奈良時代から現在と同じ語感を表わしたと思われるが、平安時代には挙例の「伊勢物語」のように「たち」に更に接尾語「ども」を伴う用法が見られるところから、「友達」はすでに単数として使われていたことが知られる。「友達」が文字どおり複数の意味を表わす時は「トモ‐タチ」であって、単数の意味を表わす時は「トモ‐ダチ」であったと考えられる。
友だちの関係はさまざまな人間関係のなかで独特の位置を占めている。人間関係には,親子,兄弟姉妹といった血縁関係,向う三軒両隣から地域共同体にいたる地縁関係,そしてこのいずれでもない社縁関係がある。社縁関係は会社などの職場の人間関係をはじめ,各種の教育機関における同級・同寮・同窓関係,信仰を共にする宗教団体,政治的信条を分かつ政治結社,職業を同じくする同業者団体,趣味・スポーツなどの同好者団体など,ある時点で共通の関心や利害をもつ人との関係に始まり,同郷者の会,戦友会,遺族会,さらに各種の被害者同盟など,過去の経歴,体験ないし歴史を共有する間柄の人たちとの関係を含む。主としてこのような社縁関係に発して,もっとも親密な関係を持続的に保っている間柄のことを〈友だち〉と呼んでよいだろう。したがって友だちは,近所づき合い(地縁関係)で生まれた,社縁関係を含まないものもあるが,大方は社縁関係を契機とする人間関係の一種である。
人間関係は血縁,地縁,社縁とも,ときにわずらわしいものになりうる。近代的自我の発達によって,個人の自立的行動を志向し,自由な存在であろうとする人にとって,ときに家族や近所づき合いは逃避したくなる対象になりうる。そのとき人は地縁・血縁から解放された社縁関係により好ましい人間関係を見いだし,なかでも友だちという親密な関係は個人がもっとも解放感を味わうことのできる関係になるといえよう。とくに濃密な体験を共有した者同士の関係は深い。
時代をさかのぼれば,たとえば朋友(同門,同志)という言葉は孔子の時代からあり,とくに〈朋有り遠方より来る,また楽しからずや〉という《論語》(孔子)の言葉は,日本人など東アジアの人間にとって一種の常套(じようとう)句になっている。また相互に信頼する親密な関係として年齢差や性別を問わず,地位・身分に関係なくつき合える友だちは,古くから洋の東西を問わずに存在してきた。他人同士が経験を共有することにより生まれる永続的人間関係が友だちとすれば,異性の友だち同士が結婚にいたり,社縁を契機にした血縁関係を作ることもあるし,また共通体験が地縁性を強化することもある。
注目すべきは,社縁が友だち関係を媒介として新たな社縁を生むこと,ことに社会的有力者間の友だち関係が社会全体を動かしてゆく現象である。学閥,郷党閥のようなつながりが,エネルギーとなって一定の影響を社会に与える。日本の国家のかなりの部分は旧制高校の卒業生によって担われてきたし,イギリスの全寮制のカレッジ,アメリカの大学の男子寮フラターニティfraternity,女子寮ソロリティsororityが,それぞれの国の政治・経済に与える影響は見のがせない。
執筆者:米山 俊直
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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