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ソビエト連邦共産党 ソビエトれんぽうきょうさんとう

百科事典マイペディアの解説

ソビエト連邦共産党【ソビエトれんぽうきょうさんとう】

ソビエト連邦を支配した唯一の政党。ロシア社会民主労働党の後身で,ロシア革命後の1918年ロシア共産党と名のり,1925年全連邦共産党,1952年ソビエト連邦共産党に改称。1922年まではレーニンが指導,以後スターリンジノビエフトロツキーらが抗争したが,1930年代にはスターリンの指導権が確立した。この指導者交代に伴い,初期の世界革命路線から1920年代半ば以降一国社会主義路線に転じ,国際的にはコミンテルンを通じて国際共産主義運動に対する絶大な指導性を発揮し,第2次大戦後もコミンフォルム等を通じてこの指導性を維持していた。しかしこの間スターリン指導体制の矛盾も蓄積され,1956年の第20回党大会以降スターリン批判が表面化し,フルシチョフ時代(1953年―1964年),ブレジネフ時代(1964年―1982年)には東欧動乱から中ソ論争を経て国際的指導権は揺らぎ始めた。1985年書記長に就任したゴルバチョフペレストロイカ(再建)を旗印に党内外の改革を推進した。1990年3月の憲法改正によって党の指導的地位を定めた第6条は廃止され,また国民の支持率も急速に低下した。1991年8月に起きたクーデタ事件の指導者がすべて共産党中央委員会のメンバーであったため,同年8月24日共産党中央委員会は解散,共産党の活動も最高会議において停止された。これによりソビエト連邦共産党は解体された。なお,この間1990年にソビエト連邦共産党の流れをくんだロシア共産党が結成された。→ロシア
→関連項目共産党ジダーノフシベルニク日本共産党プラウダボリシェビキポリトビューローマルクス=レーニン主義研究所ヤコブレフユーロコミュニズム

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世界大百科事典 第2版の解説

ソビエトれんぽうきょうさんとう【ソビエト連邦共産党 Kommunisticheskaya partiya Sovetskogo Soyuza】

ロシア革命(十月革命)によって誕生したソ連邦を支配した唯一の政治組織で,事実上の国家機関でもあった。1898年ロシア社会民主労働党として発足,ロシア革命後の1918年ロシア共産党(ボリシェビキ)Rossiiskaya Kommunisticheskaya partiya(bol’shevikov),25年全連邦共産党(ボリシェビキ)Vsesoyuznaya Kommunisticheskaya partiya(bol’shevikov)へと名称が変化し,52年にソ連邦共産党となった(以下,党と略称)。

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世界大百科事典内のソビエト連邦共産党の言及

【中ソ論争】より

…国際共産主義運動の路線をめぐり,1960年から64年にかけておこなわれた中国共産党とソビエト連邦共産党との論争。国家関係にまで波及し,中ソ両国の対立を決定的なものとした。…

※「ソビエト連邦共産党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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