出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
特定の個人あるいは集団の間で価値あるものを互恵的に交換する体系のこと。交易は大別して,貿易など経済上の生活必需物資の交換(この場合には市場の形成に関連する)と儀礼的に交換する場合とに類別できようが,前者は貨幣を媒介とする商業的レベルで,また,後者は直接的な物々交換に重点を置いて行われることが多い。したがって,経済的交易は貨幣経済の発展を前提とした交易であるのに対し,儀礼的交易は物品に対する等価意識や呪術的認識が前提となる。ともあれ,後者の交易は与える側と受ける側との伝統的な社会慣行によって物資の質・量が規定されていて,たとえばかつてのメラネシアにおいては貝製品,カヌー,ブタなどが儀礼的交換の対象として顕著であった。こうした交易の範囲は特定の地域単位内部での交換から,シルクロードなどに象徴されるように直接または間接であれ地理的にもかなりの遠距離に及ぶものまでみとめられる。
交易には一定の秩序があり,無秩序の現象ではない。つまり,市場や再配分の組織とともに,いわゆる未開社会においても,特定の儀礼的交換の回路に一定の組織的指向性があり,特定のパートナー間で物品の交換を行うのである。このような交換回路には,海岸部と内陸部の種族間で海産品と山の産物が一定の時期に交換されたり,あるいはA→B→Cというように種族や集団が連鎖状に連結した交易関係を呈する事例などがある。こうした異種族間の交易の方式で著名なのが沈黙交易である。これは,交易を行う一方の側が慣習的に定められた一定の場所に自己に属する産品を置いて姿を消すと,やがて他方が来てこれを収受し,そこに代りの産品を置いておき,やがてこれを一方の側が収受するという交換の方式である。したがって,両者の間では直接に接触,交渉することや言語表現を媒介することもないのであって,アフリカの採集狩猟民と農耕民(つまり,文化的に差異を有する)の間で行われる事例などが有名である。このようにして異種族間での交易が持続されるならば,種族間の社会関係は強化され,かつ空間的にも拡大することを可能にするものといえよう。とくに未開種族間における交易は経済的取引とは異なり,儀礼的性格が顕著に表出される傾向がみられることはM.モースによって指摘されたとおりである。
交易と儀礼的贈与交換の体系がからみ合った事例として有名なのは,ニューギニア東端の島々で行われる,クラ交易である。かなり遠距離にまで及ぶ島々がクラ交易の体系の中に組み込まれており,カヌー作り,航海,交易はそれぞれ呪術的儀礼によって覆われている。交易としては貝製の首飾と腕輪が,特定の方向に循環する儀礼的贈与交換の回路を形成しており,これにヤムイモ,サゴヤシ,干魚,土器,石斧などの生活物資の交換が伴っている。
→市 →贈物
執筆者:大胡 欽一
原始・古代において,産地の限られた天然資源とその加工品,あるいは製作に高度な技術を必要とする製品の交易が認められる。石器の材料となる黒曜石はアメリカや西アジアでも広く使用されたが,日本では十勝岳,長野県和田峠,伊豆,隠岐,大分県姫島,阿蘇などの地域に産地が限定される。サヌカイトは奈良県・大阪府二上山,兵庫県岩屋,香川県金山,広島県冠山などに産するものが使用された。これらの石材は先縄文時代から弥生時代まで,打製石器の石材となった。弥生時代の福岡県今山産の玄武岩製の石斧や,同県立岩産の輝緑凝灰岩製の石庖丁において製品の交易が説かれているが,石材や製品が交易されたのか,製作者が石材産地に出向いたのかは未解決である。ヨーロッパでは石器の石材にフリントが多く使われたが,イギリス諸島では四つの産地が著名である。その一つのグライムズ・グレーブズ遺跡では大きな採石場があり,ここのフリントはイギリス各地に流通した。また琥珀(こはく)はバルト海沿岸の良質の品が青銅器時代から広くヨーロッパ各地に交易された。中国の雲南省や日本の新潟県姫川産の硬玉は装身具の材料として広く流通した。南海産の子安貝は旧石器時代のフランス,殷代の中国,縄文・弥生時代の日本の遺跡などで発見される。このほか,塩や接着剤のアスファルトなども交易の対象となった。金属器や陶器など,高度な技術で製作されたものの交易は青銅器時代以降に発達した。古代エジプトのファイアンスの青色の玉は流通範囲が広く,イギリスの墓地遺跡でも出土する。ヨーロッパでは交易品たる青銅器を携えて移動する人々が,製品を一時的に保管した埋納遺跡がある。原始社会の交易は小地域内のもの,広域にわたるもの,ともに互恵的な性格が強いが,古代には支配者によって政治的に掌握され,貢納物資として流通するものも現れた。
執筆者:都出 比呂志
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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