日本大百科全書(ニッポニカ) 「爪」の意味・わかりやすい解説
爪
つめ
動物の表皮の中でつくられ、表皮表面で角質化したもので、指趾(しし)(指と足指)の先端にある。脊椎(せきつい)動物のうち、とくに哺乳(ほにゅう)類、鳥類、爬虫(はちゅう)類の前肢あるいは後肢に発達している。哺乳類ではその形態により、平づめ(扁爪(へんそう))、鉤(かぎ)づめ(鉤爪(こうそう))、ひづめ(蹄(てい))の3種類に分けられ、それぞれその動物特有の用途を果たしているが、基本的な構造はどれも同じで、背側には堅い爪板(そうばん)があり、腹側には柔らかい爪蹠(そうせき)がある。爪板はその基部で絶えず成長する。霊長類にみられるのは平づめで、爪板はどの方向にも湾曲せず、爪蹠は退縮してわずかに先端部に残るだけである。多くの哺乳類と鳥類、爬虫類にみられるのが鉤づめで、前後にも左右にも湾曲し、爪蹠はその下面をつくっている。鉤づめの先端は鋭くなっていて、ネコ属のようにこれを引っ込めることができるものもある。有蹄類といわれる種類のウシ、ウマなどはひづめをもっていることを意味する。ひづめの爪板は指趾端を囲み円筒に近い形となり、爪蹠が発達している。なお、原始的な霊長類のツパイは四肢とも鉤づめであり、ある種は平づめと鉤づめの両方をもっている。
両生類に属するツメガエルは、前肢の4本の指にはつめがないが、後肢の5本の指のうち内側の3本が長く、先端は黒みがかった鋭いつめになっている。やはり両生類で山地の渓流にすむある種のサンショウウオも幼生の時代には前後肢の指に黒いつめができて、水底の石などにつかまれるようになっている。このつめは流れへの適応であり、その証拠には、同じブチサンショウウオでも流れにすむ個体にはつめができるのに、渓流のよどみにすむ個体にはつめができない。また急流の滝の裏などに産卵するハコネサンショウウオでは幼生ばかりでなく、親にも繁殖期には黒いつめが生え、強い流れの中を歩いても流されないようになっている。そのほか、節足動物に属する昆虫類のように肢(あし)の跗節(ふせつ)(一般の節足動物の前節に相当する)の端に、1本から2本のつめとよばれるものを備えているものもある。また有爪類といわれるカギムシなどもいぼ足といわれる付属肢の末端に数個の鉤づめをもっている。
[守 隆夫]
ヒトにおける爪
手足の指の末節背面を覆う角質の厚い板(爪板)をいうが、これは、皮膚の表皮細胞が角化し、死滅した堆積(たいせき)物の層である。全体の形はほぼ四角形で、指の先端を保護し、指の働きを助けている。表面に露出している部分を爪体とよび、爪の近位端で皮膚に埋まっている部分を爪根とよぶ。爪の先端は自由縁といい、両側を外側縁という。爪板を囲んでいる皮膚のひだを爪郭とよぶ。爪板の表面には、細い縦溝(爪の小溝)と、それによる縦走の稜(りょう)(爪の小稜)がみられる。爪が接している下面の皮膚を爪床(そうしょう)といい、爪郭と爪床との間の溝を爪溝(そうこう)という。爪体の後半部には、やや白く不透明にみえる半月状が認められるが、これを爪半月とよぶ。この部分では、乾燥や角化が完全ではない。また、白くみえるのは、この部分に強い屈光性の気泡があり、透過光線を反射するためと考えられている。
爪根の後端部分の表皮はとくに厚く、爪母基とよばれるが、ここは爪の新生にとってたいせつな部分である。すなわち、爪母基となる重層の細胞層の最下層にある「円柱状細胞」が盛んに分裂増殖すると、爪体が前上方に押し上げられ、表層細胞は扁平角化しつつ、爪根と爪体を形成していくからである。この伸びは1日約0.1ミリメートルとされる。爪板の組織構造をみると、扁平な角化細胞が重層に配列し、相互に密着し、明らかに萎縮(いしゅく)した細胞核の残存が認められる。爪体の遠位端は皮膚から離れているが、この部分の皮膚は角質層が厚く、下爪皮とよばれる。また、爪根部の爪郭からは、角質層が伸びて爪半月を覆うが、この部分は上爪皮とよばれる。爪床の組織は、表皮の胚芽(はいが)層に相当する爪胚芽層と、真皮層とからなる。爪床の真皮層は、末節骨の骨膜に密接している。真皮層の中には膠原(こうげん)線維が走り、これがシャーピー線維となって骨の中まで侵入し、爪と骨とを固着させている。
爪の発育は、ほぼ胎生3か月に始まり、胎生5か月になると爪のだいたいの形ができてくる。生後の爪の成長速度はいろいろな条件に影響されるし、その成長率も年齢によって変化する。乳幼児の爪の伸びは1日に0.1ミリメートル以下であるが、年齢とともに0.1ミリメートルほどに増加し、30歳を超えると、また低下する。爪の伸びは、季節によっても変化があり、夏季は増加し、冬は低下する。その差は8~13%とされている。1日のうちでは、昼間(午前8時~午後2時)が最大の伸びを示し、夜間(午後8時~午前2時)が最小といわれる。爪の成長に関する性差は明らかでない。また、手の爪は、足の爪よりも伸びが速いとされるが、これも明確ではない。手の各指の爪では、中指がもっとも速く伸び、母指と小指が遅い。爪半月は手足ともに母指がもっとも幅広く、小指がもっとも小さいとされるが、これには個人差もある。一般には、爪半月は右手指に多く出るといわれている。爪の再生には爪母基組織が必要であるが、再生に要する期間はほぼ6か月とされている。なお、爪は健康状態を反映する場合があるため、医師は病的状態の診断の補助として爪を診ることがある。また爪は、死後でも、条件によりある程度は伸びるようである。なお、爪の病気を総称して爪病(そうびょう)という。
[嶋井和世]
民俗
世界
爪は世界の諸民族の身体加工の主要対象の一つで、マニキュア、穿孔(せんこう)などを施す。一般に爪の形が人間の性格を反映するとみるから、英雄が退治する食人鬼には肉食獣型のかぎづめがあるとの説話も世界各地にある。爪を伸ばす風習は筋肉労働をしない人々ではとくに例外的でなく、古代インドの『カーマスートラ』では伸びた爪を愛情表現の手段とした。10世紀の『医心方(いしんほう)』(丹波康頼(たんばのやすより)著、中国医薬書の引用からなる)の爪を切る日の指定、またヨーロッパで日曜日に爪を切ることを忌避するなど解釈・慣行は各文化固有の現象だが、夜には爪を切らない、乳児の伸びた爪を母親がかみ切る、などのよくみられる習慣は、切り具で指先を傷めない配慮からだろう。切った爪にその人の魂が宿ると考え、髪とともにその人の分身として呪術(じゅじゅつ)的に用いる慣行は古くからあり、とくに類感呪術homeopathic magicの呪詛(じゅそ)対象として、自分の爪を逆用されぬよう呪術師が処置に注意するなどの事例が、各地から報告されている。人間の爪を動物のひづめと同様に粉末、灰にして服用するのには、薬理学的合理性もないことはないが、呪術的利用の色彩が強い。
[佐々木明]
日本
爪に関する民俗は多い。夜爪、出爪といい、夜や出がけに爪を切ることを嫌うのは広い地域で聞かれる。佐賀県地方では、爪を切る前に先をなめておき、から爪を切るのは不吉のときだけだという。岩手県では夜爪を切ると夜伽(よとぎ)をしなければならないような病人ができるといい、長野県ではそういうときは「生づめ小つめ」と唱えてから切ればよいという。また「つまばな」といって爪にできる白い斑点(はんてん)を爪の星といい、これが出ると衣類が新調できるとか、衣類がもらえる、またよいことがあるという俗信もある。熊本県で「つまぐろ」というのは、女児がホウセンカの花で爪を染める遊びで、これをしていると川で河童(かっぱ)にとられないという。正月に初めて爪を切る日を、東北では6日、関東から西では7日とし、東京では七草(ななくさ)をつけた水に爪をひたして切ると、悪い風邪(かぜ)にかからないという。兵庫県では七草爪といって、7日に湯に入ってから、その年初めての爪を切ると伝えている。
[丸山久子]