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キング キングKing, Charles

35件 の用語解説(キングの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キング
King, Charles

18世紀初めのイギリスの経済評論家,商人。イギリスの保護主義重商主義の先駆者で,代表的な論客であった。 1713年トーリー党政府が締結したユトレヒト条約の付帯条項である通商条約案はフランスとの自由貿易再開を認めたものであったが,キングホイッグ党の機関紙"The British Merchant"を主導して,D.デフォーの主導するトーリー党機関誌"Mercator"の貿易開放論に対抗し,保護主義の観点から通商条約の批准阻止に成功した。彼の説は国内市場を対外市場と区別して重視し,低賃金の後進諸国と競争するための保護関税の必要を説いたものであった。のちキングは新聞によるこの対仏通商論争の主張をまとめ,21年に著書『イギリスの商人』 The British Merchant,or Commerce Preserved (3巻) として出版している。これはイギリス重商主義の代表的文献の一つとされている。

キング
King, Ernest Joseph

[生]1878.11.22. ロプレイン
[没]1956.6.25. ポーツマス
アメリカの海軍軍人。 1901年海軍兵学校卒業。アメリカスペイン戦争に士官候補生として参加,第1次世界大戦では大西洋艦隊参謀。第2次世界大戦中,アメリカの艦隊総司令官兼海軍作戦部長 (1942~45) 。 44年元帥。

キング
King, Francis Henry

[生]1923
イギリスの小説家。モーム賞を得た『分流』 The Dividing Stream (1951) などがある。イギリス文化振興会京都地区代表として滞日 (59~63) 。

キング
King, Gregory

[生]1648.12.15. スタッフォードシャー,リッチフィールド
[没]1712.8.29. ロンドン
イギリスの統計家,系譜紋章学者。土地測量士の子として生れ,印刷,測量士の助手などを経て,紋章関係の図版製図,土地測量の技術を修得。 1667年紋章院属官,のちにランカスター紋章官。紋章学,測量,印刷術などに深い造詣をもっていたが,同時に社会現象の数量的観察に興味をもち,その著『イングランドの状態』 Natural and Political Observations and Conclusions upon the State and Condition of England (1696) は,最初の科学的人口統計調査として名声を博した。

キング
King, Henry

[生]1592
[没]1669
イギリスの詩人。チチェスターの主教。ダン,I.ウォルトン,B.ジョンソンの友人。形而上詩スタイルで書かれたエレジー『葬送』 Exequyなどの佳作を含む『詩集』 Poems (1657) がある。

キング
King, John Alsop

[生]1788.1.3. ニューヨーク
[没]1867.7.7.
アメリカの政治家。独立革命時代の政治指導者 R.キングの子で,1849~51年連邦下院議員。 57~59年ニューヨーク州知事。

キング
King, Martin Luther, Jr.

[生]1929.1.15. ジョージアアトランタ
[没]1968.4.4. テネシー,メンフィス
アメリカの黒人牧師,人種差別撤廃運動家。ノーベル平和賞受賞 (1964) 。 1948年モアハウス大学,51年クローザー神学校で神学士,55年ボストン大学で博士の学位を取得。 54年アラバマ州モントゴメリで牧師に叙任された。 56年同地でバス内での人種差別に抗議してバス・ボイコット運動を起し,1年間余にわたり黒人住民の団結と協力を得てこれを成功させた。この後,南部キリスト教指導会議 SCLCを組織。 63年黒人の公民権を求めるワシントン大行進を指導。 67年活動をベトナム反戦運動にまで拡大。 68年に暗殺されるまですべての運動を非暴力主義で貫いた。著書『黒人はなぜ待てないか』 Why We Can't Wait (64) ほか。

キング
King, Phillip

[生]1934.5.1. チュニス,ケレディン
チュニジア生れのイギリスの彫刻家。 1945年渡英。ケンブリッジ大学で言語学を専攻したのち,1年間セントマーティン美術学校で A.カロに彫刻を学んだ。カロ同様,59年から2年間 H.ムーアの助手となる。初の個展では既成品を組合せた作品を発表。次いで彩色彫刻に移り,カロとともに 1960年代のイギリス彫刻界の代表的作家となった。またプラスチックによる彩色彫刻も制作。 70年代になると金属を素材とし,曲面の交錯するダイナミックな構成的作品を作り出した。

キング
King, Rufus

[生]1755.3.24. マサチューセッツスカーバラ
[没]1827.4.29. ロングアイランド
アメリカの政治家,外交官。 1784~87年大陸会議の代表,87年合衆国憲法制定会議に出席,89~96年ニューヨーク州選出の連邦上院議員連邦派の指導者となる。 1816年 J.モンローに対抗して大統領選挙の候補となったが敗北,連邦派最後の大統領候補となった。2度にわたってイギリス駐在公使をつとめた (1796~1803,25~26) 。

キング
King, William Lyon Mackenzie

[生]1874.12.17. オンタリオベルリン
[没]1950.7.22. ケベック,キングズメア
カナダの政治家。 W.L.マッケンジーの孫。トロント大学卒業後アメリカで学び,1900年政界入り。労働次官として 07年のバンクーバーにおける排日移民騒動の処理にあたった。 09年 W.ローリエ自由党内閣の労相。 11年総選挙に敗れ,一時ロックフェラー財団の労働問題顧問をつとめたが,19年ローリエの跡を継いで自由党党首。 21~26,26~30,35~48年首相。イギリス系カナダ人だが,E.ラポアント,L.サン・ローランらフランス系カナダ人のよき同僚を得て,ケベックの自由党支持を確保し,カナダ史上記録的に長い首相の座を維持した。 45年国連創設会議カナダ代表団長,48年国連カナダ首席代表。一生涯独身を通したことでも有名。彼の最大の功績は第2次世界大戦時にカナダの統一を確保し,外交上の自治を一層推進させたことで,カナダが大戦に自国の責任において協力し,戦争への参加が,イギリス系とフランス系カナダ人の対立抗争の種とならなかった点は注目される。一方,カナダとイギリス,アメリカの関係はかつてないほど強化され,特に戦後のカナダ経済における対米依存の傾向は,キング時代の末期から明らかになった。老齢年金の制定,社会福祉的立法の実現に尽力。主著"Industry and Humanity" (1918) ,"Canada and the Fight for Freedom" (44) 。

キング
King, William Rufus de Vane

[生]1786.4.7. ノースカロライナサムソン
[没]1853.4.18. アラバマ,カハバ
アメリカの政治家,外交官。 1810年連邦下院議員。 16年ナポリ王国ロシア帝国への外交使節。 19~44,48~53年民主党の連邦上院議員。 53年副大統領

キング
King, Stephen Edwin

[生]1947.9.21. メーンポートランド
アメリカの小説家。最初の長編小説キャリー』 Carrie (1974) 以来,『呪われた町』 Salem's Lot (75) ,『シャイニング』 Shinning (77) ,『デッドゾーン』 The Dead Zone (79) ,『It (イット) 』 (86) ,『ミザリー』 Misery (87) など一貫してさまざまな恐怖を主題としたベストセラーを発表し続ける。 1980年までに総計 2200万部が売れたともいわれ,また多くの作品が映画化された。ほかにリチャードバックマンの筆名でも多くの小説を執筆している。

キング
King, Billie Jean

[生]1943.11.22. カリフォルニア,ロングビーチ
アメリカ合衆国のテニス選手。女子プロテニスの地位向上に大きく貢献した。1961年ウィンブルドン選手権大会の女子ダブルスにカレン・ハンツェと組んで出場し,史上最年少ペアで優勝。ウィンブルドン選手権では歴代最多の 20勝(女子シングルス 6勝,女子ダブルス 10勝,混合ダブルス 4勝)を達成したが,2003年にマルチナ・ナブラチロワタイ記録を樹立した。1968年全豪選手権大会(→全豪オープン)女子シングルス,1972年全仏オープン女子シングルスを制した。ダブルス選手としても最も優れた選手の一人で,27の主要タイトルを獲得した。1967年にはウィンブルドン選手権,全米選手権大会(→全米オープンテニス選手権大会)のシングルス,ダブルス,混合ダブルスの 3種目すべてを制覇という偉業を達成した。1968年にプロに転向。女子プロテニス協会 WTAの設立者の一人で,初代会長(1974)を務めた。1984年に現役を引退し,1990年代中頃からフェドカップオリンピック競技大会コーチを務めた。1987年に国際テニス殿堂入り,1990年には全米女子殿堂入りを果たした。

キング
King, B.B.

[生]1925.9.16. ミシシッピ,イッタベナ近郊
[没]2015.5.14. ネバダ,ラスベガス
アメリカ合衆国ブルースミュージシャン。本名 Riley B. King。ミシシッピ・デルタブルースの伝統に深く根ざしながら,ジャズリズム・アンド・ブルースの影響を受けたキングの音楽は,世界の喝采を浴び,さまざまなジャンルポピュラーミュージシャンたちにひらめきを与えた。20代初めにテネシー州メンフィスに移り,ナイトクラブで演奏するかたわら,ラジオ局ディスクジョッキーの職を得て「B.B.」(ブルース・ボーイ)というニックネーム呼ばれるようになった。初ヒットは 1951年の『スリー・オクロック・ブルース』。おもなアルバムに,初のグラミー賞受賞作となった『ザ・スリル・イズ・ゴーン』(1969),バン・モリソンボニー・レイット,エリック・クラプトンらを迎えたアルバム『デューシズ・ワイルド』(1997)など。グラミー賞は通算 15回受賞。1980年ブルースの殿堂入り。1990年ナショナル・メダル・オブ・アーツ,1995年ケネディセンター功労賞を受けた。

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デジタル大辞泉の解説

キング(king)

王。国王。
トランプで、王様の絵のついた札。
チェスで王の駒。
王のような存在。最強のもの、最大のもの。「ホームランキング

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

キング

米国のブルース・ギター奏者,歌手。本名ライリー・B.キングRiley B.King。今日,もっともよく知られたブルース奏者の一人で,〈キング・オブ・ザ・ブルース〉の異名をとる。

キング

米国の小説家。1974年に《キャリー》を発表後,ベストセラー作家となり〈モダンホラー〉の旗手とみなされる。映画化作品は多く,また作品のほとんどが邦訳されている。
→関連項目キューブリック

キング

米国の黒人牧師。ジョージア州アトランタの黒人牧師の家庭に生まれる。ガンディーの影響を大きく受け,1955年アラバマ州モンゴメリーで,市営バスの差別的座席制に抗議して非暴力によるバス・ボイコット運動を指導したのを契機に全国的な公民権運動の指導者となる。
→関連項目バプティストメンフィスモンゴメリー

キング

カナダの政治家。労働問題に精通し,労相(1909年―1911年)となる。1907年,日系・中国系移民の排斥を叫ぶバンクーバー騒動を調停。1919年自由党党首に推され,1921年―1948年の間に3度首相となり,22年間政権を握った。

キング

1925年講談社が創刊して空前の成功を収めた大衆雑誌大衆社会状況を察知した野間清治が〈万人のための百万雑誌〉を目ざして刊行,最高発行部数150万。〈岩波文化〉に対比される〈講談社文化〉の中心となった。
→関連項目主婦の友

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

キング King, Edward Julian

1866-? アメリカの外交官。
1866年3月29日生まれ。明治25年(1892)来日して日本郵船に入社,27年まで船長をつとめる。ついで函館で輸出業をいとなみ,37年函館駐在アメリカ領事に任命された。大正8年(1919)横浜で死去したと推定される。ニューヨーク出身。

キング King, Archibold

1848-1886 イギリスの造船技術者。
明治6年(1873)来日。8年まで工部省工学寮(現東大)の器械学教師,9年から石川島平野造船所(石川島播磨(はりま)重工業の前身)の技師をつとめた。明治19年8月28日コレラのため東京で死去。38歳。グラスゴー出身。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

キング

没年:明治19.8.28(1886)
生年:1848
明治期に来日したお雇い外国人イギリス人機械・造船技師。スコットランドのグラスゴー生まれ。明治6(1873)年ダイアーらと共に来日し,工学寮(東大)の模型師に就任。8年民間雇となり,12年に平野富二の経営する石川島平野造船所の分工場として設けられた横浜石川口製鉄所の顧問技師を委嘱された。官営横浜製鉄所が西洋から買い入れた新しい設備を引き継いで,船舶用機械と一般機械の製造を開始し,その技術指導をした。これが今日の石川島播磨重工業へと発展した。19年コレラにかかり東京で死去し,東京染井霊園外国人墓地に葬られた。

(三好信浩)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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防府市歴史用語集の解説

キング

イギリスの水師提督毛利敬親・元徳父子と問屋口の貞永邸で会見し、一緒に写った写真を残しています。

出典|ほうふWeb歴史館
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占い用語集の解説

キング

コートカードの中の一つ。タロットカード小アルカナ56枚のうち、コートカードは、キング(王)・クィーン(女王)・ペイジ(小姓)・ナイト(騎士)の四種類があり、またキング(王)にはワンド(棒)・カップ(杯)・ソード(剣)・ペンタクル(金貨)の四種類がある。

出典|占い学校 アカデメイア・カレッジ
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デジタル大辞泉プラスの解説

キング

宮崎県にある、本家 宮崎肉巻きおにぎりキャラクター

キング

イギリスで結成されたエレクトロニカ・バンド、イヤーズ・アンド・イヤーズの曲。2015年発売のアルバム「コミュニオン」収録曲。原題《King》。

出典|小学館
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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

キング

正式社名「株式会社キング」。英文社名「K I N G C o., L t d.」。繊維製品製造業。昭和21年(1946)前身の「山田商店」創業。同23年(1948)「株式会社キング染工芸社」設立。同53年(1978)現在の社名に変更。東京本社は東京都品川区西五反田。衣料品会社。ミセス向けなど婦人服中心のアパレル中堅。専門店向けが多い。テキスタイル卸売りも手がける。東京証券取引所第1部上場。証券コード8118。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

キング【Ernest Joseph King】

1878‐1956
アメリカの海軍軍人。オハイオ州ロレーン出身。大西洋艦隊司令官などを経て,第2次世界大戦時には海軍作戦部長(1942‐45)。1944年に海軍元帥となった。大戦時には,アメリカ統合参謀本部(JCS),英米合同参謀本部メンバーで,軍事戦略問題に関するF.ローズベルト大統領の顧問でもあった。【藤本 博】

キング【Martin Luther King,Jr.】

1929‐68
アメリカのキリスト教牧師。マハトマガンディー非暴力抵抗方式を人種差別撤廃を目指す黒人闘争へ移植した黒人指導者。ジョージア州アトランタの有力黒人牧師の家庭に育った彼は,〈敵をも愛す〉キリストの愛を深く信じてはいたが,個人をこえた人種間の闘争手段としては有効でないと考える。黒人のためのモアハウス大学を卒業後,北部のクロイツァー神学校とボストン大学に学び,1955年に博士号を授与されるが,この間人種正義実現への手段を求めて思想的遍歴を重ね,ガンディーに到達した。

キング【William Lyon Mackenzie King】

1874‐1950
カナダの首相(在職1921‐26,26‐30,35‐48)。オンタリオ州に生まれる。母方の祖父は有名な急進的政治家のW.L.マッケンジー。トロント大学,シカゴ大学で労働問題を学び,ハーバード大学で社会学の博士号を取得。1900年新設の労働省次官となり,07年には日系・中国系移民の排斥を叫ぶバンクーバー騒動の調停に当たった。09年ローリエ首相の要請により自由党より出馬して下院議員となり,同時に労働大臣に就任した。

キング

野間清治によって1925年(大正14)1月号から刊行された大衆娯楽雑誌。大正期に成長しつつあった社会の大衆化現象を敏感にとらえた野間は,〈万人のための百万雑誌〉という望みを託し,〈日本一おもしろい,日本一為になる,日本一安い雑誌〉をモットーとした。創刊号には〈《キング》は雑誌界の王者(キング)である。国立公園(ナシヨナルパーク)である。一大驚異(グレートワンダー)である〉と抱負を述べ,多額の宣伝費を投入した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

キング【king】

王。国王。王様。
トランプで、王様の札。 「ハートの-」
チェスで、王の駒こま
他の外来語などに付いて、複合語を作る。
最上・最高の者の意を表す。 「ホームラン--」
並はずれて大きいこと、大型や大判よりさらに大きいものの意を表す。
雑誌名(別項参照)。

キング【King】

〔Gregory K.〕 (1648~1712) イギリスの統計学者。穀物の収穫高と価格の変動の関係についての「キングの法則」で知られる。
〔Martin Luther K.〕 (1929~1968) アメリカの黒人運動指導者・牧師。人種差別に反対し、非暴力主義の立場から公民権運動に指導的役割を果たした。遊説中に暗殺された。

キング

1925年(大正14)大日本雄弁会講談社が創刊した大衆雑誌。戦中の改題(「富士」)をはさみ、57年(昭和32)まで続いた。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のキングの言及

【公民権運動】より

…黒人や他の少数グループが,教育,雇用,住居,選挙,司法などの分野における人種差別に抗議し,白人と同等の権利の保障を要求するアメリカの運動。公民権運動がもっとも活発であったのは,1954年の合衆国最高裁判所の人種別学法違憲判決(ブラウン事件判決)から65年の投票権法の制定に至る期間である。この時期には,黒人と白人が参加した有力な運動団体(全米黒人地位向上協会(NAACP),全国都市同盟(NUL),南部キリスト教指導者会議(SCLC),人種平等会議(CORE),学生非暴力調整委員会(SNCC)など)が中心になって,南部における人種隔離制度,差別慣行を打ち破るために非暴力・直接行動が繰り広げられた。…

【平和】より

…社会科学はこれまで,戦争についてほどには平和について知識を蓄積してきていない。実際,戦争の歴史は書かれても,平和の歴史が書かれることはなかった。戦争は激しい情動の源泉であるために,詩歌,文学,絵画,映画などの強いモティーフになってきたが,平和がそれらに占める位置はごくささやかなものにすぎなかった。平和とは失われて初めてその尊さがわかる類のものであり,平和のうちに暮らしているとき,ひとはことさらにそれに思いをはせることはなく,せいぜい平和ならざる他者の不幸との比較において己の平和を自覚するものなのである。…

【カナダ】より

…減速経済の下,世界各国はむしろ雇用の拡大のために厳しい外国企業の争奪戦の段階に入っていたのである。
[北米市場統合への動き]
 加米経済関係の緊密化は,両大戦間期のアメリカ企業の対カナダ直接投資により深まりつつあったが,マッケンジー・キング自由党政権下で1935年に締結された加米互恵条約によっていっそう強化された。第2次世界大戦以後,59年の防衛生産分担協定を通してさらに強化された。…

【マス・コミュニケーション】より

…なお,義務教育就学率は1902年から90%を超えている。(2)マス・コミュニケーションの成立と展開 日本におけるマス・コミュニケーションの世界の成立は,関東大震災以降,都市化が進展し,都市中間層の間に〈マス化現象〉があらわれ始める1920年代の前半,具体的には株式会社として大量生産,大量販売の体制をととのえ,〈不偏不党〉のイデオロギーを定着させた《大阪朝日新聞》《大阪毎日新聞》の両紙がともに100万部を超える24年,講談社の野間清治が〈国民雑誌〉と称するそれまでにない部数(創刊号74万部,翌新年号150万部)をもつ《キング》を創刊し,最初の電波媒体であるラジオが仮放送を開始する25年を,その指標にみてもよい。もっともラジオが農村地帯にまで広く普及し,いわゆるナショナル・メディアに成長していくのは,中国との全面戦争が始まる30年代後半のことである。…

※「キング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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