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社会主義リアリズム シャカイシュギリアリズム

デジタル大辞泉の解説

しゃかいしゅぎ‐リアリズム〔シヤクワイシユギ‐〕【社会主義リアリズム】

現実を革命的発展の観点からとらえ、それを歴史的、具体的に描写しようとするリアリズム。1934年、第1回ソビエト作家大会で採択された芸術創造上の理論。

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百科事典マイペディアの解説

社会主義リアリズム【しゃかいしゅぎリアリズム】

1930年代初めにソ連で提唱された芸術創作方法で,ソ連における唯一の公認の芸術・文学観であった。1934年のソビエト連邦作家同盟第1回大会で〈現実を革命的発展において,真実に,歴史的具体性をもって描くこと〉,〈勤労者の思想教育の一環となるべきこと〉と規定され,ゴーリキーの《》がその古典とされた。
→関連項目アサフィエフエイゼンシテインオストロフスキー火山灰地ゲラーシモフ構成主義徐悲鴻新協劇団スリコフデニソフパラジャーノフフージュロンプロレタリア文学ミヤスコフスキーレーピン

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃかいしゅぎリアリズム【社会主義リアリズム sotsialisticheskii realizm】

芸術創作方法の一つ。1930年代初めにソ連邦で提唱され,34年のソビエト連邦作家同盟規約で〈ソビエト芸術文学および文学批評の基本的方法〉と規定された。同規約では,〈社会主義リアリズム〉とは,〈現実をその革命的発展において,真実に,歴史的具体性をもって描く〉方法であり,その際,〈現実の芸術的描写の真実さと歴史的具体性とは,勤労者を社会主義の精神において思想的に改造し教育する課題と結びつかなければならない〉とされた。

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大辞林 第三版の解説

しゃかいしゅぎリアリズム【社会主義リアリズム】

現実をその革命的発展において、歴史的具体的に描くリアリズム。1934年の第一回ソビエト作家大会で採択された文学理論で、日本のプロレタリア文学運動にも大きな影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

社会主義リアリズム
しゃかいしゅぎりありずむ
социалистический реализм sotsialisticheskiy realizm

芸術創作方法の一つ。1932年から旧ソ連で提唱され、34年、当時のソビエト作家同盟規約で、「ソビエトの芸術文学ならびに文学批評の基本的方法」と規定された。その内容は、現実をその革命的発展において正しく歴史的、具体的に描き出すこと、勤労人民を社会主義に向かって思想的に改造し、教育するという課題に芸術創造を結び付けること、の2点に要約される。その実現のために作家は、国民の生活と伝統に深く分け入り、そのなかの古いものに対する新しいものの勝利を描き、その勝利を実現する新しいヒーローの創造が要求される。また、このリアリズムは、現在の社会に未来社会に至る歴史的必然性をみるという立場から、革命的ロマンチシズムを包含しうると主張された。この方法への道を初めて開いたのはゴーリキーの小説『母』(1907)とされ、ファデーエフの『壊滅』(1927)、オストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』(1932~34)もこの立場にたつ作品とされた。[栗原幸夫]

文学

社会主義リアリズムの提唱は、作家に高度の共産主義的世界観や政治的イデオロギーを要求する従来の唯物弁証法的創作方法や、セクト主義的なラップ(ロシア・プロレタリア作家協会)に対する批判と結び付いていたために、芸術創造の自立性を擁護する理論として、同時代の多くの作家に歓迎された。当時はソ連以外の国の進歩的な文学運動にも大きな影響を与え、フランスのバルビュス、アラゴン、ドイツのゼーガース、チェコスロバキアのフチークらの活躍を促した。とくに当時政治運動が人民戦線戦術に転換してゆくなかで、社会主義リアリズムのスローガンは政治的立場の違いを超えて多くの作家を反ファシズム文化擁護の運動に結集する役割を果たし、プロレタリア文学という呼び名は、これ以後急速に姿を消していった。しかし、このような政治的な役割を別にすれば、社会主義リアリズムはかならずしも理論的に体系化されず、現実には前衛芸術に対する極端な否定と古典的なリアリズムへの復帰が顕著にみられ、さらにスターリン指導下のソビエト政権への無条件的支持・服従が作家の第一義的な資格とされた。
 社会主義リアリズムの理論は、日本にも1933年(昭和8)ごろから紹介され始め、弾圧によって崩壊に瀕(ひん)していたプロレタリア文学運動に決定的な影響を与えた。それは従来の「政治の優位性」の理論のかわりに、「現実をありのままに描く」という世界観無用論を台頭させる契機になった。日本プロレタリア作家同盟が34年に解散したあと、森山啓(もりやまけい)、久保栄(くぼさかえ)らによって、いわゆる「社会主義リアリズム論争」が行われ、芸術運動再建の方向性、日本に社会主義リアリズムのスローガンを適用することの可否、さらには世界観と創作方法との関係をめぐって議論された。第二次世界大戦後、社会主義リアリズムはますますスターリン個人崇拝の色彩を強くしたが、ソ連共産党第20回大会(1956)に始まるスターリン批判以後、急速にその影響力を失っていった。[栗原幸夫]

美術

当時の美術界ではこの理論を保守派の画家・批評家たちが低次元で受け止め、ブロツキー、ゲラシモフ、エファーノフ、ピメノフЮрий Иванович Пименов/Yuriy Ivanovich Pimenov(1903―77)らが描いた党指導者の肖像、革命史をテーマにしたリアリズム作品だけを過大評価した。このため20世紀初頭にまたがるモダニズム美術や、1910年前後に誕生し、1920年代を席巻(せっけん)したアバンギャルド美術は批判攻撃され、ソビエトおよびロシア美術は長い不毛の時期を迎えた。[木村 浩]

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世界大百科事典内の社会主義リアリズムの言及

【アバンギャルド】より

…反面,革命精神も流派や様式として実体化されると,モダニズムの風潮に飲み込まれがちで,ロシア革命後ソ連のプロレトクリトの運動や,資本主義諸国のプロレタリア芸術運動は,その点を厳しく批判したから,〈革命の芸術と芸術の革命〉〈政治の前衛と芸術の前衛〉の統一が絶えず求められた。だが,ソ連ではスターリンの支配体制が完成した1930年代初頭,芸術諸団体の解散とジャンル別単一組織への再編が共産党によって決定され,社会主義リアリズムが創作と批評の基本方法として公認されたため,20年代にめざましかった前衛芸術はタブーとなり,メイエルホリド,パステルナーク,エイゼンシテイン,マレービチらは粛清されるか,沈黙を強いられた。他方,ヒトラー政権下のドイツでは,前衛芸術を文化ボリシェビキ,ユダヤ的毒性の産物としてさらしものにする,〈退廃芸術展〉のキャンペーンが各地でつづけられたことも忘れられない。…

【クールベ】より

…19世紀フランスの写実主義の創始者。また社会主義リアリズムの先駆者ともされる。オルナンの富農の家に生まれる。…

【構成主義】より

…一般的には国内の生産技術の遅れもあって彼らの活動は成果をあげえなかった。ロシア国内の生産主義的構成主義は,30年ころその形式主義偏重の傾向を批判され,社会主義リアリズムがそれに取って代わる。一方20年代後半に建設活動が活発となった建築の領域では,ベスニンVesnin3兄弟,ギンズブルグMoisei Ya.Ginzburg(1892‐1946)らの〈現代建築家協会(OSA(オサ))〉(1925結成)が構成主義を名のり,西欧の近代建築運動と歩調をあわせて機能主義建築を主張したが,これも30年代初めには復古的な古典主義に取って代わられた。…

【ソビエト映画】より

…最初のトーキーは,エックN.V.Ekk(1902‐59)監督が浮浪児の救済と教化を描いた《人生案内》(1931)である。トーキーがつくり始められたときと社会主義的建設が推進された時期とが重なり合い,30年代のソビエト映画は社会主義リアリズムを最高の課題にかかげ,1927年から始まった5ヵ年計画の達成をテーマとしたエルムレルF.M.ErmlerとユトケビチS.I.Yutkevich共同監督の《呼応計画》(1932),ワシリエフ兄弟監督の内戦の英雄的叙事詩ともいうべき《チャパーエフ》(1934),白軍との戦闘における水兵の英雄的なたたかいを描いたジガンE.L.Dzigan監督の《われらクロンシタットより》(1936)などが新しいリアリズムの代表作である。ソビエト映画は特定の個人ではなく集団を主人公として描いてきたが,ロンムM.I.Romm(1901‐71)監督は,十月革命の歴史的な道程のなかのレーニンを人間的にとらえて《十月のレーニン》(1937),続いて《一九一八年のレーニン》(1939)をつくった。…

【ソビエト文学】より

…ソビエト文学という呼称は,まずこのように領土的概念に基づいて用いられるが,この場合,亡命ロシア作家は自動的にソビエト文学から排除されることになる。第2に,ソビエト文学という言葉がイデオロギー的含みをもって用いられる場合,言いかえるならばソビエトという言葉が社会主義ないし共産主義イデオロギーの同義語として使われる場合,ソビエト市民であっても,国の公的教義を受け入れなければ(社会主義リアリズムという教義を認めない場合も含む),作家は非ソビエト的ないし反ソビエト的とされ,ソビエト文学から排除されることになる。ソルジェニーツィンは追放されて亡命作家になる前に,イデオロギー的理由でソビエト的作家ではないと規定されていた。…

※「社会主義リアリズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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