翻訳|fallacy
一見正しく見えはするがほんとうはまちがっている議論のこと。虚偽はある場合は他人をあざむくために使われ,ある場合には,あざむく意図がなくとも知らずにうっかり使われる。しかしいずれの場合にしても虚偽を使用することは好ましくないことであり,それゆえ論理学の目的の一つはそうした虚偽をあばきだし,その使用を食い止めることにある。虚偽とは人間の理性がおかされる病気といえるが,ちょうど生理学が人体の病気の研究である病理学から発展したのとおなじように,論理学は理性の病気の研究である虚偽論から発展してきた。それゆえ論理学の創始者といわれるアリストテレスが優れた虚偽論を書いたことは当然のことだといえる。彼はそこでいろいろな虚偽を列挙し分類しただけではなく,それがなぜ虚偽であるかをはっきりと示してみせたのである。
アリストテレスは虚偽を〈言語上の虚偽〉と〈言語外の虚偽〉に大別した。言語上の虚偽は同一の語あるいは文によって同一のものが意味されないことから生じる。例えば〈笑うところのものはなんでも口をもつ。しかるに花が笑っている。ゆえに花は口をもつ〉において〈笑う〉という語が二義的に使われているからそうした議論は虚偽である。つぎに言語外の虚偽は〈エチオピア人は歯において白い。ゆえにエチオピア人は白い〉のように条件つきの前提から条件をはずした結論をひき出す議論とか,〈これは長さの点でそれの2倍である。これは幅の点で同じそのものの2倍ではない。ゆえにこれは2倍であり2倍でない〉のように同一の観点を保持すべきなのにそれを無視する議論がその例である。そしてこれら2例がともに言語外の虚偽であることは明らかである。アリストテレスは以上のような虚偽論とは別に三段論法の理論をつくったが,この理論によれば,三段論法であるようにみえて実は正しくない議論はすべて機械的に発見することができる。そしてそうした種類の虚偽は形式的虚偽といわれる。近代論理学は三段論法以外の何種類かの形式的論理体系をつくりあげたが,そうした体系にもとづいて各種の形式的虚偽を機械的に摘発することが可能である。
論理学の一部門に帰納法がある。そしてこの帰納法に関係するいくつかの虚偽がある。例えば〈あまりにも少ない証拠をもとにして結論を引き出すという虚偽〉や〈一方にかたよりすぎた証拠にもとづいて結論を引き出す虚偽〉などがそれである。以上はすべて論理学上の虚偽であるが論理学の範囲外とみられる虚偽もある。無生物を人間同様とみなす擬人観的虚偽や,経験科学的命題(〈である〉を使う命題)から倫理的命題(〈べきである〉を使う命題)を引き出す虚偽がそうである。形式的虚偽以外はどの虚偽も機械的には摘発できない。いくつもの虚偽のタイプを記憶し,進行中の議論がそれに属していないかに留意することが望ましい。
→詭弁
執筆者:山下 正男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
英語のfalsehoodなどに対応する概念であって、普通は「事実に反することを述べること」などと定義される。しかし、事実とはいったい何であるかについては、さまざまな哲学的な議論がある。たとえば、「目の前に桃色のゾウがいる」といったアルコール中毒患者は、虚偽を述べたことになるのであろうか。当人に見えたものを事実とすれば、おそらく当人は事実を述べているのである。しかし、他人にはそのゾウは見えない。そのことから虚偽だということにするなら、事実とは、他人に見えた事柄だということになるのか。しかし、それなら、他人が1人もいないときには、事実はないことになるのだろうか。こういったことを追いかけてゆくと、認識論上の長い議論に巻き込まれることになる。また、数学的命題の場合、表現している事実がかりにあるとしても、それは一義的には決まらない、とするのが、近ごろの論理学界の主流派の意見である。要するに「事実」というのは、哲学的に問題の多い概念なのである。
ところで、数学的な命題は、無矛盾な公理論に組み入れられたとき、その否定が定理である場合には、正しくないものとされる。このように、なんらかの基準によって正しくないものとされる命題を「虚偽」あるいは「偽(いつわり)な命題」とよぶことがある。この言い方では、事実への言及を避けることができるが、そのかわり、虚偽であるかどうかは、基準に応じて変わる、相対的な性質だということになる。
[吉田夏彦]
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