漢字の〈日〉という字はもとと書かれ,〈月〉という字はと書かれ(ともに金文),元来太陽や月の形にかたどったものである。このほかにも〈鳥〉とか〈馬〉のような漢字も同様に鳥の形,馬の形を模したものである。このように物の形にかたどって作られた文字を中国では先秦時代から〈象形〉と呼び,象形文字は漢字の最も原始的な姿であった。象形文字は,漢字に限らない。古代エジプト文字すなわちヒエログリフ(聖刻文字)は典型的な象形文字であって,その装飾的字体は人,獣,鳥,ヘビ,器などの姿を如実に示している。メソポタミアの楔形(くさびがた)文字の原形も象形による文字であり,おそらくこのシュメール文字と関係のある原始エラム文字,またインダス文化の出土品にみられる原始インド文字(インド系文字),あるいは目下解読されつつあるクレタ文字,その影響と思われるヒッタイト文字など古代の原始的文字はみな象形文字である。これら古代文字の原始形態が象形にあることは,これらがいずれもいわゆる絵文字pictographから発生したことを物語る。絵文字は図形あるいはその結合によってある観念を示すもので,北アメリカのインディアンの間などにみられる絵による伝達などがそれである。また諸所に残されている岩石彫刻にも絵文字が認められる。絵文字はその絵とそれが示す観念との関係がその場限りのものであって,一定の絵と一定の観念が慣習的に結びついていない。文字は一種の言語記号として社会慣習的なものでなければならない。したがって絵文字は文字の前段階を示すが,文字ではない。それは言語と連合してはじめて文字となる。かくてエジプト,メソポタミア,中国そのほかにおいて絵文字はそれぞれの言語,すなわち(古代)エジプト語,シュメール語,あるいは中国語などと結びついて古代の象形文字の誕生をみたのである。
図形と言語の連合はまず一つの図形と一つの単語の結びつきから始まった。中国のは中国語の単語nět(太陽の意)と,エジプトのはエジプト語のrc(口)と,シュメールの()はシュメール語のa(水)と連合した。このように単語を示す文字を表語文字logographという。しかし中国語はいわゆる孤立語であり,かつその単語が原則として単音節であったため一つの文字は一つの語に結びついたまま固定化したが,ほかの言語は多少とも多音節語から成っていたので,1字1語の原則は守られず,一つの文字の示す語の音構成の全部または一部を利用して表音的にその文字を使用するにいたった。シュメール文字(楔形文字)のはa(水)を示すとともにaという音節を示すのに用いられ,またエジプト文字のはrc(口)を表すとともに,その頭音のrを表すのに使われた。こうして音節文字ないしアルファベット文字の発生をみることになったのである。図形と言語との連合はしだいにその図形を記号化させ,漸次その原始的な象形形態を崩壊させていった。漢字のは楷書では〈水〉と書き,もはや水の流動的姿態を失っているし,エジプト文字もその装飾的字体では依然絵の状態を保っていたが,その行書体(神官文字hieratic)ではすでにその原形に遠く,その草書体(デモティック文字demotic(民衆文字))にいたっては漢字の草書と同様まったく象形性を喪失している。シュメール文字ではその変形はいっそうはなはだしく,いわゆる楔形文字となって絵画的様相は全然みられなくなった。これらはいずれも図形の記号化にもとづき,その書写具の性質と変遷によって変容をとげたのである。
古代象形文字のうち最も古いのはシュメール象形文字で,前3100年ころにメソポタミア南方に発生した。その数世紀後に原始エラム文字(未解読)が現れるが,おそらくシュメール文字の影響のもとにできたといわれ,また原始インド文字も同様にシュメールの影響といわれる(前3千年紀後半)。ヒエログリフが作られたのはだいたい前3000年で,この時期のエジプト文化にはメソポタミア文化の強い感化があって,その文字もおそらくシュメール文字の刺激によるという説がある。いわゆるエーゲ群の文字のうちクレタ文字は前2000年ころから知られ,ヒッタイト象形文字は前1500-前700年の間用いられた。クレタはその歴史を通じてエジプト文化の影響下にあり,ヒッタイトはクレタ文化との関連がある。中国では前1300年ころからいわゆる甲骨文字(甲骨文)が知られている。これもインダス文明を媒介として結局はシュメール文字につながるとすれば,象形文字の起原も案外単一で,人類が文字を創造したのはメソポタミアにおいてであったという説もある。
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執筆者:河野 六郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般に文字分類の一部門に対する用語として使われる場合と、とくに古代エジプト文字(ヒエログリフ、聖刻文字)に対して使われる場合がある。
前者はもとは漢字分類の用語として生じたもので、許慎(後2世紀)が『説文解字』で行った漢字分類であるいわゆる「六書(りくしょ)」(指事、象形、会意、形声、転注、仮借)の一つに基づいている。ここでの「象形」は、漢字のなかで「日」とか「月」のようにそれが表す事物の形を絵画的に描き出している文字のことである。しかし、漢字全体がしばしば一種の象形文字とみなされ、またこれに類する各種の古代文字(マヤ・アステカ文字、地中海古代文字、太古ルーウィー文字、とりわけ古代エジプト文字)も、これに準じてしばしば象形文字とよばれている。
古代エジプト文字は、ヘロドトスが『歴史』で行った分類(ここでは古代エジプト文字の3種の書体)に従ってヒエログリフ(神聖な刻文、聖刻文字)とよばれるが、一般にはしばしばエジプト象形文字、あるいは単に象形文字とよばれている。ヘロドトスの分類の他の二つ、それぞれヒエラティック(神官文字)とデモティック(民衆文字)は記念碑体ヒエログリフの草書体であり、象形文字的性格が薄れている。
エジプト象形文字の起源はかならずしも明白ではないが、もっとも早期の文字遺物は紀元前3000年ごろにさかのぼる。「ナルメルのパレット」とよばれる紀念書板はその一つであり、これに含まれる寓意(ぐうい)的な絵画はエジプト象形文字の前身を思わせる。しかし、この文字はごく初期から表音性(ただし、子音のみを表記するもの)をもっていたと考えられ、またメソポタミア文字体系の影響を受けて、限定符(単語の末尾に置かれ、そのおよその意味を表示する表意文字)が使われるようになった。王族名の表記に用いられるカルトゥーシュ(前後が半円形の囲み)も限定符の一つである。
エジプト象形文字の種類は、初期と後期で若干異なるが、中王国ではほぼ750個ほどが使われていた。文字図形は神々や男女、鳥、魚、動物、草木、建物や船、衣装や各種の道具のほか、起源の不明なものもかなりある。しかし、全般として、ナイル河畔の古代文明をきわめて具象的に表現している。書字方向は右から左が一般的であるが、同一碑文に右から左および左から右の方向の刻文が使われている場合もあり、縦書きの刻文もきわめて多い。生物(神、人間、鳥、動物など)は一定の方向(書字方向と反対の方向)を向いている。
エジプト象形文字は3000年以上の使用ののち4世紀末に使われなくなった。1799年エジプトに進攻したフランス軍により発見されたロゼッタ石(2種のエジプト文字およびギリシア文字を用いた対訳刻文)をおもな手掛りとして、フランス人ジャン・フランソワ・シャンポリオンはこの文字の基本的な用法を解明し、1822年にその解読を公表した。それ以後、エジプト象形文字、および、この文字により記された古代エジプト語の研究が盛んになり、エジプト学は急速に進歩した。
[矢島文夫]
『ペネロペ・ウィルソン著、森夏樹訳『聖なる文字ヒエログリフ』(2004・青土社)』▽『加藤一朗著『象形文字入門』(中公新書)』▽『モーリス・W・M・ポープ著、唐須教光訳『古代文字の世界――エジプト象形文字から線文字Bまで』(講談社学術文庫)』
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…(3)エンブレマータの流行 ルネサンス以降のアレゴリー志向をとくに推進させたものに,〈エンブレマータEmblemata〉(寓意,標章図像集)の出版がある。その契機は1419年,アンドロス島で発見された4世紀のアレクサンドリアの文法学者ホラポロンHorapollōnのギリシア語の写本《象形文字》である。この書のなかで,著者はエジプトの〈極秘の修法〉と呼ばれる象形文字の判じ絵的要素に注目し,文字の役割を果たす動物のアレゴリー(例えば,鹿は〈長寿〉,コウノトリは〈父母への愛〉)などを詳しく解明した。…
…〈聖刻〉の名のごとく石面・木面に刻まれた例が多いが,しっくい壁やパピルスにも書かれた。象形文字,絵文字ともよばれるように,きわめて具象的であることで有名である。文字形成の素材は人体,人体の各部分,人の動作,動物(鳥,獣,魚,爬虫類,虫),植物,地形,天体,建造物,祭器,装身具,武器,農器具,道具,容器,食物など万般にわたり,基本的な文字の数は700余り。…
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[字の形]
今日用いられている文字のほかに,かつて行われていた文字を含めると,文字の種類はひじょうに多く,それぞれにおける字の形や字の配列法など多種多様のものがある。古代の漢字やエジプト文字などのように,字の形の多くが物の形をかたどっているものは〈象形文字〉と呼ばれ,バビロニア,アッシリア,古代ペルシアの文字資料にみられる〈楔形(くさびがた)文字〉や,ヘブライ文字,パスパ文字などに対する〈方形文字〉の呼名はそれぞれ字の形に即して与えられたものである。ちなみに,古代エジプトの象形文字は〈ヒエログリフhieroglyph〉と呼ばれ,それは〈聖刻文字〉ともいわれて,古代人の文字に対する神聖観のあらわれであると説かれるが,この術語は古代エジプト文字に限らず,ヒッタイト,クレタ島などの象形文字や漢字にも通用されている。…
※「象形文字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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