出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
能の曲目。五番目物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)の名作。嵯峨(さが)天皇の子息源融(とおる)が京都に豪奢(ごうしゃ)な邸宅を営み、そこに歌枕(うたまくら)で有名な陸奥(みちのく)の塩釜(しおがま)の景色をそのままにつくり、海水を運ばせて塩焼く風情を楽しんだことは『伊勢(いせ)物語』にもみえる。『古今集』には、その壮大な風雅も廃墟(はいきょ)となったむなしさを、紀貫之(きのつらゆき)が「君まさで烟(けむり)絶えにし塩がまの浦さびしくも見えわたるかな」と詠じている。
東国の僧(ワキ)が都に上り、六条河原の院に休んでいると、担桶(たご)を担いだ潮汲(しおく)みの老人(前シテ)が登場し、ここが融大臣(とおるのおとど)の風流の跡であることを語り、貫之の和歌を引き、懐旧の涙にむせぶが、旅人に四方の名所の眺望を教え、満月とともに潮を汲む態で消え去る。僧の夢のなかに、融の亡霊(後(のち)シテ)はありし日の貴族の装いでふたたび現れる。月の美をさまざまに語り舞いつつ、夜も明け方になると、彼はまた月の世界へと帰っていく。日本的な数寄(すき)の世界の極致、それも荒れ果てた思い出の跡からの栄華の幻想という前段と、月の美への回帰という視点で描いた後段とがみごとに対比され、詩趣豊かな能である。流れるような舞のおもしろさを強調した、さまざまの演出が各流にある。世阿弥以前は、源融が幽鬼の姿で登場する荒々しい能であったらしい。
[増田正造]
能の曲名。五番目物。世阿弥作。シテは源融の霊。旅の僧(ワキ)が都に着き,河原の院の旧跡を訪れると,潮汲みの老人(前ジテ)がやって来る。桶(おけ)をかついだ老人がいうには,ここは左大臣源融の旧邸で,融は奥州塩竈(しおがま)の浦の眺望をしのんで,難波の浦から邸内の池へ海水を運ばせ,塩を焼かせて楽しんだと物語り,懐旧の思いにふける(〈語リ等〉)。また,老人は,僧の求めに応じて見え渡る京の山々を指さして教え,うち興じていたが,ふと思い出して桶で潮を汲むうちに,潮ぐもりで姿が見えなくなる(〈掛ケ合・ロンギ〉)。僧が待っていると,夜半過ぎに融の大臣(後ジテ)が昔の姿で現れ,楽しげに舞を舞い(〈早舞(はやまい)〉),月景色をめでるうちに明け方となり,融の姿は月世界に向かうかのように消え去る(〈ロンギ〉)。
文辞,節付けともによく,世阿弥の作能の中でも佳品。しみじみとした懐旧の場面から,一転して明るい名所教えに移るなど,独特の味がある。前場,後場ともロンギが優れている。
執筆者:横道 万里雄
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…河原院は宇多上皇の領となった。【黒板 伸夫】
[説話と伝承]
融の邸宅河原院は,その景観が賞され,当時の詩歌にしばしば詠じられている。なかでも,陸奥の塩釜を模したことは有名で諸書にみえる。…
※「融」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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