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三関 さんかん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三関
さんかん

奈良,平安時代に都を守るため設置された3つの関所。『令義解』に,伊勢の鈴鹿関,美濃の不破関,越前の愛発関 (あらち) がみえるが,平安時代中期,愛発に代り近江の逢坂関が加わった。反乱や譲位,天皇,上皇,皇后の崩御など国家の大事に際しては,特に中央から固関 (こげん) 使 (→固関 ) を派遣して守備した。

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デジタル大辞泉の解説

さん‐かん〔‐クワン〕【三関】

古代、都の防備のために設けられた三つの関所。平城京の時は、伊勢鈴鹿(すずか)美濃不破(ふわ)越前愛発(あらち)平安京に都が移ると、愛発の関が除かれ、近江(おうみ)逢坂(おうさか)の関が加えられた。
奥羽白河勿来(なこそ)念珠(ねず)の三つの関所。

さん‐せき【三関】

さんかん(三関)

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百科事典マイペディアの解説

三関【さんかん】

古代,畿内から東日本への道に置かれた三つの関。東海道は伊勢(いせ)の鈴鹿(すずか)関,東山道は美濃(みの)の不破(ふわ)関,北陸道は越前(えちぜん)の愛発(あらち)関
→関連項目関東・関西関所

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とっさの日本語便利帳の解説

三関

奈良・京都を守るために設置された関所。▽伊勢鈴鹿関(すずかのせき)、美濃不破関(ふわのせき)、越前愛発関(あらちのせき) ※後、愛発関に代わり、近江逢坂関(おうさかのせき)または近江勢多関(せたのせき)
奥羽三関▽勿来関(なこそのせき)、白河関(しらかわのせき)、念珠ケ関(ねずがせき)

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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世界大百科事典 第2版の解説

さんかん【三関】

日本古代律令制下における最重要の関。伊勢国鈴鹿関,美濃国不破関,越前国愛発(あらち)関の三つであり,おのおの東海道,東山道,北陸道が近江国から隣国に国境を越えた地点に位置した。軍防令によると,これらの関には兵士と鼓吹,軍器が置かれ,国司が関司として守固した。三関は天皇,太上天皇の病,没等の不穏な事態や,反乱が発生した際に固関使(こげんし)が派遣され閉鎖され,京における反乱者の東国逃亡,事態の波及の防止をめざした。

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大辞林 第三版の解説

さんかん【三関】

〔「さんせき」とも〕
古代、都の防備として置かれた三つの関所。奈良時代には、伊勢の鈴鹿すずか、美濃の不破ふわ、越前の愛発あらち。平安時代には、愛発に代わり近江の逢坂おうさか
奥州の三つの関所。常陸ひたちの勿来なこそ、磐城いわきの白河しらかわ、羽前の念珠ねず。奥羽三関。

さんせき【三関】

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三関
さんかん

夷狄(いてき)の侵入から帝都を防衛するために置かれた古代の三つの関所。伊勢(いせ)国(三重県)鈴鹿(すずか)関、美濃(みの)国(岐阜県)不破(ふわ)関、越前(えちぜん)国(福井県)愛発(あらち)関がこれである。鈴鹿関は後の東海道関宿付近、不破関は中山道(なかせんどう)の関ヶ原、愛発関は海津(かいづ)から七里半越により疋田(ひきた)に出るまでの塩津(しおつ)からきた街道との交差点付近にあったと考えられる。646年(大化2)の大化改新の詔(みことのり)に「斥候(うかみ)、防人(さきもり)とともに関塞(せきそこ)(関所)を置け」とあるのによって設けられたものである。708年(和銅1)には三関国守のことが『続日本紀(しょくにほんぎ)』にみえている。平時には国司が警備するが、反乱、譲位、天皇・上皇・皇后の崩御、摂政(せっしょう)・関白の死去に際しては、朝廷は固関使(こげんし)を派遣して固めさせた。789年(延暦8)廃止されてのち、愛発関が逢坂(おうさか)関にかわって三故関といわれた。[田名網宏]

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世界大百科事典内の三関の言及

【愛発関】より

…近江との国境付近にあり,敦賀市南部の山間部,追分,疋田,道口等に比定されているが不詳。東海道の伊勢国鈴鹿(すずか)関,東山道の美濃国不破(ふわ)関とともに三関の一つ。三関は天皇・太上天皇が没したり反乱の発生等のとき閉鎖され,京における反乱者の東国逃亡の防止をめざした。…

【鈴鹿関】より

…東海道伊勢国に置かれ,古代とくに重視された三関の一つ。三重県鈴鹿郡関町にあったが遺跡は不明。…

【関所】より


[古代]
 646年(大化2)正月のいわゆる〈大化改新詔〉に関塞を置くとあり,672年(天武1)壬申の乱に際し鈴鹿関の名が見えるが,制度として確立したのは律令制下であろう。衛禁律の不法通行に対する処罰規定により,関には(1)三関,(2)摂津関,長門関,(3)その他の関,の3ランクあったことがわかる。(1)は伊勢国鈴鹿(すずか)関,美濃国不破(ふわ)関,越前国愛発(あらち)関(後に近江国逢坂関にかわる)で,最重視され,重大事発生の時に固関(こげん)された。…

【不破関】より

…672年の壬申(じんしん)の乱では,《日本書紀》に〈不破之道〉をふさぐとみえ,臨時的な施設が置かれたと推測される。そして乱後の7世紀末~8世紀初めに恒常的な設備が置かれたが,701年(大宝1)に成立した大宝律令では,伊勢鈴鹿(すずか)・越前愛発(あらち)とともに,律令国家にとって最も重要な三関の一つとして,美濃不破関が設定された。そして美濃国は関国とよばれ,関には検問所とともに土塁・隍(ほり)などの防衛設備が築かれ,現在の関ヶ原町小関(こぜき)には脇路の北国街道を抑える小関が置かれたとみられる。…

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