南アルプスまたは南アともいう。平面形は,北部にある杖突峠(1247m)付近を頂点とする三角状地(南北延長約130km,東西の幅最大約60km)に見えるため,〈赤石楔状地(せつじようち)〉と呼ばれることもある。北緯35°~36°付近に位置し,静岡・山梨・長野の3県にまたがって北北東~南南西に延びている。東側にある急斜面は,フォッサマグナ低地帯に臨み,西部は中央構造線(杖突峠~水窪(みさくぼ)),赤石裂線(水窪~二俣)で限られ,南部は東海地方沿岸部に向かって低下している。赤石山脈の名称は赤石岳(旧称大河原ノ岳,3120m)に由来するが,赤石岳の名は,その南東側斜面を刻む赤石沢にある赤色の露出岩盤や転石にちなむ。この赤色岩盤・岩塊は,中生代の海底に堆積された玄武岩質溶岩や火山灰などを含む赤色板岩層からなり,時には放散虫化石を含む。赤石山脈の標高は北東部にある北岳(3193m)で最高に達し,その北方と南方には標高3000mをこえる仙丈ヶ岳,間(あい)ノ岳,農鳥岳,塩見岳,荒川岳,赤石岳,聖岳などの高峰がある。この高山帯は,南方にある茶臼岳(2600m)や光(てかり)岳(2591m)付近などとともに南アルプス国立公園に指定されている。この公園域の南方にある山地の標高は,南南西に向かって低下し,掛川市の北部では600mに過ぎない。赤石楔状地は,その西縁部を上記二大構造線,東側をフォッサマグナ西縁に臨む断層群で限られ,その山地面が南南西に低下する傾動地塁である。この山脈の現地形を形成した隆起運動は,第三紀~第四紀から現在に引き継がれている。この山脈の前山または階段断層崖から高まる雄大な高山帯の山容は,上記隆起運動で形成された。隆起の中軸部にある高山帯の各所(間ノ岳,農鳥岳,北荒川岳,東岳,千枚岳,大聖寺平,百間平,茶臼岳,光岳付近など)に,前輪回の小起伏面が残留している。この小起伏面形成後,更新世の氷河作用で形成されたカール地形は,仙丈ヶ岳~上河内岳間の地帯に分布し,高山景観に情趣を添えている。
南アルプス国立公園付近の森林限界は,飛驒・木曾両山脈のそれよりも高位置にある。すなわち北部では2500m内外の標高にあり,南部では2700m付近まで高まる。光岳付近に見られるハイマツ帯は,日本におけるハイマツ分布の南限であるという。赤石山脈の森林限界以高にある露岩地や岩屑地(がんせつち)(残雪砂礫地,強風砂礫地,崖錐斜面など)の発達も上記2山脈のそれに劣る。しかし森林限界よりも低位置に繁茂する豊かな低木林(ツガ,モミ,トウヒ,シラベ,ブナなど)と高山植物の多様性(200種以上)と大きい群落の存在は,上記2山脈と異なる景観美を見せている。このような景観の形成は,赤石山脈が中部山岳の最南部にあり,飛驒・木曾2山脈に比較して冬季の積雪量,積雪期間が少なく,夏季における高温多湿の自然環境と結びついている。南アルプス国立公園付近には,カモシカ,シカ,イノシシ,サルなどの動物が生息し,クモマツマキチョウ(大井川上流部)やガロアムシ(光岳付近),ライチョウなども生息している。この山脈の森林資源開発は第2次世界大戦の前後を通じて行われ,水資源の開発(発電,工業・上水道用水,洪水調節など)に伴って大井川水系をはじめ天竜川・早川水系などにダムが建設された。林業,ダム工事に関連して野呂川・早川両林道(山梨県)や大井川線,井川線,東俣林道(静岡県)などが建設されたが,谷が深い赤石山脈では交通は不便であり,広い自然林と野生生物の生態系が南部ではとくによく残されている。
赤石山脈は関東と関西の交通にとって著しい障壁となっている。江戸時代の東海道,現在の国道1号線,東海道本線・新幹線,東名高速道路などは,この山脈を避けて東海地方を通過している。中央本線,飯田線,中央自動車道などもこの山脈の北部を迂回している。赤石山脈の東西両側における南北方向の交通・輸送路として利用された富士川(鰍沢~岩淵),天竜川(時又~二俣)の水運(通船)の機能は,明治末以降身延線,飯田線などやバス,トラックによる陸上輸送に引き継がれた。集落や農地の発達は,おもに天竜川,大井川,安倍川,早川(富士川の支流)などの下流部に限られている。この山脈の山々のうち,鳳凰山,駒ヶ岳,仙丈ヶ岳,北岳,赤石岳などは,古くから信仰の山として知られてきた。また飛驒・木曾両山脈に比べて山に入るアプローチが長いため,登山は縦走が主になるが,北部では南アルプス林道が1980年に通じたため登山者,観光客が多い。南アルプス林道は自然保護団体の反対もあって着工から13年たって完成したが,現在もこの山脈の調和のとれた自然保護と開発が問題となっている。
執筆者:有井 琢磨
赤石山脈は地質学的には西南日本外帯に属するが,赤石裂線(構造線)以西の外帯主部がほぼ東西性の一般走向をもつのに対し,一般走向が南西~北東からほぼ南北性に転じており,そしてフォッサマグナをへだてて西北西~東南東性の秩父山地と対曲構造をなしている。この湾曲構造の形成は,中央構造線の発生と関連があり,古く白亜紀にさかのぼり,かつ新生代中ごろにはほぼ完成していた。この過程で西縁の赤石裂線と中央構造線とは約60kmも水平的に左横ずれ変位をした。新生代後期の上昇によりこの山脈は飛驒山脈とともに日本の非火山性最高部をなすにいたった。最近70年間の隆起量は日本の陸部で最大である。重力上からは対応するような負のブーゲー異常(重力異常)域が認められず,このことはこの山脈の造構要因による隆起を裏づけている。ただし顕著な活断層群は西限をなす上記2構造線に沿ってはほとんど認められない。東縁(糸魚川-静岡構造線の一部)では北部すなわち富士見,韮崎南方間で顕著である。
執筆者:市川 浩一郎
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山梨、長野、静岡3県の県境に広がる大起伏山地。南北約120キロメートル、東西約40キロメートル。南アルプスともいう。東を富士川、西を天竜川により限られる。山地は、ほぼ南北に走る数条の山系よりなり、地質構造上は西南日本外帯に属す。北部の鳳凰(ほうおう)山、甲斐駒(かいこま)ヶ岳などの花崗(かこう)岩地帯を除き、中・古生代の堆積(たいせき)岩ないしその変成岩からなる褶曲構造(しゅうきょくこうぞう)を示す。南北に走る山地には、仙丈(せんじょう)ヶ岳、北岳、間(あい)ノ岳、農鳥(のうとり)岳、塩見岳、荒川岳、赤石岳、聖(ひじり)岳など標高3000メートル以上が10座近くあり、とくに北岳(3193メートル)は日本第二の高峰である。また、2500メートル以上は30余座に及ぶ。この山地から流下する河川には富士川、安倍(あべ)川、大井川、天竜川などの主要な河川が含まれ、いずれも急流である。山地内の谷壁は急傾斜で、地質との関係で崩壊も多い。山頂付近に圏谷(けんこく)(カール)地形を残す山もあり、お花畑も多いが、日本の高山としては南部に位置するため、その出現高度は、たとえばハイマツの下限は2500メートル付近と高くなっている。豊富な自然と優れた景観により南アルプス国立公園に指定されている。その山地は、大山地のためアプローチが長く、かつ森林帯の登高が厳しく、前山山地内の集落の産業をも含め、開発は遅れていた。それゆえに自然の残る山地としての魅力がある。
[吉村 稔]
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