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ウォルフ ウォルフ Wolf, Christa

32件 の用語解説(ウォルフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウォルフ
ウォルフ
Wolf, Christa

[生]1929.3.18. ランツベルクアンデアワルテ
[没]2011.12.1. ベルリン
ドイツの作家。旧姓 Ihlenfeld。親ナチスの中流家庭に育ち,第2次世界大戦後に家族とドイツ民主共和国東ドイツ)に移住した。イェーナ大学ライプチヒ大学に学び,1962年まで東ドイツ作家同盟機関誌の編集者を務めた。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolf, Friedrich

[生]1888.12.23. ノイビト
[没]1953.10.5. レーニッツ
東ドイツの劇作家,小説家。第1次世界大戦には軍医として従軍,かたわら表現主義の戯曲『マホメット』 Mohammed (1917) を発表して文壇に登場。 1928年共産党に入党,33年以降スイスフランスを経てソ連に亡命,反ナチス運動に従事した。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolf, Friedrich August

[生]1759
[没]1824
ドイツの古典学者。 1783~1806年ハレ大学古典文献学教授。ホメロスについての研究で著名。主著『ホメロス序説』 Prolegomena ad Homerum (1795) 。 (→ホメロス問題 )  。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolf, Hugo (Philipp Jacob)

[生]1860.3.13. ウィンディッシュグラーツ(現スロベニグラデツ)
[没]1903.2.22. ウィーン
19世紀オーストリアロマン派リートの代表的作曲家。 1875年ウィーン音楽院に入学,作曲を学んだが,77年退学。ワーグナーに傾倒し終生熱烈なワーグネリアンとなり,文学や演劇を深く研究してすぐれた審美眼をそなえた。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolf, Max

[生]1863.6.21. ハイデルベルク
[没]1932.10.3. ハイデルベルク
ドイツの天文学者フルネーム Maximillian Franz Joseph Cornelius Wolf。ハイデルベルク大学私講師(1890),員外教授(1893)を経て 1902~32年教授。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolff, Christian

[生]1679.1.24. ブレスラウ(現ポーランドウロツワフ)
[没]1754.4.9. ハレ
ドイツの哲学者,法学者。イェナ大学で数学と哲学のほかグロチウスプーフェンドルフの著作を学び,教授資格論文が機縁となってライプニッツに注目され,その推薦でハレ大学の数学教授となった。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolff, Hans Walter

[生]1911.12.17. バルメン
[没]1993.10. ハイデルベルク
ドイツのプロテスタント神学者。旧約聖書学者。ベテル神学大学,ゲッティンゲン大学ボン大学に学び,ミュンスターゾーリンゲン,ゾーリンゲン・ウァルトなどで牧師をつとめたのち,1951年ブッパータール神学大学教授。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolff, Jacob

[生]1546頃
[没]1612
16世紀末から 17世紀前半,主としてニュルンベルクで活躍したドイツの建築家。ルネサンス様式をドイツの市民建築に適用。主作品はニュルンベルクのベルラーハウス。同名の子 (1571~1620) も建築家で,同市庁舎の増築 (1616~22) を行なった。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolff, Kaspar Friedrich

[生]1733.1.18. ベルリン
[没]1794.2.22. ペテルブルグ
ドイツの解剖学者,生理学者,博物学者。近代発生学の創始者。ハレ大学に学び,卒業後軍医となり,のちベルリン大学の講師となった。各器官は発生の最初からすでにできているという,当時支配的であった前成説に対して,ニワトリの卵にみられる腎臓,消化管,血管など諸器官の形成過程を顕微鏡で観察し,後成説を説いたが攻撃を受け,1764年ロシア皇帝の招きでロシアに去り,ペテルブルグの科学アカデミー会員として死ぬまでロシアにとどまった。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolff, Paul

[生]1887
[没]1951
ドイツの写真家。元来医者であったが,のち写真家に転向。もっぱらドイツのライツ社製 35ミリカメラライカを愛用し,また,巧みな引伸し術によってライカの実用性を印象づけた。

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ウォルフ
ウォルフ
Wolff

ドイツの通信社。ベルンハルト・ウォルフが 1849年に創設。 75年株式会社に改組してからの正式名称は大陸電報会社。フランスのアバスと並ぶ大通信社であったが,第1次世界大戦でのドイツの敗戦で衰退しはじめ,1933年ナチス・ドイツDNBに吸収された。

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デジタル大辞泉の解説

ウォルフ(Caspar Friedrich Wolff)

[1733~1794]ドイツの解剖学者。著「発生学説」で後成説を主張。近代発生学の創始者の一人。

ウォルフ(Christian von Wolff)

[1679~1754]ドイツの哲学者・数学者。ライプニッツの哲学を継承し、合理主義哲学を体系化した。また、ラテン語に代えてドイツ語の哲学用語を定めるなど、ドイツ啓蒙思想を代表。著「数学の基礎」。

ウォルフ(Hugo Wolf)

[1860~1903]オーストリアの作曲家。300を超える歌曲は、ドイツロマン派リートを独自の高みに導いた。「スペイン歌曲集」「イタリア歌曲集」もよく知られている。

ウォルフ(Johann Rudolf Wolf)

[1816~1893]スイスの天文学者。太陽黒点の量を表すウォルフ黒点数を提唱し、黒点の消長周期が11.1年であることを確認した。

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百科事典マイペディアの解説

ウォルフ

オーストリアのリートの作曲家。スロベニア生れ。1875年ウィーン音楽院に入学し,マーラーと同期となる。同校退学後独力で作曲と評論活動を続け,R.ワーグナーに心酔してブラームスを攻撃した。
→関連項目シュワルツコップ

ウォルフ

ドイツの天文学者。1919年ハイデルベルク天文台長。写真観測により多くの小惑星を発見。他に新星,暗黒星雲等を発見,銀河の本質を解明。

ウォルフ

スイスの天文学者。1864年チューリヒ天文台長。1849年太陽黒点活動指標としてウォルフ黒点数を考案,1852年黒点と地磁気の関連を発見。

ウォルフ

ドイツの生物学者。1759年《発生論》を著し,動物の諸器官は後成的に生ずるという後成説を唱えた。当時は前成説が支配的だったため,ドイツでは受け入れられず,1766年ロシアのペテルブルグ学士院の会員となり,腎臓の発生の研究などを行った。

ウォルフ

ドイツ啓蒙哲学の代表者。Wolfとも綴る。ライプニッツ哲学に基づき包括的な哲学体系を組織,その学統はライプニッツ=ウォルフ学派と呼ばれる。ドイツ語による哲学用語を創案したことでも知られる。
→関連項目一元論ゴットシェート存在論バウムガルテン目的論ライプニッツ

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世界大百科事典 第2版の解説

ウォルフ【Christa Wolf】

1929‐
ドイツの女流作家。生地はランツベルク(現,ポーランド領)。編集や批評の仕事から創作に移る。建設途上の社会主義社会の矛盾と冷戦構造の複雑な作用に耐えて,主体的な生き方を求める若者たちを描いた小説《引き裂かれた空》(1963)で注目された。その後も《クリスタ・T.の追想》(1968),《幼年期の構図》(1976)など,人間の自己実現への希求から,ナチスの政権下での少女期の経験の意味を問いなおし,現体制の問題点をきびしく見据える力作を発表。

ウォルフ【Christian Wolff(Wolf)】

1679‐1754
ドイツの哲学者。北ドイツのブレスラウBreslau(現,ポーランドのブロツワフ)の生れ。イェーナ大学で数学と哲学を学ぶ。ライプニッツとの文通(1704‐16)によってライプニッツ哲学から重要な影響を受ける。1704年以降ハレ大学の数学教授。13年ころから哲学の研究に専念し,数学的方法の理念に従って哲学の〈体系〉を演繹的に構成することを試みた。第1の原理は矛盾の原理およびそれから派生する十分な理由の原理であり,いっさいの真理はそれらから必然的に導出されるべきものとされた。

ウォルフ【Caspar Friedrich Wolf】

1733‐94
ドイツの生物学者。ベルリンに仕立屋の子として生まれ,その地の医学校に学び,その後ハレ大学に移った。動物の発生に関する研究で知られる。主著《発生論Theoria generationis》(1759)では,当時支配的であった前成説(生物個体の発生は,先在する構造の展開とする説)に反対し,後成説(発生の過程で,順次に各器官が形成されるとする説)を主張した。そのため,前成説を支持していたA.vonハラーやC.ボネと対立し,1767年にロシアのペテルブルグ学士院の招きに応じて移り,解剖学の教授になった。

ウォルフ【Friedrich Wolf】

1888‐1953
ドイツ社会主義演劇の代表者。ライン地方ノイウィート出身。第1次大戦中軍医。1918年ドイツ革命に加わるが思想的には不明確。その後開業医の体験から社会主義者になる。《君だ》(1919)など表現主義劇の後,農民戦争を扱う《貧しいコンラート》(1923)を発表。28年〈芸術は武器〉と宣言,労働者演劇同盟で活躍し,共産党に入党。妊娠中絶禁止による婦人の悲劇を描く《青酸カリ》(1929,映画化1930),放送劇《クラッシン号がイタリア号救助》(1929),革命劇《カッタロの水兵》(1930)を発表の後,33年亡命,スイス,フランスを経てソ連へ移る。

ウォルフ【Friedrich August Wolf】

1759‐1824
ドイツの古典学者。19世紀のホメロス叙事詩研究に深甚な影響を与えた。1783年ハレ大学教授に就任,23年間その職にあったが,1806年ナポレオン軍によってハレ大学が閉鎖されるに及んでベルリンに移り住み,のち南仏ニースに赴く途次マルセイユで他界。業績の最も重要なものは《ホメロス叙説》(1795)である。彼はその中で〈ホメロス叙事詩は口承詩として生まれ伝えられた。文字化されたのは前550年ころであるがその後も編集作業が続けられた。

ウォルフ【Friedrich Wilhelm Wolff】

1809‐64
シュレジエン(現,ポーランド領シロンスク)生れの革命家。学生運動組織〈ブルシェンシャフト〉に参加して5年間投獄され,のちブリュッセルへ亡命し,マルクスの影響下で共産主義者同盟の創設に参加した。彼は《新ライン新聞》等でシュレジエンの貧農の悲惨な状況を描き,それを近代ブルジョア的搾取と封建的収奪という二重の関係の下にとらえた。1848年革命イギリスに亡命。マルクスは《資本論》を彼に献じた。【良知 力

ウォルフ【Hieronymus Wolf】

1516‐80
人文主義者,文献学者。没落貴族の生れで,ドイツ,スイス,フランスなどを遍歴,ウィッテンベルクルターメランヒトンの教えをうけ,アウクスブルクアントンフッガーの司書,最後に聖アンナギムナジウムの校長。ギリシア古典,ビザンティン人作家に等しく関心をよせ,ビザンティン人歴史家作品集を計画し,何点かを編纂した。ビザンティン史研究に固有の価値を認めた近代の先駆者。【渡辺 金一】

ウォルフ【Hugo Philipp Jakob Wolf】

1860‐1903
オーストリアのリートの作曲家。1875‐77年ウィーン楽友協会音楽院に学び,ワーグナーの音楽に接し深い感銘を受ける。一時,ザルツブルクで合唱指揮者をつとめた後,84年よりウィーンで批評家として活動。ブラームスに対して一方的に激しい論争を挑んだが,私恨によるところも大きい。88年の最初の歌曲集の刊行に続き,《メーリケ歌曲集》《アイヒェンドルフ歌曲集》(ともに1889),《ゲーテ歌曲集》(1890),《スペインの歌の本》(1891),2集からなる《イタリアの歌の本》(1892,96)などを発表。

ウォルフ【Johann Rudolf Wolf】

1816‐93
スイスの天文学者。チューリヒ工科大学を卒業し,1855年に同大学の教授となり,64年にチューリヒ天文台を設立した。太陽黒点の観測を精力的に行って,1848年には現在ウォルフ黒点数といわれる黒点活動の指標を導入し,また52年には,1610年以降の太陽黒点数の極大,極小期を決定して,それが平均11.1年の周期で繰り返されることを見いだした。ウォルフは科学史,天文学史にも通暁し,多くの著述があるが,その晩年の著《天文学要覧――その歴史と文献》全2巻(1890,92)は,古代より1890年までの天文学資料集成として著名である。

ウォルフ【Max(imilian) Franz Joseph Cornelius Wolf】

1863‐1932
ドイツの天文学者。1888年にハイデルベルク大学で学位を得,93年より同大学で天文学を講じ,1901年教授,また19年からはハイデルベルク天文台長をも兼ねて死ぬまでその職にあった。ウォルフは天体写真の新技術に通じ,みずからもステレオコンパレーターなどを開発して,小惑星,すい星,星雲などの写真観測に活躍した。1891‐1932年にかけて225個の小惑星を発見したことは有名である。星雲の研究では暗黒星雲を発見し,ガス状星雲と渦状星雲の違いを指摘し,また分光写真の解析から渦状星雲の回転を検出した。

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大辞林 第三版の解説

ウォルフ【Wolf】

〔Christa W.〕 (1929~ ) ドイツの女性作家。社会主義体制下の東ドイツの現実と、個性の実現を望む個人の問題を描く。小説「引き裂かれた空」「幼年期の構図」「カサンドラ」など。
〔Friedrich W.〕 (1888~1953) ドイツの作家・医師。ナチス擡頭後国外に亡命、反ナチス・反ファッショ劇や革命劇を書いた。戯曲「シアン加里」「マムルック教授」、小説「国境のふたり」など。
〔Hugo W.〕 (1860~1903) オーストリアの作曲家。メーリケ・ゲーテなどの詩により多くの歌曲を作曲。
〔Johann Rudolf W.〕 (1816~1893) スイスの天文学者。太陽黒点の定量法としてウォルフ数を設定しその消長周期を改めた。

ウォルフ【Wolff】

〔Caspar Friedrich W.〕 (1733~1794) ドイツの博物学者。ニワトリの発生研究から後成説を提唱、現代発生学の基礎を築いた。著「発生の理論」
〔Christian W.〕 (1679~1754) ドイツ啓蒙主義を代表する哲学者。演繹的・百科全書的な体系、とりわけ存在論・先験的世界論・心理学・自然神学からなる形而上学が特徴。

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世界大百科事典内のウォルフの言及

【通信社】より

…アメリカのAP通信社は一貫して新聞社の協同組織として経営を維持しており,日本の共同通信社その他これに範をとる通信社も多い。
[歴史と現状]
 近代的通信社の始祖ともいわれるアバスAgence Havas(フランス,1835創設),ウォルフWolffs Telegraphen‐Bureau(ドイツ,1849創設),ロイター(イギリス,1851創設)の各通信社は,当初は顧客へ経済情報を流すことから始まり,電信,海底ケーブルなどの近代的通信技術の開発にともなって,先進ヨーロッパで発展し,19世紀後半における世界の三大通信社といわれた。これら三つの通信社は1856年に第1回の国際協定を結んで,ニュースの交換を行うようになった。…

【形而上学】より

…邦訳語の形而上学は《哲学字彙》(1881)以来で,有形の器すなわち自然の形象を超えた無形の道すなわち原理の学の意味であり,形而上の出典は《易経》である。 西洋で哲学の分野に一般形而上学と特殊形而上学との区分を導入したのは,スアレスの影響下の17世紀のデュアメルJean‐Baptiste Duhamel以来とされ,この区分はC.ウォルフに引き継がれる。一般形而上学は第一哲学の系統をひき,存在者一般に共通な普遍的規定を扱い,ウォルフはこれを存在論と呼ぶ。…

【啓蒙思想】より

…領邦の分立,大土地所有貴族の強固な支配権の残存などのために,英仏両国にたいしてさらに市民社会の形成におくれをとったドイツは,フリードリヒ大王のいわゆる〈上からの啓蒙〉という変則的な形で近代国家の形成に向かわなければならなかった。ライプニッツの哲学を体系化したウォルフ,またウォルフの師でドイツ語をラテン語にかえて学術用語として採用する先駆となったトマジウスなどの大学教師がここでは比較的主導的な役割を演じたが,それらの思想内容はフランスのものほどに過激ではない。ただし,ドイツでは,近代市民社会の未成熟という条件をいわば逆手にとって,思想の展開の時間だけをひとり促成栽培的に早めるといった現象が18世紀末から19世紀はじめにかけて見られる。…

【心理学】より

… 他方,要素主義を排し,精神を全体として把握しようとする伝統も消滅したわけでなく,いろいろな理論の装いのもとに次々と現れ,現在に至っている。ライプニッツのモナドの考えの影響を受けたC.ウォルフの能力心理学もその一つで,彼によれば,精神は諸要素の受動的集合ではなく,諸能力をもった単一の能動的実体であった。感覚,想像,記憶,悟性,感情,意志などは精神の能力として説明された。…

【存在論】より

…同世紀半ば,ドイツのデカルト主義者クラウベルクJohann Claubergはこれを〈オントソフィアontosophia〉とも呼び,〈存在者についての形而上学metaphysica de ente〉と解した。存在論を初めて哲学体系に組み入れたのは18世紀のC.ウォルフであり,次いでカントであった。カント以後,存在論は哲学体系から消失したように見えるが,19世紀の終末以来,とりわけ第1次世界大戦後に復活し,今日では認識論と並んで哲学の主要分野を成している。…

【多元論】より

…原語は,〈複数形〉を意味するラテン語pluralitasをエリウゲナが用いたことにさかのぼりうるが,哲学の用語としては,18世紀のC.ウォルフが観念論者を,思惟する単独の自我のみを認める自我論者Egoistenと,複数の思惟する存在者を認める多元論者Pluralistenとに分けたことに始まり,カントにもまったく同じ用法がある。今日では,複数の実在によって世界ないし人生の全体または部分を,とくに変化・多様を顧慮して説明する立場を指し,二元論はその一種で,ともに一元論に対立する。…

【二元論】より

…その後はもっぱら宗教に関する用語としてP.ベールの《歴史批評事典》(第2版,1702)の〈ゾロアスター〉の項目,さらにライプニッツの《弁神論》第2部(1710)に受け継がれた。哲学の用語としたのはC.ウォルフであり,彼は独断論者を一元論者と二元論者とに分かち,後者は物質的実体の存在と非物質的実体の存在とを認める者とした。カントも物質と思惟する存在者とをともに独立に存在するものとみなす二元論者について語っている。…

【目的論】より

…一方,それと対立する機械論的な考え方についていえば,デモクリトス,エピクロスらの古代唯物論以来,特定の目的に規整されることのない広い意味での機械的原因によって万象の生成を説き明かそうとする行き方が見られはしたものの,なんといっても,機械論が時代の思考の動向を左右するほどの有力なパラダイムとして登場するのは近代科学の成立以降のことである。〈目的論〉の語が,18世紀ドイツ啓蒙時代の哲学者であるC.ウォルフによって創始されたことは,目的論的思考法への反省が,近代科学の成立以降の機械論的思考法との対決においてはじめて本格的になされたことを示すものといえよう。
[機械論と目的論]
 近代科学の成立にともなう機械論的思考のパラダイムの全面的適用の典型的な,またもっとも強い影響力をもった例はデカルトにみられる。…

【ライプニッツ=ウォルフ学派】より

…ライプニッツ哲学をいわば独断的に体系化したC.ウォルフの哲学は時代の流行哲学となり,多くの傾倒者を生んだ。それらの弟子たちを総称してライプニッツ=ウォルフ学派と呼ぶ。…

【生命】より

…荒唐無稽の考えも多くあるが,細胞説の予見に近づいているとか,そのほか積極的意義を取りあげている歴史家もある。この自然哲学者の列に加えられるC.F.ウォルフは,18世紀後半,植物および動物の発生に関する後成説を唱え,その論拠となる観察事実を示した。かれはそれを含め,生命現象を生命力的な概念によって説明した。…

【児童文学】より

…前者は童話,後者は家庭小説である。そのあいだに,1896年ウォルフガストH.Wolfgastが新しい児童文学を提唱して,ローゼッガーP.Roseggerなどを生み,やがて詩人W.ボンゼルスの《蜜蜂マーヤの冒険》(1912)が出て,第1次世界大戦にはいる。オーストリアのザルテンF.Saltenの《バンビ》(1923)とE.ケストナーの《エミールと探偵たち》(1928)が出ると,新生面がひらけるかにみえたが,第2次大戦でとざされてしまった。…

【児童文学】より

…前者は童話,後者は家庭小説である。そのあいだに,1896年ウォルフガストH.Wolfgastが新しい児童文学を提唱して,ローゼッガーP.Roseggerなどを生み,やがて詩人W.ボンゼルスの《蜜蜂マーヤの冒険》(1912)が出て,第1次世界大戦にはいる。オーストリアのザルテンF.Saltenの《バンビ》(1923)とE.ケストナーの《エミールと探偵たち》(1928)が出ると,新生面がひらけるかにみえたが,第2次大戦でとざされてしまった。…

【ホメロス】より

…そして1781年にベネチアで,前3~前2世紀のアレクサンドリアの大学者たち,ゼノドトス,ビザンティンのアリストファネス,サモトラケのアリスタルコスらによる,ホメロス本校訂作業の詳細を伝える古注がびっしり書き込まれた《イーリアス》の最古の写本(10世紀)が再発見されると,100年以上の校訂作業を要したホメロスの叙事詩とは,いったい,いかにして成立したものかという問題が強く意識されるようになった。 このような中で1795年,ドイツのF.A.ウォルフが,両詩は一個人の作にあらずと主張する《ホメロス叙説》を世に問うて大きな反響を呼んだ。彼の論旨は次のようなものであった。…

【ロマン派音楽】より

… 19世紀の後半,とくにその70年代以降のロマン主義は,〈後期ロマン主義Spätromantik〉の名でよく呼ばれる。ここには普通,ブラームス,ブルックナーに始まってフーゴー・ウォルフ,マーラー,シェーンベルクやR.シュトラウスの初期に豊かな全体が収められる。しかし19世紀後半から20世紀初めにかけての音楽が示す多様な相は,もはやロマン主義の一元で処理することはできない。…

【黒点】より


[黒点周期と黒点相対数]
 H.シュバーベは,その43年間にわたる観測から,黒点出現頻度がほぼ10年の周期で変動することを示した(1843)。この発見を受けてR.ウォルフはガリレイ,シャイナーの古い観測まで含めて,くわしい解析を行い,黒点周期としては11年のほうが近いことを明らかにした。彼が解析に用いた黒点相対数(ウォルフ黒点数,図1)は,黒点の群数の10倍に全黒点数を加えたものであるが,これは黒点の頻度を表すというよりも,太陽の黒点活動を表す指標として,有用性がその後広く受け入れられている。…

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