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天徳寺 テントクジ

デジタル大辞泉の解説

てんとく‐じ【天徳寺】

《江戸芝西久保巴町の天徳寺の門前で売っていたところから》紙を外被として中にわらを入れた粗末なふとん。かみぶすま。

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防府市歴史用語集の解説

天徳寺

 下右田にあるお寺で、鎌倉幕府ができた時に、全国に1つずつ、国が栄え、幕府が無事であるようにと祈って造らせたと言われています。また、今も残るイチョウの木はこの時に植えられたものだと言われています。当初は総受寺[そうじゅじ]と言いましたが、右田毛利[みぎたもうり]氏によって天徳寺に名前が変わっています。しかし、1870年の脱退騒動[だったいそうどう]によって焼けてしまいました。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天徳寺
てんとくじ

秋田市泉字三嶽根(みたけね)にある曹洞(そうとう)宗の寺。万固(ばんこ)山と号する。本尊は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)。寛正(かんしょう)年中(1460~66)太田城主佐竹右京大夫義人が夫人の追善供養(くよう)のため、独童を開山として常陸(ひたち)国太田(茨城県常陸太田市)に開創。1602年(慶長7)佐竹義宣(よしのぶ)が常陸より秋田に移封されたとき、天徳寺を楢山(ならやま)村(金照寺山)に移建し、佐竹家の菩提(ぼだい)寺とした。しかし1624年(寛永1)に炎上、翌年現在地に移建。総門・山門は1625年の移建時のものである。寺宝に十六羅漢像16幅、秋田藩佐竹氏主累代の肖像画12幅(いずれも県有形文化財)などがある。[菅沼 晃]

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