


(かん)に従い、
+
(い)。〔説文〕五下に「井垣なり」といげたの意とし、
は「其の
(めぐ)ることを取るなり」というが、
は
皮。金文の〔
羌鐘(ひゆうきようしよう)〕に韓の字がみえ、その字は
に従わず、旗竿の象。その旗竿に
皮を巻くことがあり、韓の字が作られたのであろう。〔段注〕に〔説文〕の文を「井橋なり」とするが、それならば桔
(きっこう)の意となる。〔説文〕三下に「
(ゑん)は物を量る
(ふくろ)なり。一に曰く、井を抒(く)む
なり」とあり、
井に皮革の器を用いている。韓が
に従うのもその意であろう。
に従い、旗竿の象、あるいはつるべをかける柱であろう。
立〕韓 カラ出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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中国、戦国時代に山西省南東部から河南省中部にかけての地を領有した国。戦国七雄の一つ。王室の祖先は春秋時代の山西の大国晋(しん)の一族。晋の勢力圏にあって魏(ぎ)氏、趙(ちょう)氏と並び称された。韓氏、魏氏、趙氏は、范(はん)氏、中行(ちゅうこう)氏など他の有力世族(せいぞく)をしだいに滅ぼして、その所領と権力を拡大していった。紀元前451年、晋の最大世族知氏を滅ぼして、晋の領地を三分し、前403年には魏氏、趙氏とともに晋を継ぐ存在として、周から認められた。韓氏の所領の中心は、春秋末の平陽から、宜陽(ぎよう)、陽翟(ようてき)へと移り、前375年には鄭(てい)を滅ぼして、そこに国都を置いた(河南省新鄭)。前356年、韓の昭釐公(しょうきこう)は申不害(しんふがい)を登用して官僚制を整備し、次の宣惠王(せんけいおう)は王を称するに至った。しかし、その後は西の秦(しん)、南の楚(そ)に圧迫されて振るわず、しだいに秦の侵攻を受けて前230年に滅ぼされた。その少し前、秦に使いして殺された韓非(かんぴ)(『韓非子』は彼の著とされる)は、韓の王族である。
[平勢隆郎]
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…加羅の用法には広狭二様あり,加羅諸国全体をさす広義と,加羅諸国中の特定の国(金海加羅,高霊加羅)を呼ぶ狭義とがある。日本ではこのほか韓(から)と呼び朝鮮古代の諸国を,唐(から)と呼んで海外すべてを指すこともある。広義の加羅諸国も,時代により変動し,洛東江下流域を中心に,ときに中流域まで及んでいる。…
…面積は約22万1000km2で,ほぼイギリス本国に匹敵する。1948年以後は,南半部の大韓民国(9万9000km2,人口は1996年現在,4523万)と,北半部の朝鮮民主主義人民共和国(12万1000km2,人口は1996年推計で2390万)とに分かれている。 朝鮮の名は,14世紀末から約500年間この地域を支配した李氏朝鮮王朝(李朝)によって広まったが,《史記》の箕子のくだりに朝鮮の名がみられるように紀元前にすでにこの名があったとされる。…
※「韓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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