日本歴史地名大系 「境村」の解説
境村
さかいむら
- 鳥取県:境港市
- 境村
弓浜半島の最北端に位置し、北は境水道を隔てて島根半島に相対する。東と南は
文明三年(一四七一)一二月一一日の尼子清定宛京極政高感状(佐々木家文書)に「伯州境松」での合戦が記されているが、この「境松」は当地のこととする説がある。天文四年(一五三五)および永禄一二年(一五六九)の旧余子神社棟札写(竹内余子神社蔵)には「坂江」と記され、戦国期の六月一〇日付小早川隆景書状(閥閲録)に「境津」がみえる。天正一五、六年(一五八七、八八)頃の吉川広家領地付立(吉川家文書)に「伯州之内堺村」として「参百貫 堺村内、二百貫福田給、百貫池上給之」とあり、続けて「百貫 長屋」「百貫 はしの浦」が記される。この堺村は当地を含めた弓浜半島北部一帯の呼称と考えられるが、「長屋」「はしの浦」がどこをさすかは不明。慶長二年(一五九七)三月一九日の雲伯境目証文(伯耆志)には
この証文は前記村々と島根半島の
境村
さかいむら
- 山梨県:都留市
- 境村
東流する桂川の南岸に位置し、対岸は
境村
さかいむら
越中国の最東端にあり、東は境川を隔てて越後国
境村
さかえむら
境村
さかえむら
現西伯町域の北端、
境村
さかいむら
河辺郡との郡境にあたり、南は
久保田領郡邑記によれば、村の
境村
さかいむら
境村
さかいむら
- 東京都:武蔵野市
- 境村
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
- 滋賀県:八日市市
- 境村
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
- 鹿児島県:垂水市
- 境村
境村
さかいむら
- 和歌山県:田辺市
- 境村
社寺として「続風土記」は、小祠四(尾山明神社・秋葉社など)、不動堂、砦跡として
境村
さかいむら
境村
さかいむら
- 埼玉県:深谷市
- 境村
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
境村
さかいむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報