道成寺(読み)どうじょうじ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

道成寺(和歌山県)
どうじょうじ

和歌山県日高川町鐘巻にある天台宗の寺。天音山千手院(てんのんざんせんじゅいん)と号する。本尊は千手観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)。701年(大宝1)、文武(もんむ)天皇の発願により、紀大臣(きのおおおみ)道成(みちなり)が后妃宮子の生誕の地に、法相(ほっそう)宗の義淵(ぎえん)僧正(?―728)を開山とし、義淵手刻の千手観音を本尊として創建したと伝える。事実、寺境と周辺からは8世紀初頭の開創を裏づける白鳳(はくほう)期の瓦(かわら)類が出土している。熊野参詣(くまのさんけい)の順路にあたるため栄え、全盛期には荘園(しょうえん)180余町、僧房16を数えた。1359年(正平14・延文4)につくられた梵鐘(ぼんしょう)は、天正(てんしょう)期(1573~92)に豊臣(とよとみ)秀吉によって土中から掘り出され、現在京都の妙満寺にある。法相宗から真言(しんごん)宗に転じ、承応(じょうおう)年間(1652~55)天台宗となった。当寺は安珍(あんちん)・清姫(きよひめ)の伝説で名高い。これは平安中期の『法華験記(ほっけげんき)』所収の説話によると、熊野参詣の途中一夜泊まった若い僧安珍が、その家の娘清姫に帰途寄ることを約しながら寄らなかったため、清姫が蛇となって追いかけ、道成寺の鐘の中に隠れた安珍を焼き殺した。しかし、蛇となった清姫も殺された安珍も、老僧の『法華経(ほけきょう)』書写の功徳によって仏の浄土に生まれることができたというものである。鎌倉時代に『道成寺縁起』二巻の絵巻物ができ、能楽、歌舞伎(かぶき)、文楽、長唄(ながうた)、浄瑠璃(じょうるり)などに取り入れられて全国に広まった。
 千手観音立像、日光・月光菩薩像(以上、1994年国宝指定)、室町時代建立の本堂、仁王(におう)門、毘沙門天(びしゃもんてん)像、十一面観音像(秘仏)、四天王像四体、紙本着色道成寺縁起二巻、色紙墨書千手千眼陀羅尼(だらに)経(以上国重要文化財)などのほか、多くの寺宝がある。縁起堂では縁起絵巻による絵解き説法が常時行われ、また4月27日には失われた鐘の供養会式が行われる。[田村晃祐]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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