室生渓谷の奥、室生山の麓にある。真言宗室生寺派の大本山。
草創は古くから信仰されていた
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
奈良県宇陀市の旧室生村にあり,もと真言宗豊山派に属したが,第2次大戦後独立して真言宗室生寺派の大本山となった。山号は宀一(べんいつ)(室生の略)山,俗に女人高野という。777年(宝亀8)12月山部皇太子(後の桓武天皇)の重病にあたって,興福寺の学僧賢憬(けんけい)が浄行僧5人をともない延寿法を修したのに始まるが,天武天皇の御願によって680年(天武9)役行者(えんのぎようじや)が開創し,空海が再興したという異説もある。近くに奇岩屛立する竜穴神社があり,祈雨・止雨の神として平安期以降広く信仰されたが,やがてその神宮寺として成立したともいう。賢憬の高弟修円(771-835)の時代に至って伽藍の基礎が築かれ,修円が創建した興福寺伝法院門徒の高僧などによって漸次伽藍が整備されたらしい。修円は空海の《風信帖》や805年(延暦24)8月の内侍宣にみえる檉生(むろう)禅師その人で,817年(弘仁8)6月に修円をして室生で祈雨せしめてから,竜穴神に祈雨・止雨を祈る祈修が盛行し,単に大和国にとどまらず,天下の聖地として信仰された。最澄が叡山で没したのち,延暦寺座主相承をめぐって紛争が起こり,座主円澄を推す円修や竪慧などが修円をたよって当寺に一時難を避け,またもと最澄の高弟で空海の下に走った真泰も止住した。室生寺での祈雨・止雨の祈修は密教によるものでなく,顕教による《大般若経》《仁王経》によったもので,中世にも踏襲された。11世紀以降舎利信仰の隆盛とともに,かつて空海が埋めたという当寺の仏舎利が1191年(建久2)に盗掘され,後白河院の裁決で落着したが,1272年(文永9)にも盗掘事件が発生した。1303年(嘉元1)10月に空智上人忍空による盛大な伝法灌頂が行われて灌頂堂が創建され,1459年(長禄3)9月には僧堂,庫裏,愛染院,護摩堂などが焼けたが,法海長老により再興された。1700年(元禄13)に朱印30石が寄せられ,翌年護持院隆光の計らいで興福寺より離脱して真言宗豊山派(長谷寺)の末寺となり,桂昌院は200両を堂塔の修復料などに寄進した。1705年(宝永2)幕府より70石の加増を得,都合100石の朱印を得るに至った。室生川を南に配し急峻な山腹を利用して建立された当寺は,平城京の諸大寺のように整然とした伽藍配置ではないが,金堂,五重塔,本堂,弥勒堂,開山廟(修円廟)があり,やや離れて空海をまつる御影堂が建ち,諸堂には平安時代初期から鎌倉時代に及ぶ多くの仏像が安置されている。
執筆者:堀池 春峰
五重塔(平安時代初期)は弘法大師一夜造の伝説をもち,日本に現存する五重塔のうち規模は最小。檜皮葺き(ひわだぶき)屋根は当初流板葺き(木瓦葺き)で,三手先組物や断面が円の地垂木など天平期の形式を踏襲している。相輪形式は特殊で,頂上に宝珠,八角天蓋,宝瓶を組み合わせた瓶塔(普通は水煙)をもち,宝瓶に如意宝を内蔵して所願成就を祈願した。金堂(9~10世紀初期)は平安時代初期の山寺仏堂として唯一の遺構。桁行5間の前面に懸造礼堂(かけづくりらいどう)をもつ寄棟造,杮葺き(こけらぶき)の小堂である。屋根形式はもと入母屋造で,現在の内部天井も後補のもので,もとは化粧屋根裏であった。これらにみられるように,構造技法は天平末期の古式を伝える。金堂内の木製3間仏壇に並ぶ5仏は,中尊薬師如来(寺伝では釈迦如来),脇侍十一面観音菩薩,地蔵菩薩(当初の脇侍像は室生村三本松所在の地蔵菩薩と考えられている)の三尊が本来の安置仏(すべて9世紀末~10世紀初期の作)で,文殊菩薩(10世紀半ころ),薬師如来(10世紀後半)が近世に本堂に加えられた。仏壇背面板壁の帝釈天曼荼羅図(9世紀中ころ)は金堂建立時に他から移設されたものと考えられている。本堂(1308)は創建時の本堂跡に灌頂堂または真言堂として建立。外陣礼堂と内陣の境を扉と連子窓で仕切り(他の密教寺院では格子で仕切る),内陣左右に両界曼荼羅壁を設けるなど,灌頂堂の古式を伝える点も注目される。内陣の本尊如意輪観音座像(11世紀)を安置する〈春日厨子〉は本堂と同時代の作で,この種の厨子では秀作。また金胎両部大壇具は,鎌倉時代にさかのぼる製作技法のすぐれた一括遺品として唯一のものである。弥勒堂の弥勒菩薩立像(8世紀末~9世紀初)は,修円創立の興福寺伝法院の本尊であったと伝えられ,厨子(鎌倉後期)内には,釈迦如来座像(9世紀後半)を安置。方3間の弥勒堂は江戸時代に大改修を受けたが内陣回りは鎌倉中期の建物で,須弥壇下からは請雨・五穀豊穣を祈願して奉納された3万7387基の籾塔(もみとう)が発見された。石造物としては,石造七重塔・納経塔(平安時代),五輪塔(鎌倉末期~南北朝)があり,その他,神仏習合思想を表す鏡像(懸仏)の大神宮御正体(1288),大般若経(鎌倉前期書写581帖)などがある。
執筆者:宮本 長二郎
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奈良県宇陀(うだ)市室生にある真言(しんごん)宗室生寺派の大本山(もと真言宗豊山(ぶざん)派)。室生山悉知(しっち)院という。山号は檉生山(むろうさん)。宀一山(べんいっさん)(宀一は室生の略)ともいう。本尊は如意輪観音(にょいりんかんのん)。681年(天武天皇10)に天武(てんむ)天皇の勅願で役小角(えんのおづぬ)が開創したと伝える。奈良末期から平安初期にかけて興福寺の賢憬(けんけい)が堂宇を建立したといわれ、当時、祈雨の神の室生竜穴(りゅうけつ)神の別当(べっとう)神宮寺であった。天長(てんちょう)年間(824~834)空海によって諸堂塔が再興された。江戸時代に将軍徳川綱吉(つなよし)の帰依(きえ)があり、護国院の隆光(りゅうこう)が再興した。
創建以来、興福寺との関係は密接であったが、綱吉の母桂昌院(けいしょういん)の命令で分離し、新義真言宗豊山派となった。古来、女性の参拝が許されたので、女人高野(こうや)とよばれて親しまれてきた。
[宮坂宥勝]
寺域は急竣(きゅうしゅん)な400メートルの山腹にあるので伽藍(がらん)の配置は比較的不ぞろいで、また建物も小型であるが、金堂は平安初期、五重塔は創建当初の奈良時代、本堂(灌頂(かんじょう)堂)は鎌倉時代の遺構を伝え、いずれも国宝である。
金堂は内(ない)・外陣(げじん)に分かれ、内陣後方の羽目板には帝釈天曼荼羅(たいしゃくてんまんだら)の壁画が描かれ、木造釈迦如来(しゃかにょらい)立像、木造十一面観音立像、木造釈迦如来坐像(ざぞう)(以上国宝)、木造如意輪観音坐像、木造薬師如来立像、木造文殊菩薩(もんじゅぼさつ)立像(以上国重文)など貞観(じょうがん)様式の仏像を安置する。五重塔は檜皮葺(ひわだぶ)きの高さ16.18メートルの美しい小塔で「弘法大師一夜(こうぼうだいしいちや)造りの塔」として知られる。1998年(平成10)の台風7号で五重塔は大きく損傷したが、2000年に復興工事が完了した。本堂は鎌倉中期の入母屋(いりもや)造で、空海作と伝える如意輪観音像を安置する。
御影(みえい)堂(奥の院)も鎌倉時代の建物で弘法大師像を安置する。奈良興福寺の伝法院を移築した弥勒(みろく)堂には本尊の弥勒菩薩像(唐式の檀像(だんぞう)、重文)と釈迦如来坐像(国宝)がある。このほか、木造十二神将立像(鎌倉時代)、同地蔵菩薩立像(平安初期)、如意山頂の2基の石塔(納経塔)、五輪塔、両部大壇具などが重文に指定され、寺宝は多い。境内には洞穴や池がいくつかあり、室生の九穴(けつ)八海という。国天然記念物の暖地性シダ群落、諸仏出現の岩と伝えられるつくね岩などもある。寺域の西の小山は如意(にょい)山といい、空海が唐から帰朝後に如意宝珠を埋めたと伝えられる。
[宮坂宥勝]
『北川桃雄著『室生寺』(1963・中央公論美術出版)』▽『逵日出典著『室生寺史の研究』(1979・巌南堂書店)』▽『『土門拳全集5 女人高野室生寺』(1984・小学館)』
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奈良県宇陀市室生にある寺。宀一山(べんいっさん)と号し,女人高野(にょにんこうや)と俗称する。681年(天武10)役小角(えんのおづの)の創建と伝えるが,実際には,室生竜穴神社の神宮寺として8世紀後半に興福寺僧賢憬(けんけい)が創建し,その弟子修円(しゅえん)によって整備されたと推定される。当寺は興福寺の別院であるとともに真言密教の道場でもあった。鎌倉時代には律僧も入寺したが,1694年(元禄7)護持院隆光(りゅうこう)が来住して修理し,まもなく新義真言宗豊山派となった。1963年(昭和38)に独立し,真言宗室生寺派大本山となる。五重塔・金堂・本堂などは国宝。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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