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ケインズ ケインズ Keynes, J(ohn) M(aynard)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケインズ
ケインズ
Keynes, J(ohn) M(aynard)

[生]1883.6.5. ケンブリッジ
[没]1946.4.21. サセックス,ティルトン
イギリスの経済学者。 J.N.ケインズの子。 1905年ケンブリッジ大学キングズ・カレッジを卒業。卒業後3年間インド省に勤務し,09年にケンブリッジ大学のフェローとなり金融論を担当。 15年には大蔵省に勤務し,パリ講和会議の大蔵省首席代表となった。

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ケインズ
ケインズ
Keynes, John Neville

[生]1852. ソールズベリー
[没]1949.11.15. ケンブリッジ
イギリスの論理学者,経済学者。 J.M.ケインズの父。ロンドン大学,ケンブリッジ大学に学び,1884~1911年ケンブリッジ大学キングズ・カレッジで講師として論理学,経済学を教え,1910~25年には同カレッジの管理・運営にたずさわった。

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デジタル大辞泉の解説

ケインズ(John Maynard Keynes)

[1883~1946]英国の経済学者。有効需要論・乗数理論流動性選好説を柱とする主著「雇傭・利子および貨幣の一般理論」により、失業と不況の原因を明らかにして完全雇用達成の理論を提示し、のちにケインズ革命とよばれる近代経済学の変革をもたらした。この理論を基礎として、自由放任主義の経済にかわって政府による経済への積極的介入を主張、修正資本主義の理論を展開して今日の経済政策に大きな影響を及ぼした。著書はほかに「平和の経済的帰結」「貨幣改革論」「貨幣論」など。

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百科事典マイペディアの解説

ケインズ

英国の経済学者。A.マーシャルの影響下にあって1908年以後,母校ケンブリッジ大学で貨幣・金融論を講じた。1919年パリ平和会議首席代表,第2次大戦中は蔵相顧問会議員およびイングランド銀行理事,1944年ブレトン・ウッズ会議首席代表,1946年IMF国際復興開発銀行理事。
→関連項目アセットバランス・アプローチ石橋湛山カレツキケインズ学派限界革命修正資本主義新古典派スウィージーストレーチースラッファセーの法則貯蓄投資の所得決定理論ピグーヒックスマクロ経済学マーシャルミード流動性のわなレギュラシオン

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世界大百科事典 第2版の解説

ケインズ【John Maynard Keynes】

1883‐1946
20世紀前半を代表するイギリスの経済学者。その著《雇用・利子および貨幣の一般理論》(1936)によって経済学にケインズ革命呼ばれる変革をもたらすとともに,その考え方は第2次大戦後の先進工業国の政策に大きな影響を与えた。その著《形式論理学》(1884)および《政治経済学の範囲と方法》(1890)によって知られる経済学者で,ケンブリッジ大学の管理者でもあったジョン・ネビルJohn Neville(1852‐1949)を父とし,社会事業にたずさわり,ケンブリッジの最初の女性市会議員,市長などを務めたフローレンスエイダを母として,ケンブリッジのハーベーロード6番地に生まれた。

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大辞林 第三版の解説

ケインズ【John Maynard Keynes】

1883~1946) イギリスの経済学者。「雇用、利子および貨幣の一般理論」によりケインズ革命と呼ばれる経済学の大変革をひきおこした。自由放任経済では市場機構により完全雇用が自動的に達成されるという従来の理論を批判し、完全雇用達成に果たす政府投資の役割を強調、自由放任経済の終焉を説き、今日の経済政策に大きな影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケインズ
けいんず
John Maynard Keynes
(1883―1946)

20世紀を代表するイギリスの経済学者。6月5日ケンブリッジに生まれる。父はケンブリッジ大学の経済学および論理学の講師で、のちに学校行政にも携わった。母はケンブリッジ市長を務めたこともある。イートン校を卒業後、ケンブリッジ大学のキングズ・カレッジに入学。そこで学生グループ「ザ・ソサエティ」に加わり、若き倫理学者G・E・ムーアの思想的影響を受けた。1905年、大学を卒業、翌年文官試験に合格し、08年までインド省に勤務した。同年A・マーシャルの努力によってケンブリッジに戻り、09年キングズ・カレッジのフェローとなり、金融論を担当した。また11年には『エコノミック・ジャーナル』の編集者となり、以後33年間この任にあった。15年から19年まで大蔵省に勤務し、パリ講和会議には大蔵省主席代表、大蔵大臣代理となったが、連合国の対独賠償要求に反対して辞任、自らの主張を『平和の経済的帰結』The Economic Consequences of the Peace(1919)と題して公刊した。23年から25年にかけてのイギリスの金本位制復帰問題に関しては、『貨幣改革論』A Tract on Monetary Reform(1923)を著し、金本位制に反対して管理通貨制を主張した。しかし、25年イギリスが金本位制に復帰し、その結果不況と失業にみまわれると、『チャーチル氏の経済的帰結』The Economic Consequences of Mr. Churchill(1925)を発表して保守党の政策と自由放任主義を批判し、また自由党の支持と改革を目的とした『私は自由主義者か』Am I a Liberal?(1925)、『自由放任の終焉(しゅうえん)The End of Laissez Faire(1926)などの一連のパンフレットを著した(これらの諸論文は31年に刊行された『説得評論集』Essays in Persuasionに収められている)。ついで『貨幣論』A Treatise on Money(1930)を著し、またマクミラン委員会委員となって、大恐慌下のイギリスの金融と失業問題を論じた。そして、A・C・ピグーとの論争のなかでマーシャル的な新古典派経済学への疑問を強め、36年に主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』The General Theory of Employment, Interest and Moneyを発表し、経済学史上「ケインズ革命」とよばれるほどの大きな影響を与えた。第二次世界大戦中は大蔵大臣顧問、イングランド銀行理事の地位にあり、42年には貴族に叙せられた。また44年、戦後の世界経済と金融問題の処理のためのブレトン・ウッズ連合国通貨会議に出席して「ケインズ案」を提示したが、アメリカの「ホワイト案」に敗れた。45年、国際通貨基金と国際復興開発銀行総裁に就任。46年4月21日サセックス州ティルトンの別荘で心臓麻痺(まひ)のため死去、62歳。
 ケインズの経済学史上の寄与は、なによりもまず、『一般理論』において、不況と失業の原因を究明し、それを克服するための理論を提示した点にある。彼は、従来の経済学が想定していなかった不完全雇用下の均衡、すなわち、有効需要が不足している場合には、失業が存在したままでの経済均衡がありうることを論証し、自由放任にかわって、政府が積極的に経済に介入すべきことを主張した。従来の経済学が暗黙のうちに想定していたセーの法則を否定し、産出量の大きさおよび雇用の水準は、投資と消費からなる有効需要の大きさによって決まるとする有効需要論を示した。また投資の量が増加すると、その増加分の何倍かの所得ないし産出量が増加することを分析した乗数理論、利子率は投資と貯蓄が相等しい点で決まるのではなく、資産を現金の形で保有するか債券や証券の形で保有するかに関連して決まるとする流動性選好説を提示した。以上の分析から、彼は、産出量を増加させて失業をなくすためには、公開市場政策などによって利子率を引き下げて民間投資を増加させること、政府が直接投資を推進すること、消費需要を増加させるために、遺産相続税と累進課税による所得平等化政策を実施することなどを主張した。このように、ケインズの経済学は、自由放任の経済にかわって、政府の経済への積極的介入を支持し、修正資本主義の理論的根拠を与えるとともに、租税による所得平等化政策と完全雇用政策は、福祉国家を指向するものでもあった。
 ケインズは狭い意味での経済学者ではなく、「時代の問題」に対して積極的に政治的発言を行う行動の人であった。彼はまた熱心な自由党支持者であり、保守党への批判、自由党の革新、労働党の穏健化を主張した。思想的には、青年時代にムーアの影響を受け、功利主義批判と知性主義を主張するとともに、L・ストレーチー、V・ウルフなどの芸術家たちとブルームズベリー・グループを形成した。また、『ネーション』『ニュー・ステーツマン・アンド・ネーション』の主筆、国民相互生命協会の理事、国立美術館理事、音楽奨励協会の会長なども歴任した。なお、夫人はロシア人バレリーナ、リディア・ロポコワであった。[中村達也]
『イギリス王立経済学会編『ケインズ全集』全30巻(1976~ ・東洋経済新報社) ▽伊東光晴著『ケインズ』(岩波新書) ▽早坂忠著『ケインズ』(中公新書) ▽伊東光晴著『ケインズ』(1983・講談社) ▽浅野栄一編『ケインズ経済学』(1973・有斐閣)』

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世界大百科事典内のケインズの言及

【エコノミック・ジャーナル】より

…創刊当時は文字どおり世界第一級,類似の学術誌が激増した今日でも世界有数の純学術的経済学の専門雑誌である。F.Y.エッジワースが初代編集者で,J.M.ケインズが12‐45年の33年間その任に当たったが,前者も終生共同編集者として発展に貢献した。45年以降E.A.G.ロビンソンとR.F.ハロッドが共同編集者となってから,編集者の交代もかなり頻繁になり,また,おそらく経済学の多極的専門化の進展のために共同編集者の数も増えて今日にいたっている。…

【貨幣】より

…なぜならば,上記の貨幣類似資産が狭く定義された貨幣とほぼ同様の影響を経済に与えるであろうと考えられているためである。たとえば,現代の金融理論の基礎を構築したJ.M.ケインズは,マクロ経済の金融的側面を流動性選好(流動性選好理論)という概念によって叙述したが,その概念の中で扱われている貨幣は,実際に決済手段として機能するものばかりでなく,貨幣類似資産をも含んでいる。ケインズは,これらの資産が(ほぼ)確実に決済手段として機能するという意味で流動的であるのに対し,その他の金融資産はそのような流動性をもっていないがゆえに人々が進んでその他の金融資産を保有するためには,それらは利子を生まなければならないとして,利子率の存在を説明したのである。…

【経済学説史】より

…通常,重商主義は金が国富であると考える重金主義に基づく貿易差額重視の政策であるといわれるが,これについては貨幣量と物価の比例関係を主張する貨幣数量説による批判が当時からあった。ケインズは有効需要を確保する政策として重商主義政策の意義を高く評価している。また,自国の産業のために市場を確保する政策と解するならば,現代の貿易摩擦との関連も否定しえない。…

【ケインズ学派】より

…イギリスの経済学者J.M.ケインズによって創始されたいわゆる〈ケインズ経済学〉を研究し,その分析結果に基づいて一定の政策提言を行う経済学上の一学派をいう。
[新古典派とケインズ経済学]
 通常ケインズ経済学とよばれる経済学は1936年に刊行されたケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論》によって樹立された。…

【ケンブリッジ学派】より

…このうち第三命題は後に《産業変動論》(1927)へと発展させられたが,景気変動論はむしろ,彼の後継者D.H.ロバートソンの《産業変動の研究》(1915),《銀行政策と価格水準》(1926)などを通じて早くから展開されていた。 イギリス経済は,その後29年の大恐慌後の不況期に多量の失業者と遊休設備に悩まされるようになったが,そのなかでJ.M.ケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論》(1936)が出版され,〈供給は需要をつくりだす〉という〈セーの法則〉に立って完全雇用のもとでの資源配分を取り扱ってきた従来の経済学に批判を加え,いわゆる〈ケインズ革命〉をひき起こすことになった。彼の理論はやがてケインズ学派を生みだしていくことになった。…

【国債】より

…資本的支出が借入れによってまかなわれるときには,償還のために減債基金が設けられ維持されなければならなかった。ケインズ主義はこの古典派の均衡予算原則を否定した。公経済の収支バランスはそれ自体は好ましいことだが,国民経済が失業あるいはインフレに悩んでいれば,経済全体が好ましい状態にはない。…

【雇用政策】より

…失業が発生するのは労働市場の不完全性のために発生する失業か資本設備や技術の変化によって均衡条件が変化する場合,これに適応する過程で発生する失業だけである。
【ケインズ派の主張】
 ところが,両大戦間,とくに1929年世界恐慌以後,大量の失業が発生すると同時に,それが慢性化した。新古典派はこの要因を労働市場における労働組合の独占力,失業保険の下支えにより,実質賃金が均衡水準よりも高く維持されることに求めた。…

【雇用・利子および貨幣の一般理論】より

…イギリスの経済学者J.M.ケインズの主著。1936年刊。…

【消費性向】より

…消費性向では,通常所得と消費の平均的比率(=消費/所得)で定義する平均消費性向と,所得・消費のある期間内の増分の比率(=消費の増分/所得の増分)で定義する限界消費性向とは必ずしも等しくならず,それを区別して用いる場合が多い。 ケインズは,国民所得水準の決定を論ずるに際して,一国のマクロ・レベルの消費(実質)が,所得(実質)の線形関数で近似的に表現できるとした。それをC=αY+βと表す。…

【新古典派経済学】より

…1930年代に行われたJ.ロビンソンやE.チェンバレンの独占的競争理論も,独占の弊害を指摘し,市場が資源配分にバイアスをもたらすことを明らかにしたものの,合理的行動と市場均衡という新古典派の基本仮説を否定するものではなかった。 ところが,J.M.ケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論(一般理論)》は,新古典派からの逸脱であり,ケインズ革命とよばれるにふさわしい出発点であった。そこにおいてケインズは,企業および家計の合理的行動は一部認めつつも,価格の市場調整機能を否定し,短期的には価格よりも生産販売数量のほうが伸縮的であること,および貨幣を含む市場経済においては不均衡現象としての非自発的失業がむしろ常態であることを強調した。…

【ニュートン】より

…そして,このような歴史への興味は,それだけにとどまらず,自然界ばかりか歴史においても一定の秩序を見いだそうとする彼の努力を示しており,神の被造物である自然と神の預言の成就としての歴史のいずれにおいても同一の普遍的な統一性が存在するという確信の結果であった。このように,ニュートン手稿の再収集に努力した経済学者のJ.M.ケインズの〈ニュートンは理性の時代の最初の人〉ではなく,〈最後の魔術師〉であったという発言もなるほどと思われる。いずれにせよ,今日の科学は近代的合理主義の所産であると考えられているが,その合理主義は宗教的情熱と無関係ではなかったということをニュートンは端的に示している。…

【ブルームズベリー・グループ】より

…名称はスティーブン家がロンドンのブルームズベリー街にあったことに由来する。メンバーは,姉妹のそれぞれ夫になるクライブ・ベル,レナード・ウルフをはじめ,J.M.ケインズ,リットン・ストレーチー,ロジャー・フライ,E.M.フォースターらで,美術評論家,政治評論家,経済学者,小説家など多分野にわたっているが,いずれも同世代でケンブリッジのトリニティ,キングズ両学寮で学んだ。そして当時の哲学教師G.E.ムーアの《倫理学原理》(1903)の中の〈最も価値あることは人の交わりの喜び,美しいものを享受すること〉という文句に影響されていた。…

【ベルサイユ体制】より

…この結果,彼の理想主義の破綻は決定的となった。
[批判]
 ベルサイユ条約ならびにベルサイユ体制に対する同時代人の批判としては,イギリスの経済学者ケインズの《平和の経済的帰結The Economic Consequences of Peace》が重要である。彼は最初パリ講和会議にイギリス大蔵省首席代表として出席していたが,この地位を中途で放棄して1919年12月に同書を刊行した。…

【マクミラン報告】より

…この委員会の正式名称は〈金融および産業に関する委員会Committee on Finance and Industry〉であるが,委員長の名にちなんで〈マクミラン委員会〉と呼ばれる。委員会の最も活動的で最も影響力のあるメンバーがJ.M.ケインズであった。31年7月に提出された委員会報告すなわちマクミラン報告では,賃金・俸給の切下げは不況打開策として無力であること,固定為替相場制度のもとでの金融政策の有効性は限られたものにすぎないこと,公共事業を中心とする直接的な有効需要政策が望ましいこと,などが主張されているが,これらの主張のほとんどは,その後ケインズによって体系づけられた,いわゆるケインズ理論の中核となったものである。…

【マネタリズム】より

…ケインズ学派を批判して1960年代に台頭した学派で,その首唱者はM.フリードマンである。この学派の人々をマネタリストmonetaristと呼ぶ。…

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