精選版 日本国語大辞典 「ベーコン」の意味・読み・例文・類語
ベーコン
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…これを防ぐためバイオクリーンルームという空気ろ過器を用いた塵埃(じんあい)や細菌のひじょうに少ない室内でスライスパックする方法が普及しつつある。【森田 重広】
[食肉加工業]
牛肉,豚肉,鶏肉などの肉類を原材料として,ハム,ベーコン,ソーセージなどの加工品を製造する食品工業の一部門。今日の食肉加工品に近いものがいつごろ日本で製造されるようになったかは定かでない。…
…技術的には中世人は透視図法を知っていた(10世紀アラビアの科学者イブン・アルハイサムの著作を通して12世紀に古代の透視図法の理論はヨーロッパに伝えられていた)が,神を絶対者とする中世の抽象的世界観は,自然界を客観的に描出することを必要としなかったと考えられる。ロジャー・ベーコンは《大著作(オプス・マユス)》(執筆1266‐68)で,古代とイスラム世界の技法を,神の調和的世界とその恩寵の遍在についての証明に利用している。したがって,ジョットはフランシスコ会の調和的・汎神論的世界観の影響下にアッシジで描いたフレスコにおいて,ポンペイ風の遠近法を復活させたが,そこには,外界への新たな関心と同時に,ベーコンに代表される,神の秩序への倫理的な証明として整合性ある空間を価値あるものとする,このような伝統があったためと考えることができる。…
…ヨーロッパでは12世紀のクレモナのゲラルドなどによって,アラビア語文献のラテン語訳が盛んに行われるようになり,火薬に関する知識もこうしたラテン語訳を通じてヨーロッパ人に知られた。主としてイギリス人学者のあいだで,R.ベーコンがヨーロッパで最初の火薬発明者とされているが,その知識はイスラムから得たものと思われる。しかし火薬の発明者をベーコンとする説には反対も多く,むしろドイツのフランシスコ会修道僧シュワルツBerthold Schwarz(?‐1384)が最初の発明者とする説が有力である。…
… 13世紀はキリスト教文芸復興として,多くの有名な神学者,論説家が輩出した。アルベルトゥス・マグヌス,その弟子であるトマス・アクイナス,フランシスコ会のR.ベーコンらはそのおもな者であるが,トマスには教皇ウルバヌス4世の命で聖体日のために作った数編のすぐれた賛歌や続唱があり,ことに《シオンよ,救主をたたえまつれ》は美しい詩である。しかし中世を通じ最大のラテン宗教詩は,トマーソ・ダ・チェラノTommaso da Celano(1190ころ‐1260ころ)の作とされる《怒りの日》で,最後の審判の日を歌い,今でも死者の葬送法会に常用される。…
…この議論は光学そのものの発展に寄与することが少なかったが,多くの哲学者や神学者を光学研究へと向かわせたのである。事実,R.ベーコン,ペッカム,ウィテロのような哲学者がこの学問に取り組んだ。彼らは,発光体や視覚対象の〈可視的形象〉が周囲の媒体中に次々と増殖されることによって伝播するというグロステストの説と,イブン・アルハイサムの説を融合させ,中世独自の光学理論を打ち立てたのである。…
…黒色火薬の原形は中国で戦国時代に発明されたといわれる。13世紀にはイギリスのR.ベーコンが黒色火薬の組成を記録している。19世紀後半におけるダイナマイトおよび無煙火薬の発明に至るまでの長い間,黒色火薬がほとんど唯一の発射薬や爆破薬として使われてきた。…
…自然科学では,アリストテレスの諸著やユークリッドの最初の部分などが学ばれた。その間にも,ときには無限についての考察がなされ,イギリスのR.ベーコンは数学が重要な学問であることや,自然学の研究では実験がたいせつであることを説いた。リジューの司教となったニコル・オレームNicole Oresmeが温度の変化をグラフに表したり,分数指数を導入したりしたのは,当時としては先端的な発想であった。…
… 13世紀には,このようにしてとり入れられたギリシア,アラビアの科学の遺産の上に,ようやく西欧科学の独自な活動が開始される。ヨルダヌスは棹秤や斜面の静力学的問題を〈仕事〉や〈モーメント〉の概念を内包する原理によってみごとに証明し,グロステストは数学的演繹と経験的実証とを結びつける数学的経験科学の独自の方法論を展開し,その弟子R.ベーコンはこの方法論をさらに発展させ,光学の研究においてそれを実践した。またこのとき新たに受容されたアリストテレスの自然学は,アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクイナスに大きな影響を与え,科学知識の原理的再編成がなされた。…
…実際は急速に実用化されながら火器に対する違和感が永く残ったためで,砲を〈悪魔の武器〉と呼んでいる例があるし,捕虜となった砲手は惨殺されることが多かったという。現存する最古の黒色火薬処方はR.ベーコンのもので(1267ごろ),それには硝石41.2,硫黄29.4,木炭末29.4の配合比が示されている。1400年ごろの処方例では71.0,12.9,16.1と現在のそれに酷似したものがあるから,火薬の製法は急速に発達したのである。…
…【高田 孝】
[歴史とファッション]
セネカ(前4ころ‐後65)はローマ図書館で水球儀を通して文字を拡大して本を読んだという。イギリスのR.ベーコンが《大著作》(1266‐68執筆)でレンズの効用を書いたことから彼を始祖とする説も多いが,他にフィレンツェの貴族サルビノ・デリ・アルマティ,ピサのアレッサンドロ・デラ・スピーナ(ともに14世紀初めに没)などの説もある。また,13世紀初めの中国の文献《洞天清録》に靉靆(あいたい)(眼鏡)の項があることから中国を発生の地とする説もある。…
…中世以降には錬金術師がレトルトの中で合成するという矮人ホムンクルスの伝説も流布した。またR.ベーコンは〈青銅の頭〉と呼ばれる人工の頭部をつくり予言を行わせたという。機械じかけの人形を製作することは,それ以降近世にかけて特に盛んに行われるようになり,近代的ロボットの前史を形成した。…
…S.フロイトの孫),パイパーJohn Piper(1903‐92),ジョーンズDavid Jones(1895‐74)らはシュルレアリスムその他のモダニズムの影響を受けながら,戦後の具象絵画に新たな展開をもたらした。特にF.ベーコンは現代の不安や恐怖,悲劇を独特のデフォルメと色彩によって表現し,現代イギリスの最も注目すべき画家の一人となった。戦後のイギリスはまたアメリカに先んじて1955年ころからポップ・アートを生み出した。…
…端的に,人間と自然との交渉のうちに成り立つ自然的経験世界の定立から,人間の間主観的相互性を通して再生産される社会的経験世界の発見に至る経験概念の不断の拡大傾向がそれである。こうした動向に注目するかぎり,イギリス経験論の歴史的サイクルは,通説よりもはるかに長く,むしろF.ベーコンによって始められ,A.スミスによって閉じられたと解するほうがより適切であると言ってよい。その経緯はほぼ次のように点描することができる。…
…機械論の再出発は17世紀初頭のヨーロッパで行われた。その背景には中世における建築技術の発達や機械時計の完成,さらに大砲の開発による投射体の運動の研究や航海術の進歩に伴う位置決定の課題などがあったのであるが,17世紀はじめに,それまで支配的な自然観・社会観であった目的論的・有機体論的なアリストテレス主義と,隠れた性質を認めるヘルメス主義を批判してF.ベーコンが新しい要素論を唱え,デカルトが魂と物体を明確に区別して物体から内的目的や隠れた性質を排除し,自然を〈延長〉としてとらえ,運動を位置の変化として幾何学的に研究する方法を打ち立てて,近代の機械論が成立した。すなわちデカルトは,当時完成した機械であった時計をモデルとして,自然を外から与えられる運動によって〈法則〉に従って動く部分の集合であると見たのである。…
…最も早く近世に入った中国では,沈括(しんかつ)が《夢渓筆談》で活字印刷術や磁針その他について多数記述し,曾公亮の《武経総要》は磁針や火薬をはじめとする多数の技術記録を残した。西欧では,ビラール・ド・オヌクールがその《画帖》に当時の技術を記録しているが,とくに15~16世紀に新技術を記載した書物が多数出現し,F.ベーコンはこれらの技術誌を学問の中に位置づける新しい学問分類を提案した。ベーコンの重要な点は,他の学問と違って〈機械的技術においては,最初の考案はごくわずかなことしかなしとげず,時がこれにつけたして完成する〉として,技術の進歩が蓄積的で改良・洗練されていくものであることに注目したことと,〈技術史(誌)の効用はすべての歴史(誌)のうちで自然哲学のために最も根本的で基本的なものである〉として技術史(誌)の研究を提唱した(1605)ことである。…
…この意味では神像や仏像と同じであるが,とくに〈偶像〉という場合には,真のものではない別の姿ないし中間に介在するものという意味合いを含んでいる。哲学用語としては姿とか像を意味するラテン語のイドラidola(単数形idolum,英語のアイドルidolの語源)の訳語であるが,ルネサンス期にG.ブルーノが本当のものを見えなくさせる先入見の意味でこの語を用い,ついでF.ベーコンが〈人間の知性をとりこにしている偶像〉を分析して,人類なるがゆえに人間本性にひそむものを〈種族の偶像idola tribus〉,個人のもつ先入見を〈洞窟の偶像idola specus〉,社会生活から起こる偏見を〈市場の偶像idola fori〉,学説から生じるものを〈劇場の偶像idola theatri〉と名付け,ありのままの認識が困難であることを示した。とくに生得的な偶像は取り除くことができないとベーコンは言っている。…
…1606年に人民訴訟裁判所首席裁判官に任ぜられると(1613まで),コモン・ローの至上性の強い主張者となり,以後国王,宗教裁判所,衡平法裁判所など国王大権および非コモン・ロー裁判所に対して,コモン・ロー,コモン・ロー裁判所の優位を主張し続ける。13年にはジェームズ1世が,クックの宿敵F.ベーコンの画策に従い,クックをその意に反して王座裁判所首席裁判官に昇任させ,併せて枢密顧問官に任じた。しかし15年に衡平法裁判所の管轄権をめぐり大法官エルズミアLord Ellesmereと争い,エルズミアおよびベーコンと結んだ国王の裁定に敗れ,首席裁判官も枢密顧問官も免ぜられた(1616。…
…人間もまた自然と同格のものではなく,むしろ自然の上にあってこれを支配し利用する権利を神からさずかったものとなる。こうした中世の自然観は,J.S.エリウゲナからシャルトル学派を通じ,R.ベーコンにいたる系譜において,しだいにはっきりした形をとる。近代西欧の自然観も本質的にはこの中世キリスト教世界に含まれていた自然観を継承し,いっそう方法的に自覚発展させたと言える。…
…この傾向はルネサンス時代にさらに進み,いわゆる〈地理上の発見〉によって珍しい動植物がヨーロッパにもたらされたうえ,印刷技術が進んだので各種の図譜が刊行され,ついに16世紀にゲスナーやアルドロバンディによって正確で網羅的な自然誌が出された。これらの自然研究はそれまでの学問体系(自由七科)になかったもので,これを受けてF.ベーコンは技術誌を含めた自然誌を新しい学問体系の冒頭に位置づけた。ベーコン自身は膨大な自然誌の草稿を残したが個人では完成できず,その夢は18世紀フランスの《百科全書》で実現した。…
…この実験精神を用意したものの一つが1543年のラテン語訳《アルキメデス全集》の刊行であった。F.ベーコンは実験を重視し,技術と数学の両契機の重要性を指摘してはいたが,自然を等質空間と見る視点を欠いていたので彼の実験は結局experienceの域を出ることができなかった。アルキメデスの方法を受けついで〈実験〉を実現したのは,オランダのS.ステフィン,イギリスのノーマンRobert NormanやW.ギルバート,イタリアのガリレイらであった。…
…ドイツのA.L.ウェゲナーが1912年に二つの論文として発表し,15年に《大陸と海洋の起源》と題する本として出版したのが本格的な学説としてとりあげられた最初とされる。 大西洋の両岸の海岸線の形がよく似ていることは1620年にイギリスの哲学者F.ベーコンによって指摘されていたが,長い間これは聖書に記された大洪水によって削られてできたと考えられていた。1858年に発表されたA.シュナイダーの考えは現代の大陸移動説や海洋底拡大説に近いところがあったが,天変地異観をぬけ出ていなかった。…
…コレクションはアリストテレスの文庫にならって,(1)詩,(2)歴史,(3)哲学,(4)修辞,(5)雑,に分類された。この分類の仕方は順序こそ違え,17世紀になってF.ベーコンが知識の分類にあげる3区分(哲学,歴史,詩)にほぼ対応する。 小アジアのペルガモンにもエウメネス2世の建てた図書館があったが,後年エジプト女王クレオパトラの歓心を買うため,ローマの将軍アントニウスがここの蔵書を彼女に与え,大量の本がアレクサンドリア図書館に入ったとの伝説が生まれた。…
… 書物の分類は人知の増大・拡張の反映でもあって,知識の分類と相たずさえながら進展してきた。図書分類の近世・近代における淵源は,17世紀のはじめF.ベーコンの行った知識分類である。彼は,学問の世界を人間心理の三つの働き,すなわち〈理性reason〉と〈記憶memory〉と〈想像imagination〉によって三大別した。…
…近代科学が誕生した17世紀にはどちらかというと後者の熱の運動論が支配的であった。F.ベーコンは《ノウム・オルガヌム》の中で,自然認識における正しい推論の例として熱の本性を問題にし,熱が小分子の運動であるという主張を詳しく展開している。R.ボイル,R.フック,I.ニュートンらもこの立場をとったが,当時は定性的な議論以上には出なかった。…
…F.ベーコンの著作。最初1620年に《大革新》の第2部として刊行され,著者死後の45年にオランダで再刊されたとき,この名が付けられた。…
…5世紀にマルティアヌス・カペラが後の二つを落として自由七科ができた。17世紀初頭に新しい学問や技術の発展をふまえてF.ベーコンが新しい分類(図3)を始め,フランスの《百科全書》(図4)に引きつがれたが,19世紀にA.コントが歴史的,論理的順序による分類(図5)を提唱して,これが現在も大学の教科編成や図書の分類に用いられている。劇を喜劇,悲劇,頌歌に分類したのは前3世紀の詩人カリマコスであるが,彼はアレクサンドリアの図書館司書だったので,図書目録のための分類であった。…
…またキリスト教にいう悪魔と関係をもつ魔術を黒(くろ)魔術black magic,天使や善き精霊の力を借りる術を白魔術white magicとして区別した。しかしF.ベーコンなどにより〈真正の魔術〉と呼ばれた自然魔術natural magicは,霊魂ではなく医薬や磁力や言語の表象機能を魔力の源泉とするもので,ルネサンス期の魔術観の中核を占めた。これらは,対象と手段とに応じて占星術や錬金術,カバラの術などに細分され,近代科学の有力な一源泉になる一方,星や太陽の影響力を正しく測定し人間の未来を予言する万物照応の術,すなわち手相,人相,骨相などを含む観相術をも発展させた。…
…17世紀初頭には著名な2例があらわれる。T.カンパネラ《太陽の都》(1623),F.ベーコン《ニュー・アトランティス》(1627)である。この両作品は,モアの《ユートピア》と同じく海を隔てた陸地もしくは島に場をさだめ,住民の明察とともに,素朴な自然性をも称揚している。…
※「ベーコン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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