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シャルル[8世] シャルル

百科事典マイペディアの解説

シャルル[8世]【シャルル】

バロア朝直系最後のフランス国王(在位1483年―1498年)。ルイ11世の子。13歳で即位,姉アンヌ・ド・ボージュとその夫が摂政となる。1488年諸侯同盟の反乱を平定,1491年ブルターニュ公女と結婚して同公領を王国に併合。
→関連項目イタリア戦争コミーヌ

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世界大百科事典 第2版の解説

シャルル[8世]【Charles VIII】

1470‐98
バロア朝第7代のフランス国王。在位1483‐98年。ルイ11世の子。13歳で即位した当初,姉アンヌとその夫ピエール・ド・ボージューの摂政下におかれた。1491年,ブルターニュ公女で公領相続者のアンヌ・ド・ブルターニュと結婚,ブルターニュを王領とした頃から親政へ移行。彼はナポリに対するアンジュー家の権利の後継者という口実でイタリアに遠征(1494‐95),ミラノ公ロドビコの手引きもあって,ほとんど無抵抗のうちにナポリに進出,その後,教皇,皇帝,ベネチア,ミラノ,アラゴンカスティリャの同盟軍に敗れて帰国した。

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世界大百科事典内のシャルル[8世]の言及

【イタリア戦争】より

…15世紀末から16世紀半ばにかけて,政治的統一を欠くイタリアの支配権をめぐり,フランス王家とハプスブルク家との対立を軸として展開された大規模な国際紛争。発端は,ナポリ王国の継承権を主張するフランス国王シャルル8世のイタリア侵入(1494)である。しかし,これに対して,フランスの進出を嫌うベネチアなど北イタリア諸国,スペイン,神聖ローマ皇帝,ローマ教皇ユリウス2世,イギリスが同盟を結んだため,シャルルはイタリアからの退却を余儀なくされた。…

【ナポリ王国】より

… 15世紀末からフランスがアンジュー家以来の権利を主張してナポリを支配しようとした。シャルル8世の遠征(1494‐95)に続いて,ルイ12世は1501年にナポリへ侵入し王国を手中に収めたが,介入したスペイン軍によってわずか3年でナポリを追われた。1504年にスペイン,フランス両国間で妥協が成立し,スペインのフェルナンド2世がナポリ王に即位した。…

※「シャルル[8世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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