは,血液中に入ったアドレナリンが心臓,脾臓,交感神経終末などに速やかに取り込まれて作用を失うか,カテコール-o-メチルトランスフェラーゼ,モノアミンオキシダーゼなどの酵素によってo-メチル化や酸化的脱アミノ化を受けたのち抱合体として尿中に排出されるためである。
血管収縮作用を利用して,手術や抜歯後の局所出血の予防や止血,鼻粘膜充血の治療,局所麻酔剤に添加して吸収を抑制するなどに使う。急性心停止に対する強心剤として皮下または筋肉内に注射する。特別の場合にかぎり,静脈内注射,心臓内直接注射をすることもある。内服では消化管内で破壊されてしまうため効果が現れない。百日咳や気管支喘息(ぜんそく)発作には,気管支筋を弛緩させ,また血管収縮作用が気道粘膜の浮腫を軽減させるので,とくに有効である。注射またはエーロゾル剤としての吸入が行われる。日本薬局方では,以前エピレナミンと呼んでいたが,第八改正(1971)からエピネフリンという名称を用いることになった。アメリカではエピネフリン,イギリス,フランス,ドイツではアドレナリンと呼ぶ。製剤としては,エピネフリン注射液,エピネフリン液(ともに局方)がある。
執筆者:粕谷 豊+村上 徹
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(R)-4-[1-hydroxy-2-(methylamino)ethyl]-1,2-benzenediol.C9H13NO3(183.21).エピレナミン,エピネフリンともいう.副腎髄質ホルモンの一つ.ウシの副腎をトリクロロ酢酸の無水エタノール溶液で抽出するか,カテコールを塩化アルミニウムの存在下で塩化クロロアセチルを作用させ,生じたクロロアセチル体をメチルアミンでN-メチルアミノアセチル体にし,還元して生じるアドレナリンのラセミ体を酒石酸で光学分割し,(-)-アドレナリンを得る.無色の結晶.光および空気で褐色化.融点211~212 ℃.約-50°(0.5 mol L-1 塩酸).水に難溶,エタノール,エーテル,クロロホルムに不溶.塩化鉄(Ⅲ)反応は,酸性では緑色,アルカリ性では紅色.交感神経興奮薬.アドレナリンの薬理作用は,α作用(血管収縮),β作用(気管支拡張)の二つで説明され,それぞれαおよびβ受容体と対応している.N-メチル基のないノルアドレナリンではα作用が増強され,逆に置換基をイソプロピル基にしたイソプロテレノールではβ作用が増強される.アドレナリンを神経伝達物質とする神経細胞も存在し,チロシン→ドーパ→ドーパミン→ノルアドレナリン→アドレナリンの経路で生合成される.強心薬,血糖上昇薬に用いられる.LD50 50 mg/kg(マウス,経口).[CAS 51-43-4]
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…排出が遅く蓄積性を示すものもある。
[カテコールアミン類]
アドレナリンなど分子構造にカテコールをもったアミンをカテコールアミンというが,本来は副腎から分泌される内因性のホルモンであるアドレナリンや,交感神経の伝達物質であるノルアドレナリンは強心作用をもつ。これらの物質は体内で速やかに分解されるので作用は短時間である。…
…1本の節前繊維は終末部で多数の枝分れを示し,交感神経節内における多数の節後ニューロンに対してシナプス伝達を行う。 交感神経系の節前ニューロンはアセチルコリン作動性であり,節後ニューロンはノルアドレナリン作動性である。したがって交感神経節内でシナプス伝達がなされるとき,アセチルコリンが節前繊維末端から放出されて節後ニューロンの興奮が引き起こされるのであるが,その結果としてのノルアドレナリン放出も少し遅れて起こり,これが節前繊維の活動を抑制させることが知られている。…
…交感神経興奮薬,交感神経遮断薬,副交感神経興奮薬,副交感神経遮断薬,自律神経節興奮薬,自律神経節遮断薬などが含まれる。
[交感神経興奮薬sympathomimetic agent]
交感神経の興奮は,興奮によって神経の終末から放出されるノルアドレナリン(ノルエピネフリン)が,効果器細胞上のアドレナリン作動性受容体と結合することによって伝達される。アドレナリン作動性受容体は,アルファ受容体(α受容体)とベータ受容体(β受容体)とに分類されており,器官によって両者の比率に差があると考えられる。…
…一方去痰薬(きよたんやく)は,痰の排出を促進し,気道粘膜に対する刺激をやわらげて咳の発生を抑える。またアドレナリン,エフェドリンなどの気管支拡張薬は,気管支筋を弛緩させて内腔を広げ,痰の排出を容易にしたり咳の気流を減速したりして咳を弱める。しかし一般には,これらは鎮咳薬とは別に分類される。…
…すなわち,皮質は中胚葉性の体腔上皮に由来し,髄質は外胚葉性の神経に由来し,胎児期に皮質原基内に髄質原基が侵入して一つの器官としての副腎を形成する。皮質からは,電解質や糖代謝に関与する多種類の皮質ホルモンや男性ホルモンが,髄質からは,アドレナリンやノルアドレナリンが分泌される。肉眼的にも,新鮮な副腎の切断面では,皮質は脂肪のためにやや黄色みを帯び,髄質は赤褐色であり,容易に区別される。…
※「アドレナリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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