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エチオピア Ethiopia

翻訳|Ethiopia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エチオピア
Ethiopia

正式名称 エチオピア連邦民主共和国 Federal Democratic Republic of Ethiopia。
面積 106万3652km2
人口 8210万2000(2011推計)。
首都 アジスアベバ

アフリカ大陸北東部の国。アムハラ語では Ītyop'iya。西はスーダンと南スーダン,南はケニア,東はソマリアとジブチ,北はエリトリアに国境を接する。国土の大半が標高 2000~3500mのエチオピア高原で,そのほぼ中央部をアフリカ大地溝帯(グレートリフトバレー)が北東から南西方向に貫通。気候は一般に高原性で快適。6~8月が雨季。年平均気温はアジスアベバで 16℃,海岸部で 31℃。降水量は高原部に多く年平均 1270mm,草原や耕地が発達。低地は乾燥が激しく,北東部にはダナキル砂漠が広がる。前数世紀以来アクスム王国(→アクスム)をはじめいくつかの王国が栄えたが,16世紀の一時期イスラムが支配,19世紀末ショア王メネリク2世の時代に近代国家の基礎が築かれた。アフリカ大陸にあって最後まで植民地化を免れた独立国であったが,1936年イタリアが占領,第2次世界大戦で 1941年連合国軍が奪還,1952年,旧イタリア植民地エリトリアとともにエチオピア連邦を結成,1962年エリトリアを完全に統合した。1974年エチオピア革命により帝制を廃止し,社会主義国エチオピア人民民主共和国となったが,1991年エチオピア人民革命民主戦線 EPRDFを中心とする反政府勢力が首都を制圧,暫定政府を樹立した。1994年12月に承認された新憲法のもとで,大統領の地位は形式的なものとし,国民議会が選出する首相に行政権を与えている。議会選挙が実施され,1995年8月エチオピア連邦民主共和国が正式に発足した。住民は,アラビア半島から移住してきたハム系(→ハム語系諸族)とセム系(→セム語系諸族)に大別され,セム系のアムハラ族が古くから支配層を形成。住民の大部分は 4世紀からのコプト派キリスト教徒。農業,牧畜を主とし,コーヒー,皮革が主要輸出品。ほかに自給用として穀類,トウモロコシなどを産する。銅,プラチナの鉱床があるが本格的な開発は行なわれておらず,国民総生産 GNPではアフリカ諸国の平均を下回る。言語の種類は 100をこえるがセム語系(→セム語族)が最も広く用いられ,そのなかのアムハラ語が事実上の公用語。エリトリア地方はイスラム教徒が多く,分離・独立運動が続いていたが,1991年の政変に伴い,1993年に独立を問う住民投票の結果,独立した。(→エチオピア史

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

エチオピア

人口約9700万人。2050年には2億人近くになると見込まれる。国際通貨基金(IMF)によると、14年の実質GDP成長率は10・3%。世界でもトップクラスの成長を続ける。人件費が安く、外国からの投資が集中。小売業建設業も活発だ。

(2016-03-22 朝日新聞 朝刊 2外報)

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デジタル大辞泉の解説

エチオピア(Ethiopia)

アフリカ北東部の独立国。首都アジスアベバ。国土の大部分は高原地帯で、ナイル川水源をなす。コーヒーの栽培や牧畜が盛ん。アフリカ最古の独立国で、紀元前10世紀から王国が成立、「シバの女王の国」と称される。4世紀以来キリスト教(コプト派)が行われる。1936年イタリアに併合されたが、1941年独立を回復。1975年、革命により帝政を廃止。1993年海岸部がエリトリアとして独立し、内陸国となった。人口8801万(2010)。アビシニア。アルハバシャ。

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世界大百科事典 第2版の解説

エチオピア【Ethiopia】

正式名称=エチオピア連邦民主共和国Federal Democratic Republic of Ethiopia面積=113万3882km2人口(1996)=5671万人首都=アジス・アベバAddis Ababa(日本との時差=-6時間)主要言語=アムハラ語,オロモ語,英語通貨=ビルBirrアフリカ大陸北東部に位置するアフリカ最古の独立国。1974年の革命で帝政が倒れたのち社会主義が宣言され,臨時軍事政権のもとにあったが,87年民政移管をはたした。

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大辞林 第三版の解説

エチオピア【Ethiopia】

◇ アフリカ北東部の内陸国。連邦共和制。温暖なエチオピア高原を占めるアフリカ最古の独立国。1936年イタリアに併合されたが41年独立を回復。62年エリトリアを併合(同国は93年分離・独立)。74年革命によりハイレ-セラシエ皇帝を退位させ、帝政を廃止。コーヒー・皮革を産出する。青ナイルの水源地。主な住民はセム-ハム系の血を引く諸民族。コプト教会の信徒が多い。首都アディスアベバ。主要言語はアムハラ語。面積110万4千平方キロメートル。人口7740万( 2005)。旧称、アビシニア。正称、エチオピア連邦民主共和国。 〔「越日於比亜」とも当てた〕
シマガツオの異名。 〔1930年代に多獲された頃、エチオピアとの関係が親密になったための称という〕

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世界大百科事典内のエチオピアの言及

【大航海時代】より

…しかしこれは成功せず,ジョアン2世はとにかく東回りで一刻も早く中国,日本に到着しようとして,アフリカ西海岸にさかんに船を派遣した。この間86年にはニジェール川流域にあったベニン王国と接触し,ここでアフリカ大陸奥地にキリスト教王国(エチオピア)のあることを知った。ジョアン2世はこれを伝説上のキリスト教徒の王プレスター・ジョンの王国であると考え,彼と接触しようとした。…

【プレスター・ジョン伝説】より

…その後この王と王国の実在はカトリック修道士を中心に疑問視されるようになった。そして15~16世紀になると,今度は同じくキリスト教徒のいるエチオピアにプレスター・ジョンの存在を求めるようになり,ヨーロッパ人によるアフリカ探検の原動力となった。なお,エチオピアは〈プレスター・ジョンの国〉と雅称されることがある。…

※「エチオピア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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